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第三話 正体
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「結婚しましょう、カシア嬢!」
以前お会いしてから何ヶ月が過ぎたのでしょうか。久しぶりにお会いした大公家のご令息クリサフィス様からの求婚に、私は戸惑わずにはいられませんでした。
今、私は神聖アゲロス教国にいます。学園の卒業パーティでエウスタティオス王太子殿下に婚約を破棄され、国外追放を宣告されたからです。
聖王猊下のお力のおかげか祖国にいたころよりも体調が良く、枯れ枝のようだと言われた体には膨らみが戻って来ています。
「クリサフィス様……」
「はい、なんでしょう?」
なんでしょう、なんですか、と聞きたいのは私のほうです。
クリサフィス様はどうしていきなり私に求婚なさったのでしょうか。
「私はエウスタティオス王太子殿下に婚約を破棄された、いわば傷物令嬢です。フォトプロス侯爵家は爵位を返上して、家族も神聖アゲロス教国に移住してくる予定なので、すぐに令嬢ですらなくなります。そんな私に求婚なさっても貴方の得になるようなことはございませんよ?」
「僕の得は君と結婚出来ることです。……気づいていなかったのですか? 僕はずっと君に恋をしていたのですよ?」
「ぞ、存じませんでしたわ。そんな素振りは少しも……」
「王太子である従弟の婚約者に懸想しているなんて知られたら、僕も君もとんでもないことになるじゃないですか。だからずっと心を隠して来たんです。でも陰ながら君のために動いてきたつもりですよ?」
「それは……感謝しています。クリサフィス様がいらっしゃらなかったら、私は周囲からの悪意に押し潰されていたことでしょう」
学園に通っていたころ、私を気遣ってくださっていたのは彼だけでした。
といっても激しい恋慕の情を感じたことはありません。
ほかの方々のように殿下とフィズィ様を応援したり私の悪評をばら撒いたりはせず、王太子殿下の婚約者として扱ってくださっていただけでした。
……もっとも、それだけでも当時の私にはとても嬉しいことでした。
「僕は、真摯にエウスタティオスを想う君の横顔に恋をしたのです。彼を見つめる君の瞳は、どんな宝石よりも太陽よりも星よりも輝いていた。あの光を守ろうと思っていたのです。だから、こんなことになるまでは君を手に入れようとは考えてもいませんでした。いいえ、奪った君にやっぱりエウスタティオスしか愛せないと拒まれるのが怖くて動けなかったのです」
「……」
「今もエウスタティオスを愛していらっしゃいますか? 僕のことは愛せませんか?」
「……そうだ、とお答えしたら、どうなさいますか?」
「結婚してから考えます。君はとても優しい人です。エウスタティオスの心を奪ったペルサキス伯爵令嬢に嫉妬していても、力技で排除しようとはなさらなかった。君の愛を求める哀れな僕に同情はしても、無下に扱うような真似はなさらないでしょう」
「結婚するのは決定なんですか? 先ほども申し上げました通り、フォトプロス侯爵家は爵位を返上いたします。私は平民になる……国外追放された今は、もうすでに平民なのですよ?」
「僕もです!」
「はい?」
「王位継承権を放棄すると言ったら父に勘当されたので僕も平民ですよ、カシア嬢。お揃いですね!」
「そうですか……」
大公殿下もお気の毒に、と私は思いました。
クリサフィス様はもっとおとなしくて物静かな方に見えていました。
従兄として苦言を呈することはあっても、エウスタティオス王太子殿下に逆らうことはない忠実な家臣でもあるのだと思っていたのです。もう言葉を飾るのも面倒になって、率直にそのことを尋ねると、
「ああ、それはエウスタティオスの不敬を買って遠ざけられたら、彼の妃になる予定だった君に会えなくなるからですよ。ずっと猫を被っていたのです」
「そうですか……あの、この際ですから申し上げますけれど、求婚というのは一方的に結婚しましょうと決めつけるのではなく、結婚しませんかとか、結婚してくださいとか言って申し込むものではないでしょうか? 私のような傷物が言うのもどうかと思いますが」
「断られても諦める気はありませんでしたので」
「そうですか……」
軽い疲労感を覚えつつ、私は苦笑せずにはいられませんでした。
エウスタティオス殿下にいつも影のように控え、お美しいのに物静か過ぎて印象が薄いと噂されていたクリサフィス様の正体がこのような方だったなんて。
婚約を破棄された卒業パーティの会場で、無意識に瞳が彼の姿を探していたことを思い出します。エウスタティオス殿下とは色合いの違うクリサフィス様の青い瞳に映る私は黒い髪に赤い瞳、陰気で冷たい印象自体は変わらないけれど、少しだけ可愛い少女のように見えました。
以前お会いしてから何ヶ月が過ぎたのでしょうか。久しぶりにお会いした大公家のご令息クリサフィス様からの求婚に、私は戸惑わずにはいられませんでした。
今、私は神聖アゲロス教国にいます。学園の卒業パーティでエウスタティオス王太子殿下に婚約を破棄され、国外追放を宣告されたからです。
聖王猊下のお力のおかげか祖国にいたころよりも体調が良く、枯れ枝のようだと言われた体には膨らみが戻って来ています。
「クリサフィス様……」
「はい、なんでしょう?」
なんでしょう、なんですか、と聞きたいのは私のほうです。
クリサフィス様はどうしていきなり私に求婚なさったのでしょうか。
「私はエウスタティオス王太子殿下に婚約を破棄された、いわば傷物令嬢です。フォトプロス侯爵家は爵位を返上して、家族も神聖アゲロス教国に移住してくる予定なので、すぐに令嬢ですらなくなります。そんな私に求婚なさっても貴方の得になるようなことはございませんよ?」
「僕の得は君と結婚出来ることです。……気づいていなかったのですか? 僕はずっと君に恋をしていたのですよ?」
「ぞ、存じませんでしたわ。そんな素振りは少しも……」
「王太子である従弟の婚約者に懸想しているなんて知られたら、僕も君もとんでもないことになるじゃないですか。だからずっと心を隠して来たんです。でも陰ながら君のために動いてきたつもりですよ?」
「それは……感謝しています。クリサフィス様がいらっしゃらなかったら、私は周囲からの悪意に押し潰されていたことでしょう」
学園に通っていたころ、私を気遣ってくださっていたのは彼だけでした。
といっても激しい恋慕の情を感じたことはありません。
ほかの方々のように殿下とフィズィ様を応援したり私の悪評をばら撒いたりはせず、王太子殿下の婚約者として扱ってくださっていただけでした。
……もっとも、それだけでも当時の私にはとても嬉しいことでした。
「僕は、真摯にエウスタティオスを想う君の横顔に恋をしたのです。彼を見つめる君の瞳は、どんな宝石よりも太陽よりも星よりも輝いていた。あの光を守ろうと思っていたのです。だから、こんなことになるまでは君を手に入れようとは考えてもいませんでした。いいえ、奪った君にやっぱりエウスタティオスしか愛せないと拒まれるのが怖くて動けなかったのです」
「……」
「今もエウスタティオスを愛していらっしゃいますか? 僕のことは愛せませんか?」
「……そうだ、とお答えしたら、どうなさいますか?」
「結婚してから考えます。君はとても優しい人です。エウスタティオスの心を奪ったペルサキス伯爵令嬢に嫉妬していても、力技で排除しようとはなさらなかった。君の愛を求める哀れな僕に同情はしても、無下に扱うような真似はなさらないでしょう」
「結婚するのは決定なんですか? 先ほども申し上げました通り、フォトプロス侯爵家は爵位を返上いたします。私は平民になる……国外追放された今は、もうすでに平民なのですよ?」
「僕もです!」
「はい?」
「王位継承権を放棄すると言ったら父に勘当されたので僕も平民ですよ、カシア嬢。お揃いですね!」
「そうですか……」
大公殿下もお気の毒に、と私は思いました。
クリサフィス様はもっとおとなしくて物静かな方に見えていました。
従兄として苦言を呈することはあっても、エウスタティオス王太子殿下に逆らうことはない忠実な家臣でもあるのだと思っていたのです。もう言葉を飾るのも面倒になって、率直にそのことを尋ねると、
「ああ、それはエウスタティオスの不敬を買って遠ざけられたら、彼の妃になる予定だった君に会えなくなるからですよ。ずっと猫を被っていたのです」
「そうですか……あの、この際ですから申し上げますけれど、求婚というのは一方的に結婚しましょうと決めつけるのではなく、結婚しませんかとか、結婚してくださいとか言って申し込むものではないでしょうか? 私のような傷物が言うのもどうかと思いますが」
「断られても諦める気はありませんでしたので」
「そうですか……」
軽い疲労感を覚えつつ、私は苦笑せずにはいられませんでした。
エウスタティオス殿下にいつも影のように控え、お美しいのに物静か過ぎて印象が薄いと噂されていたクリサフィス様の正体がこのような方だったなんて。
婚約を破棄された卒業パーティの会場で、無意識に瞳が彼の姿を探していたことを思い出します。エウスタティオス殿下とは色合いの違うクリサフィス様の青い瞳に映る私は黒い髪に赤い瞳、陰気で冷たい印象自体は変わらないけれど、少しだけ可愛い少女のように見えました。
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