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第三話 赤い髪
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──バスキス伯爵令嬢セシリャは、王宮の夜会で姿を消した。
夜会から半月経っても、彼女は行方不明のままだ。
彼女の婚約者であるセペダ侯爵子息フリオは、第三王子アレハンドロに呼び出されて王宮へ来ていた。内密に話をするためだ。
セシリャが行方不明になったことは、彼女の将来を考えて秘密にされている。
病弱だったために友人が少ない第三王子と同年代の貴族子息との交流という体で、ふたりは中庭でテーブルを挟んで向かい合った。
「アレハンドロ殿下、私にはセシリャの居場所などわかりませんよ。なにしろ彼女と夜会に来たのは私ではなかったのですから」
「それはおかしなことだね、セペダ侯爵子息。婚約者の君はだれをエスコートして夜会へ来たのだい?」
「誤解なさらないでください、殿下。最初に浮気をしたのはセシリャのほうです。彼女が私を拒むから、仕方なく私はサルディネロ男爵令嬢のメンティロソ嬢にパートナーをお願いしたのです」
フリオの言い訳を聞いて、アレハンドロの口角が上がる。
第三王子アレハンドロは幼いころから病弱で、ずっと王宮の奥に閉じ籠って療養していた。
公式の場に顔を見せられるほど体調が回復したのはつい最近のことで、この王国の貴族子女が通う学園にも登校したことはない。それでもアレハンドロは、フリオの学園での所業を知っている。
「……あの夜、セシリャ嬢のパートナーは父親のバスキス伯爵だった。浮気相手がいたというのなら、その男と来れば良かったのではないかい?」
「王宮の夜会へは連れて来られないほど身分の低い男なのでしょう」
「あり得ないね。バスキス伯爵家は裕福で何代か前には王女が降嫁したこともある由緒正しい家柄だ。その跡取り娘のセシリャの婿になるというのなら、どんな身分の男であっても養子に迎えて、伯爵家と縁を繋ごうという貴族家は多いだろう」
アレハンドロの上がった口角が、そのまま嘲笑を形作る。
「身分こそセペダ侯爵家のほうが高いものの、現当主である父親同士が親友でなければ、セシリャ嬢が君と婚約を結ぶことなどなかったよ。困窮した侯爵家の次男に過ぎない君とはね」
フリオは唇を噛んだ。
そんなことは自分が一番よく知っている。
セシリャと婚約した自分は幸運なのだ。侯爵子息とはいえ実家を継げない次男にとって、これ以上の条件はない。
しかしフリオは今の状況を歓迎してはいなかった。
セシリャに、バスキス伯爵家に感謝しろという両親が嫌だった。
家から自分を追い出すくせに、結婚後はバスキス伯爵家の資産でセペダ侯爵家に援助しろと言う兄が、本気ではないのだとわかっていても憎かった。
サルディネロ男爵令嬢と一緒になってセシリャを貶めることが、今のフリオの喜びだった。
結婚後もセシリャには従いたくなかった。
だからといって捨てられるのも我慢ならない。それでこんなことを仕出かしたのだ。
フリオに引き返す道はない。
もうセシリャは罠にかかったのだ。
どうして第三王子のアレハンドロがセシリャのことを気にしているのかは知らないが、後は押し通すしかない。そんなことを思いながら、フリオは言葉を紡ぐ。
「養子になどしたら家の恥になるような犯罪者だったのではありませんか? 一度だけ見たことがあります。燃える炎のような赤い髪をした乱暴そうな男でしたよ」
フリオの言葉を聞いて、アレハンドロの顔色が変わった。
夜会から半月経っても、彼女は行方不明のままだ。
彼女の婚約者であるセペダ侯爵子息フリオは、第三王子アレハンドロに呼び出されて王宮へ来ていた。内密に話をするためだ。
セシリャが行方不明になったことは、彼女の将来を考えて秘密にされている。
病弱だったために友人が少ない第三王子と同年代の貴族子息との交流という体で、ふたりは中庭でテーブルを挟んで向かい合った。
「アレハンドロ殿下、私にはセシリャの居場所などわかりませんよ。なにしろ彼女と夜会に来たのは私ではなかったのですから」
「それはおかしなことだね、セペダ侯爵子息。婚約者の君はだれをエスコートして夜会へ来たのだい?」
「誤解なさらないでください、殿下。最初に浮気をしたのはセシリャのほうです。彼女が私を拒むから、仕方なく私はサルディネロ男爵令嬢のメンティロソ嬢にパートナーをお願いしたのです」
フリオの言い訳を聞いて、アレハンドロの口角が上がる。
第三王子アレハンドロは幼いころから病弱で、ずっと王宮の奥に閉じ籠って療養していた。
公式の場に顔を見せられるほど体調が回復したのはつい最近のことで、この王国の貴族子女が通う学園にも登校したことはない。それでもアレハンドロは、フリオの学園での所業を知っている。
「……あの夜、セシリャ嬢のパートナーは父親のバスキス伯爵だった。浮気相手がいたというのなら、その男と来れば良かったのではないかい?」
「王宮の夜会へは連れて来られないほど身分の低い男なのでしょう」
「あり得ないね。バスキス伯爵家は裕福で何代か前には王女が降嫁したこともある由緒正しい家柄だ。その跡取り娘のセシリャの婿になるというのなら、どんな身分の男であっても養子に迎えて、伯爵家と縁を繋ごうという貴族家は多いだろう」
アレハンドロの上がった口角が、そのまま嘲笑を形作る。
「身分こそセペダ侯爵家のほうが高いものの、現当主である父親同士が親友でなければ、セシリャ嬢が君と婚約を結ぶことなどなかったよ。困窮した侯爵家の次男に過ぎない君とはね」
フリオは唇を噛んだ。
そんなことは自分が一番よく知っている。
セシリャと婚約した自分は幸運なのだ。侯爵子息とはいえ実家を継げない次男にとって、これ以上の条件はない。
しかしフリオは今の状況を歓迎してはいなかった。
セシリャに、バスキス伯爵家に感謝しろという両親が嫌だった。
家から自分を追い出すくせに、結婚後はバスキス伯爵家の資産でセペダ侯爵家に援助しろと言う兄が、本気ではないのだとわかっていても憎かった。
サルディネロ男爵令嬢と一緒になってセシリャを貶めることが、今のフリオの喜びだった。
結婚後もセシリャには従いたくなかった。
だからといって捨てられるのも我慢ならない。それでこんなことを仕出かしたのだ。
フリオに引き返す道はない。
もうセシリャは罠にかかったのだ。
どうして第三王子のアレハンドロがセシリャのことを気にしているのかは知らないが、後は押し通すしかない。そんなことを思いながら、フリオは言葉を紡ぐ。
「養子になどしたら家の恥になるような犯罪者だったのではありませんか? 一度だけ見たことがあります。燃える炎のような赤い髪をした乱暴そうな男でしたよ」
フリオの言葉を聞いて、アレハンドロの顔色が変わった。
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