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第二話 大公令息クリサフィス
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「君は正気なのか、エウスタティオス!」
一生に一度の学園の卒業パーティを欠席し、従弟にして親友でもある王太子エウスタティオスの命令でこの大陸中の信仰を集める神聖アゲロス教国に出向いていた大公令息クリサフィスは、王太子の執務室で部屋の主を怒鳴りつけた。
いつも物静かな従兄がこんなに声を荒げているのを見るのは初めてかもしれない。
慇懃無礼に注意されることはあっても怒鳴られることはなかったのだ。
決まりや契約の順守には厳しいものの、基本的には自分に逆らったことのない大公令息の激昂に首を傾げながら、エウスタティオスは言葉を返した。
「正気に決まっているだろう、クリサフィス。あんな呪われた枯れ枝女を妃に迎えるほうが正気を失っているというものだ」
エウスタティオスは国王と病弱な王妃のひとり息子だった。
卒業パーティの後半から参加し、フォトプロス侯爵家の令嬢との婚約破棄という息子の強行に激怒した国王夫婦だったが、今はもう彼を許していた。
ふたりは息子を溺愛している。フォトプロス侯爵令嬢カシアとの婚約も息子のために結んだものだ。
「フォトプロス侯爵家が運営する商会の財力が私の役に立つと思われての婚約だったのだろうが、最近あの商会は力を失っている。代わりに力をつけてきたのがフィズィの実家ペルサキス伯爵家の運営する商会だ。陞爵させれば家格も変わらない」
国王はすでにその予定で動いていた。
ペルサキス伯爵家が陞爵されてフォトプロス家と同じ侯爵家になり次第、エウスタティオスとフィズィの婚約が公表される。
卒業パーティでのエウスタティオスの宣言はあくまで私的なものであり、彼女はまだ王太子の婚約者としては認められていない。
「君は莫迦か? フォトプロス侯爵家の商会が力を失っていたのは、我が国の神殿に横やりを入れられていたからだ」
神聖アゲロス教国は同じ女神を崇める大陸の国々に大神官と呼ばれる人間を派遣し、それぞれの国の神殿を管理させることで治外法権の力を握っている。
「横やりを入れられたのはフォトプロス侯爵家が神殿のヴァトラフォス大神官に嫌われているからだろう? 娘のカシアと同じで、あの家も邪悪な情念に満ちて穢れているのさ。大神官はそれに気づいていたんだな」
自信満々に語る従弟の姿に、クリサフィスは長い溜息をついた。
「……僕はもう君を支えることは出来ない。大公家の息子として与えられていた王位継承権は放棄して、僕はこの国を出る」
「クリサフィス? おい、いきなりなにを言っている」
「僕が卒業パーティを欠席してまで神聖アゲロス教国へ出向いていたのは、君がカシア嬢の状態を聖王猊下に相談して来いと言ってくれたからだ。でも君は僕が帰って来たというのに、猊下がなんとおっしゃったのか聞こうともしないね」
「もう婚約を破棄した女のことなどどうでも良いからな。どうせ結果は変わらなかっただろう? ヴァトラフォス大神官が言った通りカシアは嫉妬の末に心の病になったんだ」
呪いだよ、とクリサフィスは呟くように言った。
「カシア嬢は呪われていたんだ」
「莫迦な。ヴァトラフォス大神官が違うと言っていたんだぞ? わかった。呪いは呪いでも、やっぱりあの女がフィズィを呪って返された呪いなんだろう?」
「……」
憐れむようにエウスタティオスを見て、クリサフィスは彼の執務室を出て行った。
一生に一度の学園の卒業パーティを欠席し、従弟にして親友でもある王太子エウスタティオスの命令でこの大陸中の信仰を集める神聖アゲロス教国に出向いていた大公令息クリサフィスは、王太子の執務室で部屋の主を怒鳴りつけた。
いつも物静かな従兄がこんなに声を荒げているのを見るのは初めてかもしれない。
慇懃無礼に注意されることはあっても怒鳴られることはなかったのだ。
決まりや契約の順守には厳しいものの、基本的には自分に逆らったことのない大公令息の激昂に首を傾げながら、エウスタティオスは言葉を返した。
「正気に決まっているだろう、クリサフィス。あんな呪われた枯れ枝女を妃に迎えるほうが正気を失っているというものだ」
エウスタティオスは国王と病弱な王妃のひとり息子だった。
卒業パーティの後半から参加し、フォトプロス侯爵家の令嬢との婚約破棄という息子の強行に激怒した国王夫婦だったが、今はもう彼を許していた。
ふたりは息子を溺愛している。フォトプロス侯爵令嬢カシアとの婚約も息子のために結んだものだ。
「フォトプロス侯爵家が運営する商会の財力が私の役に立つと思われての婚約だったのだろうが、最近あの商会は力を失っている。代わりに力をつけてきたのがフィズィの実家ペルサキス伯爵家の運営する商会だ。陞爵させれば家格も変わらない」
国王はすでにその予定で動いていた。
ペルサキス伯爵家が陞爵されてフォトプロス家と同じ侯爵家になり次第、エウスタティオスとフィズィの婚約が公表される。
卒業パーティでのエウスタティオスの宣言はあくまで私的なものであり、彼女はまだ王太子の婚約者としては認められていない。
「君は莫迦か? フォトプロス侯爵家の商会が力を失っていたのは、我が国の神殿に横やりを入れられていたからだ」
神聖アゲロス教国は同じ女神を崇める大陸の国々に大神官と呼ばれる人間を派遣し、それぞれの国の神殿を管理させることで治外法権の力を握っている。
「横やりを入れられたのはフォトプロス侯爵家が神殿のヴァトラフォス大神官に嫌われているからだろう? 娘のカシアと同じで、あの家も邪悪な情念に満ちて穢れているのさ。大神官はそれに気づいていたんだな」
自信満々に語る従弟の姿に、クリサフィスは長い溜息をついた。
「……僕はもう君を支えることは出来ない。大公家の息子として与えられていた王位継承権は放棄して、僕はこの国を出る」
「クリサフィス? おい、いきなりなにを言っている」
「僕が卒業パーティを欠席してまで神聖アゲロス教国へ出向いていたのは、君がカシア嬢の状態を聖王猊下に相談して来いと言ってくれたからだ。でも君は僕が帰って来たというのに、猊下がなんとおっしゃったのか聞こうともしないね」
「もう婚約を破棄した女のことなどどうでも良いからな。どうせ結果は変わらなかっただろう? ヴァトラフォス大神官が言った通りカシアは嫉妬の末に心の病になったんだ」
呪いだよ、とクリサフィスは呟くように言った。
「カシア嬢は呪われていたんだ」
「莫迦な。ヴァトラフォス大神官が違うと言っていたんだぞ? わかった。呪いは呪いでも、やっぱりあの女がフィズィを呪って返された呪いなんだろう?」
「……」
憐れむようにエウスタティオスを見て、クリサフィスは彼の執務室を出て行った。
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