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第三話 緑色の瞳
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イザベルの瞼は閉じたままだったのに、ラミレスは彼女の緑色の瞳を鮮やかに思い出した。
それは一度目のときの記憶だ。
今回と同じようにギリョティナとペカドの浮気現場に遭遇して、ロドリゲス商会からの横領に亡くなった父も関わっていたと知らされて脅されて、なにも言えずなにも出来なくて、久しぶりに王都の侯爵邸へ戻ったときの記憶だ。
ギリョティナに溺れるラミレスに代わって侯爵家の事業運営を引き受けていたイザベルは、女主人の部屋さえ奪われて物置部屋で死んでいた。
侯爵邸にイザベルの味方はいなかったが、ラミレスの味方もいなかった。
男の使用人はペカドに古巣の劇団の女優を宛がわれ、女の使用人は本人の意思に関係なくペカドの女にされていた。みんな横領の分け前をもらっていた。考えてみれば、ラミレスがギリョティナを囲っていた金も横領から出たものだ。
「君だったのか……」
ラミレスとイザベルは三歳違うため、三年制の学園に一緒に通っていた時期はない。
だが学園演劇に打ち込む素人役者のラミレスを支えてくれたのはイザベルだった。
年齢に従って大人びていた顔が眠るような死に顔になって、初めてあどけない昔の顔を思い出せたのだ。学園演劇を披露するたびに応援に来てくれるのは嬉しかったけれど、変に声をかけて親しくなるのは違うと思っていたラミレスは、彼女の名前も聞いていなかった。そのくせ父には報告していたのだ。
「……母上と同じ緑色の瞳の少女が応援してくれているんです。演劇だけでなく、どんなことでも彼女がいてくれたら頑張れるような気がします、か……」
父は知っていたのだろう。知っていてイザベルを選んでくれたのだ。
教えてくれたら良かったのに、と思うと同時に、ギリョティナに夢中だった自分が父の言葉もイザベルの言葉も聞こうとしなかったことを思い出す。
父がギリョティナとの関係に反対しつつ、反対する理由ははっきり口に出さなかったのは、彼女がペカドの手先だったからに違いない。父はラミレスを犯罪に関わらせたくなかったのだ。
一度目の人生は、ロドリゲス商会に訴えられて終わった。
ペカドとギリョティナは上手く逃げて、ペカドがほかの取り引き相手とおこなっていた横領もラミレスが指示していたことにされてしまった。
高位貴族であることが裁判官や陪審員の反感を買ったのだ。金持ちのくせに平民に脅されていたからと言い訳するなんて、と。ラミレスの刑は絞首刑だった。
すべての財産が没収された中、母の形見の指輪だけが遺された。
最後の瞬間に蛇の目が煌めいた気がして、意識が戻ったときはイザベルと婚約した日だった。
しかしラミレスに一度目の記憶はなかった。蛇の目が色を失ったことさえイザベルとの婚約のせいにして、ラミレスはギリョティナに溺れて妻を憎んだ。
イザベルが飛び降り自殺をしたときも一度目の記憶は戻らなかった。
ラミレスに一度目の記憶が戻ったのは、ギリョティナが産んだ子どもが明らかにペカドの種だと気づいたときだ。
それまではイザベルが死んだことを喜びながら、自殺という醜聞を残したことを恨んでいた。
心労でやつれていく父を案じながらも、許されるまま自由に生きていた。父はラミレスを犯罪に関わらせたくなかったのだろう。イザベルのことは利用したのに。
「私のことを騙していたんだな!」
ギリョティナは怒鳴りつけたラミレスに嘲笑を向けた。
自分は最初からペカドの女で、侯爵を操るためにラミレスの相手をしていただけなのだと、彼女はどんな舞台のときよりも美しく朗々とした声で告げた。
ラミレスは怒りのあまり彼女を殺し、また絞首刑になった。今度のラミレスも裁判官や陪審員達に罵声を浴びせられた。身分を笠に着て美人女優を愛人にした上に、彼女の真実の愛を邪魔して殺してしまうなんて、と。
蛇の目がふたつとも色を失って、ラミレスの三度目が始まった。
「イザベル嬢が救ってくれたんだ」
三度目の今回、怒りを堪えてギリョティナの元から戻ったラミレスに父は言った。
「彼女はどこで知ったのか、ペカドの悪事をロドリゲス商会の会頭に伝え、利用されていた取り引き相手の人間は重い罪に落とさないで欲しいと交渉してくれたんだ。……お前が言っていた通り、母さんと同じ綺麗な緑色の瞳の素晴らしいお嬢さんだ。お前の妻になってくれたら嬉しかったんだがな。ふふっ、そうなれば伯爵家の絹織物技術も学べたしな」
ラミレスは父が廃人と化したと思っていたけれど、前の二回の記憶が戻ってみれば、一度目突然亡くなったときや二度目に犯罪のことを息子に隠して仕事に猛進していたときよりも元気そうに見えた。
ただ少々お金がなくて、栄養のあるものを食べていないだけだ。
それもラミレスがギリョティナを囲うのをやめれば回復するだろう。
館の使用人達はまだだれもペカドの魔の手にかかっていない。
そもそもロドリゲス商会の会頭に離縁されたペカドは、横領の罪で指名手配されている。
これからラミレスが衛兵の詰所へ行って、ギリョティナを囲っている家に奴がいると訴え出れば、すぐに捕まるはずだ。
(二度の人生の始末を終えて、明日になったらイザベルのところへ行こう。彼女はきっと覚えているんだ。一度目と二度目のことを謝って、今度こそ本当の妻になって欲しいと、大切にすると伝えよう)
一度目のときも二度目のときも、ラミレスとイザベルは白い結婚だった。
ラミレスの心でイザベルの緑色の瞳が煌めいていた。
それは一度目のときの記憶だ。
今回と同じようにギリョティナとペカドの浮気現場に遭遇して、ロドリゲス商会からの横領に亡くなった父も関わっていたと知らされて脅されて、なにも言えずなにも出来なくて、久しぶりに王都の侯爵邸へ戻ったときの記憶だ。
ギリョティナに溺れるラミレスに代わって侯爵家の事業運営を引き受けていたイザベルは、女主人の部屋さえ奪われて物置部屋で死んでいた。
侯爵邸にイザベルの味方はいなかったが、ラミレスの味方もいなかった。
男の使用人はペカドに古巣の劇団の女優を宛がわれ、女の使用人は本人の意思に関係なくペカドの女にされていた。みんな横領の分け前をもらっていた。考えてみれば、ラミレスがギリョティナを囲っていた金も横領から出たものだ。
「君だったのか……」
ラミレスとイザベルは三歳違うため、三年制の学園に一緒に通っていた時期はない。
だが学園演劇に打ち込む素人役者のラミレスを支えてくれたのはイザベルだった。
年齢に従って大人びていた顔が眠るような死に顔になって、初めてあどけない昔の顔を思い出せたのだ。学園演劇を披露するたびに応援に来てくれるのは嬉しかったけれど、変に声をかけて親しくなるのは違うと思っていたラミレスは、彼女の名前も聞いていなかった。そのくせ父には報告していたのだ。
「……母上と同じ緑色の瞳の少女が応援してくれているんです。演劇だけでなく、どんなことでも彼女がいてくれたら頑張れるような気がします、か……」
父は知っていたのだろう。知っていてイザベルを選んでくれたのだ。
教えてくれたら良かったのに、と思うと同時に、ギリョティナに夢中だった自分が父の言葉もイザベルの言葉も聞こうとしなかったことを思い出す。
父がギリョティナとの関係に反対しつつ、反対する理由ははっきり口に出さなかったのは、彼女がペカドの手先だったからに違いない。父はラミレスを犯罪に関わらせたくなかったのだ。
一度目の人生は、ロドリゲス商会に訴えられて終わった。
ペカドとギリョティナは上手く逃げて、ペカドがほかの取り引き相手とおこなっていた横領もラミレスが指示していたことにされてしまった。
高位貴族であることが裁判官や陪審員の反感を買ったのだ。金持ちのくせに平民に脅されていたからと言い訳するなんて、と。ラミレスの刑は絞首刑だった。
すべての財産が没収された中、母の形見の指輪だけが遺された。
最後の瞬間に蛇の目が煌めいた気がして、意識が戻ったときはイザベルと婚約した日だった。
しかしラミレスに一度目の記憶はなかった。蛇の目が色を失ったことさえイザベルとの婚約のせいにして、ラミレスはギリョティナに溺れて妻を憎んだ。
イザベルが飛び降り自殺をしたときも一度目の記憶は戻らなかった。
ラミレスに一度目の記憶が戻ったのは、ギリョティナが産んだ子どもが明らかにペカドの種だと気づいたときだ。
それまではイザベルが死んだことを喜びながら、自殺という醜聞を残したことを恨んでいた。
心労でやつれていく父を案じながらも、許されるまま自由に生きていた。父はラミレスを犯罪に関わらせたくなかったのだろう。イザベルのことは利用したのに。
「私のことを騙していたんだな!」
ギリョティナは怒鳴りつけたラミレスに嘲笑を向けた。
自分は最初からペカドの女で、侯爵を操るためにラミレスの相手をしていただけなのだと、彼女はどんな舞台のときよりも美しく朗々とした声で告げた。
ラミレスは怒りのあまり彼女を殺し、また絞首刑になった。今度のラミレスも裁判官や陪審員達に罵声を浴びせられた。身分を笠に着て美人女優を愛人にした上に、彼女の真実の愛を邪魔して殺してしまうなんて、と。
蛇の目がふたつとも色を失って、ラミレスの三度目が始まった。
「イザベル嬢が救ってくれたんだ」
三度目の今回、怒りを堪えてギリョティナの元から戻ったラミレスに父は言った。
「彼女はどこで知ったのか、ペカドの悪事をロドリゲス商会の会頭に伝え、利用されていた取り引き相手の人間は重い罪に落とさないで欲しいと交渉してくれたんだ。……お前が言っていた通り、母さんと同じ綺麗な緑色の瞳の素晴らしいお嬢さんだ。お前の妻になってくれたら嬉しかったんだがな。ふふっ、そうなれば伯爵家の絹織物技術も学べたしな」
ラミレスは父が廃人と化したと思っていたけれど、前の二回の記憶が戻ってみれば、一度目突然亡くなったときや二度目に犯罪のことを息子に隠して仕事に猛進していたときよりも元気そうに見えた。
ただ少々お金がなくて、栄養のあるものを食べていないだけだ。
それもラミレスがギリョティナを囲うのをやめれば回復するだろう。
館の使用人達はまだだれもペカドの魔の手にかかっていない。
そもそもロドリゲス商会の会頭に離縁されたペカドは、横領の罪で指名手配されている。
これからラミレスが衛兵の詰所へ行って、ギリョティナを囲っている家に奴がいると訴え出れば、すぐに捕まるはずだ。
(二度の人生の始末を終えて、明日になったらイザベルのところへ行こう。彼女はきっと覚えているんだ。一度目と二度目のことを謝って、今度こそ本当の妻になって欲しいと、大切にすると伝えよう)
一度目のときも二度目のときも、ラミレスとイザベルは白い結婚だった。
ラミレスの心でイザベルの緑色の瞳が煌めいていた。
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