愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸

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第三話 予想外の初夜<アマート侯爵ダミアーニ視点>

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 初夜だからといって、ダミアーニは花嫁と同じ寝室で休む気はなかった。
 ロンバルディ伯爵からの援助に報いるために結婚はしたけれど、ヴィオレッタ本人に宣言したように、彼女を愛するつもりは毛頭なかったのだ。
 彼女と婚約する以前から母親のメイドの娘だったクリミナーレを愛していたのもあるし、ヴィオレッタという少女に魅力を感じなかったせいもある。

 不貞の子として一度追い出されるまでロンバルディ伯爵家の跡取りとして育てられていたヴィオレッタは、少し頭でっかちで気難しかった。
 いずれ夫人として携わるのだからといって、アマート侯爵家の運営に口出しして来るのが煩わしかった。
 父ということになっているロンバルディ伯爵にも、婚約者であるダミアーニにも愛されていないくせに、こんな中途半端な状態で付き合うことはクリミナーレのためにもならないと説教して来るのが憎らしかった。

 しかし──

『アマート侯爵家のために政略結婚していただいたことは大変申し訳なく思っております。けれどだからこそ、ダミアーニ様ご寵愛の平民女性の子どもを跡取りにすることは出来ません。跡取りは正しい婚姻の相手、ロンバルディ伯爵家のご令嬢であるヴィオレッタ様とお作りくださいませ』

 アマート侯爵家の立て直しに忙しかった父と子どもへの関心が薄かった母に代わって幼いダミアーニをはぐくんでくれた老家令のニコロに言われては、拒むことが出来なかった。
 ニコロはクリミナーレとの付き合いも見て見ぬ振りをしてくれている。
 それにヴィオレッタの母親はロンバルディ伯爵と離縁済みだが、ヴィオレッタとの血縁関係が消えることはない。彼女の実家はこの国でも有数の豪商だ。

(一度だけ……一度だけだ。それで子どもが出来れば良し。出来なければヴィオレッタが不妊だったということにして離縁すれば良い。ロンバルディ伯爵もそれなら許してくれるだろう)

 ダミアーニは家令のニコロを産まれる前に亡くなった祖父のように、ロンバルディ伯爵を第二の父のように思っていた。
 伯爵を慕うのは援助のことだけが理由ではない。
 彼はいつもダミアーニのことを褒めてくれる。容姿を褒められることが多かったのは、他家の当主に学園の成績や武術訓練での姿を見せることがなかったからだとダミアーニは考えていた。

 金銭的な問題があったとはいえ、いつもギスギスした雰囲気を漂わせていた両親のことを好きだと感じたことはなかった。
 ダミアーニが幸せを感じるのはニコロやロンバルディ伯爵と過ごすとき、そしてクリミナーレと一緒にいるときだけだった。今も昔もそれは変わらない。
 寝室の扉を開けて、ダミアーニは溜息をついた。

「前にも言ったように、僕が君を愛することはない」

 ベッドの上からからかうような声がする。

「……そうなの? ダミアーニ」
「その声、どうして……」
「嫌だ、今まで気づいていなかったの?」

 駆け寄ったベッドの中にいたのは、愛しいクリミナーレだった。

「あはは。あの女、本当にだれにも愛されていないのね。父親のはずのロンバルディ伯爵も全然気づかなかったわよ。……伯爵邸の使用人には怪訝そうに見られたけど、幸い花嫁衣裳は詰め物さえすれば大丈夫だったし、踵の高い靴を履いてヴェール被ってたら誤魔化せちゃった」

 クリミナーレは小柄で、中肉中背のヴィオレッタより背も低かった。

「どうして君が? あの女ヴィオレッタは……?」

 言いながらダミアーニは、決してヴィオレッタから離れない彼女の専属侍女のジータの姿を朝から見ていないことに気づいた。
 大切な主人の結婚式に彼女が控えていないはずがないのに。
 ヴィオレッタの菫色の瞳とはまるで違う、猫のような金色の瞳を光らせてクリミナーレが答える。

「知らなーい。あの女、昨日急にアタシのところへ来たの。ダミアーニを愛しているかって聞かれたから愛しているって答えたら、自分と入れ代わって花嫁になれって言われたのよ。身を引く気があったんなら、もっと早く消えちゃえば良かったのにね」
「そうなのか?」

 ダミアーニの心に疑念が浮かぶ。
 途中までロンバルディ伯爵家の跡取りとして育てられたヴィオレッタは頭でっかちで気難しくて、責任感が強かった。
 アマート侯爵家の運営に口出ししてきたのも、未来の領主夫人としての責任を果たそうとしてのことだ。

(そんな彼女がだれにもなにも言わず、クリミナーレに花嫁を押し付けて姿を消すものだろうか?)

「ダミアーニ、どうしたの?……アタシよりあの女のほうが良かった?」
「そんなわけないじゃないか! 愛しているよ、クリミナーレ!」
「アタシもよ、ダミアーニ!」

 欲望が全身を駆け巡り、ダミアーニの心に浮かんだ疑念は砕け散った。
 彼は愛しいクリミナーレにのしかかり、予想外の幸せな初夜を過ごした。
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