貴方でなくても良いのです。

豆狸

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第二話 メモリアの不幸な結婚の結末

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 いくらアントニオ様が王家から分かれた公爵家の当主であっても、王命の婚約を勝手に破棄することは出来ません。
 それにペサディリャ様にも婚約者がいました。
 かなり年上の平民の豪商です。

 ペサディリャ様の実家の男爵家も十年前の大寒波で被害を受け、多額の借金を背負っていたのです。
 豪商は借金の返済を条件に彼女と婚約していました。
 家の事情で望まぬ縁談に縛られているという共通点が、ふたりの距離を縮めさせたのでしょうか。

 私達が学園を卒業する前に、ペサディリャ様は豪商に婚約を破棄されました。
 アントニオ様は信じてくださいませんでしたけれど、彼女は彼以外の貴族子息とも親しくしていたのだから当然のことでした。
 ペサディリャ様はお金持ちで、平民の豪商よりも身分の高い男性ならだれでも良かったのです。……もっともアントニオ様はお金持ちではありませんでしたので、彼への気持ちだけは真実だったのかもしれませんね。

 アントニオ様はペサディリャ様が婚約を破棄されたのは私のせいだと怒り、予定通り結婚する代わりに私の持参金を彼女に与えると宣言なさいました。
 あまりの言い分に実家の伯爵家の父と弟が王家へ婚約解消を陳情しましたが、公爵領の再建を最重要視する王家は、私達の結婚を強行させました。
 三年間の白い結婚で離縁したら結婚自体が無効になるし、一度公爵領が立ち直ったあとでなければ、これまでの伯爵家からの援助も返済出来ないというのが強行の理由です。邪魔な男爵令嬢は隣国へ行かせるから、とも言われました。

 アントニオ様が大寒波でご両親を喪ったように、私も同じときに母を喪っていました。
 けれど母のぶんも父と弟が私を慈しみ愛してくれていました。
 もちろん私も父と弟を愛してきました。

 なのに私は、不貞男との結婚など王命に逆らってでも取り止めさせてやる、と言ってくれた父と弟の申し出を拒んでしまったのです。
 だって……愛していたのです。
 目の前でペサディリャ様と仲睦まじくされて、私が彼女に意地悪をしていると決めつけられて、彼女の婚約破棄まで私のせいにされて、どんなに冷たい瞳で見られていても、私はアントニオ様を愛し続けていたのです。彼女と違って、私は彼でなければ駄目だったのです。

 白い結婚は、すでに二年間続いています。
 公爵領の再建は順調に進んでいます。私は見せかけだけの公爵夫人ですけれど、それでも嫁いだことで婚約者だったときよりも多くのことが出来るようになりました。
 実家の父と弟は私に呆れつつも、公爵領の立て直しには尽力してくれています。

 そして、あと一年。
 あと一年が過ぎ去ったら、私達は離縁するのでしょう。
 アントニオ様は私の持参金で男爵家の借金を返済し、王家によって隣国の学院へ留学させられたペサディリャ様を迎えに行くのでしょう。

 公爵邸の執務室でいつもの書類の処理を終え、そんなことを考えていたときでした。

「メモリア」
「アントニオ様?」
「一緒にお茶でも飲まないか? 僕が淹れたから、あまり美味しくはないかもしれないのだけれど」
「アントニオ様がお茶を?」
「……これまですまなかった。公爵領の再建に励んでくれてありがとう。もう遅いかもしれないが、僕達は本当の夫婦になれないだろうか?」

 私は言葉を失いました。
 アントニオ様になにがあったのでしょう。
 隣国の商人との取り引きの振りをしてペサディリャ様と交換していた手紙で、別れ話でも告げられたのでしょうか。

 いいえ!
 理由なんてなんでも良いのです。
 本当の夫婦になる、それは、結婚前から私がずっと望んでいたことでした。

「はい! はい、アントニオ様。……はい」
「泣かないで、メモリア。階下の応接室へ行って家令や女中頭にからかわれるのはまだ恥ずかしいから、ここの机でお茶したので良いかな? 女中頭の焼き菓子を執務机の引き出しに隠してること、知ってるよ?」

 からかうように言われて、顔が熱くなるのを感じます。
 公爵邸の使用人達は以前から私の味方でした。
 特に女中頭はペサディリャ様のことを知ってからというもの、お得意の焼き菓子は私にしか出さなくなったくらいアントニオ様に怒ってくれていたのです。

「……公爵夫人が焼き菓子を食べながら執務をしているなんて、内緒ですよ?」
「ああ、ふたりだけの秘密だね」

 執務机の上の書類を片付けたあと、引き出しから出した焼き菓子をお茶請けにして、私達はお茶を楽しみました。
 アントニオ様は文武に秀でた方でしたが、お茶を淹れるのは公爵家当主の仕事ではありません。
 彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。
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