夜会の夜の赤い夢

豆狸

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第七話 赤い嘘

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「どうしちゃったのよ、フリオ。さっき、鳥が鳴いてからおかしいわよ?」
「鳥? 夜に鳥が?」
「ええ、ほら、あそこの梢。中庭のほうの松明にでも照らされてたのか赤い……もういないわね。たぶんあの女がニコラスに捕まったときよ。ほら、裏庭を囲む茂みが音を立ててたじゃない?」

 ニコラス。
 それはフリオが、セシリャを攫うならず者としてメンティロソに教えられている男の名前だった。
 顔を合わせたことはないけれど、『燃える炎のような赤』い髪の男だと聞いていた。

「そのニコラスとやらは、なんなんだ?」
「なにって……アタシが父さんに引き取られる前、母さんと一緒に下町に住んでたころの幼馴染よ」
「本当に幼馴染なのか?」

 フリオの問いを聞いて、メンティロソは吹き出した。

「なによ、妬いてるの? ただの幼馴染だってば。フリオだって幼馴染のあの女のこと、なんとも思ってないでしょ?」
「そうじゃない。そうじゃなくて……ニコラスは本当に人間なのか?」
「はあ?」
「幼馴染というのは君の思い込みで、本当はその男に惑わされてるんじゃないのか? 君には幼馴染なんていなかったんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっとなに言ってるの? アンタおかしいわよ? 緊張してるの? アンタが緊張する必要なんてないじゃない。ニコラスが全部やってくれるんだから」
「大事なことなんだ。考えろ!」

 邪神なら人間の記憶を操作するくらい簡単なことだろうとフリオは思う。
 しかしメンティロソのほうは、なにを言われているのか理解出来ないでいる。
 呆然として自分を見つめてくるメンティロソに痺れを切らして、フリオは彼女の両肩を掴んだ。そのままメンティロソの体を大きく揺らす。

「幼馴染としての記憶なんて思い出せないんだな? やっぱりその男は邪神に違いない!」
「は、離してよ! アンタ、本当におかしいわよ! やっぱり妬いてるんでしょ? そうよ! ニコラスはアタシの恋人よ! でもいいじゃない! 身分は低いのに逆らえない、お金持ちの婚約者が嫌だったんでしょ? アタシの計画で向こうより立場が強くなるんだから感謝してよね!」
……」
「え?」

 メンティロソはここに来てようやく、フリオの瞳に狂気の光が宿っていることに気づいた。
 なにしろ裏庭は暗く、中庭から漏れてくる赤い光は微かだったのだ。恋人の表情もわかるものではない。

★ ★ ★ ★ ★

「いやあぁぁああっ!」

 メンティロソ様の叫び声が聞こえたのは、アレハンドロ殿下と夜会会場に戻りつつあったときだった。
 先ほどぶつかったのは私を心配して探しに来てくださった殿下だったのだ。
 髪の毛が赤く見えたのは、中庭の松明の炎を反射していたのだろう。

 殿下が私を探しに来てくださったのは、王宮を警備する騎士や衛兵から侵入者の報告があったからだ。
 侵入者は赤毛の男で、名前はニコラスというらしい。
 フリオ様達が話していた男だろうか。考えると背筋が冷たくなった。

「大丈夫かい、セシリャ」

 私の恐怖に気づいたのか、殿下が優しく肩を抱いてくれる。

「わ、私は大丈夫です。それより今、メンティロソ様の叫び声が……」
「ああ、夜会会場に戻り次第騎士と衛兵を向かわせよう。ほかにも侵入者がいたのかもしれない。とりあえず僕達は、男爵令嬢に叫び声を上げさせたなにかに気づかれないよう立ち去るだけだ」

 第三王子殿下の言葉に逆らうのは不敬だし、未来のバスキス女伯爵としての勉強はさせられているものの、男性のように武術までは修めていない私が騒動の場に飛び込んでも問題が増えるだけだ。
 私達は少しだけ歩いて、中庭を警備している騎士を見つけて叫び声のことを伝えた。
 騎士にも聞こえていたようで、すでに調べに行く手はずは整っていた。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ──メンティロソ様の叫びは、フリオ様に抱き殺されたときのものだったという。
 どういう状況だったのかは良くわからない。
 アレハンドロ殿下は、先に捕まっていたニコラスがメンティロソ様の下町時代からの恋人だと知って、嫉妬に狂ったフリオ様が抱き殺したのではないかと言っていたけれど、正気を失ったフリオ様自身は違うことを呟き続けている。

『赤くなる。目を離したら邪神に赤くされてしまう。だから彼女を離すことは出来ない』

 フリオ様はメンティロソ様の殺人罪で投獄された今も、彼女の体を抱き締めて離そうとはしないそうだ。
 私に対して企んでいた計画については、あまりに悪質な上に未遂であっても私やセペダ侯爵家にとっての醜聞になりかねないということで秘密にされている。
 ニコラスという男は王宮への侵入罪で捕まり、メンティロソ様のご実家もニコラスが王宮に忍び込めたのは彼女の工作のせいだったということで罰を受けた。
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