どんなに私が愛しても

豆狸

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第七話 バスコの悔恨

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 王太子バスコは、国内外で『娼婦の夫』と呼ばれている。
 もちろんそれを否定するものは多い。
 彼らはこう反論するのだ。

「あのお妃様は、娼婦っつーより酒場女だろ。客と一対一で接する娼婦と違い、複数の客の中で一番金持ってるヤツに擦り寄って、おだてて財布を空にする酒場女のやり口と同じだよ。まあ、体を売る酒場女もいるけどな」

 王太子妃デスグラーサの母タガレアラは、まさしくその酒場女であった。
 ロバト侯爵は、親友の騎士団長に連れられて行った酒場でタガレアラと出会い、周囲の客を落として自分を持ち上げる彼女の話術の虜になったのだ。
 どこまでが騎士団長の策略だったのかはわからない。ロバト侯爵がコンスタンサの送って来た資料の裏付けを取ってふたりに見せつけたとき、タガレアラが公爵と自分以外の男とも関係を持っていたと知って、騎士団長は心底驚いていたのだから。もっともそれを知るのは、ロバト侯爵だけなのだが。

 コンスタンサからの手紙を読んで、バスコは彼女の狂気を感じた。
 バスコを愛するあまりおかしくなって、自分がおかしくなっていることにも気づいていないのだと思ったのだ。
 とはいえ、書かれていること自体は真実だった。

 ──バスコはデスグラーサを処分することは出来ない。

 バスコは妻と話し合ったが、なにも解決しなかった。
 デスグラーサはバスコの前ではバスコの望むことを口にする。嘘ではない、心からそう思っている。
 だがバスコが彼女の前を離れると、その場にいる一番身分と地位が高く力と財産を持った男に擦り寄るのだ。

 バスコは心の病気を疑ったけれど、王室付きの医者は首を横に振って尋ねてきた。

「貧しさゆえに子を売る親と子を売らず心中する親、どちらが病んでいますか?」
「先生?」
「どちらも病んでいるわけではありません。そんなことを言ったら、すべての人間が病んでいます。他人から見て異常に思えることでも、本人にとっては筋の通った生存戦略なのですよ」

 それに、と医者は続けた。

「彼女とその母親は、この生存戦略で成功した。今のところ命の危険もないのだから、改める必要もないでしょう?」

 確かに母娘は成功していた。
 母親のタガレアラは侯爵を射止め、娘のデスグラーサは異母姉の婚約者を奪い王太子妃にまで上り詰めている。
 身分の高い人間と派手な騒ぎを起こして結ばれたおかげで、簡単にデスグラーサを処分出来ない状況になっている。彼女は成功者だった。むしろなにかあったときに備えて、ほかの男にも媚びを売っておくほうが後々安心かもしれない。

 デスグラーサの子どもの父親は、王宮の護衛騎士を辞めさせられていた。
 別件で処分しようという国王をバスコが止めたのだが、騎士はデスグラーサに会うため王宮へ忍び込んで、結局死罪になった。
 護衛騎士の処刑を聞いても、デスグラーサは反応しなかった。バスコが目の前にいたから、バスコのことしか考えていなかったのだ。子どものほうは孤児院へ送られ、出自を伏せて育てられている。

 デスグラーサを慕っていた貴族令息達は、ひとり、またひとりとバスコの側近を辞していた。
 彼女の子どもが死産だったと聞いて、もしや自分の子かもしれないと密かに調べた彼らは、父親が護衛騎士だったと知って熱が冷めたのだ。
 令息達はそれぞれが自分に都合の良い真実を抱いている。

 ──あるものはデスグラーサは男ならだれでも良い淫乱なのだと言い、
 あるものはデスグラーサの本命はあの護衛騎士で、自分達は王太子の目を誤魔化すための偽装工作に使われただけだと言い、
 あるものはコンスタンサからの手紙に書かれていたように、デスグラーサはその場で一番身分と地位が高く力と財産を持った男に擦り寄るのだと言う。

 自分達も虜になっていたことなど綺麗に忘れ、令息達は愚かな王太子を嗤っている。

 デスグラーサの出産から、国王夫妻は隠遁生活を送っていた。
 バスコの母は、元々国王が望んでの愛妾ではない。
 結婚して数年経っても王妃との間に子どもが出来なかったため、周囲に押し切られるようにして迎えた愛妾だったのだ。しかし愛妾を迎えてすぐに王妃が身籠った。自分が不要とされることを恐れた愛妾が策略を巡らし、王妃を呼び出して国王との情事を見せつけたのである。

 国王は王妃との失った時間を取り戻したいのかもしれない。バスコは父に隠遁しないで欲しいとは言えなかった。

 そうなると、王族としての責務はバスコとデスグラーサの肩にかかってくる。
 バスコは妻を公務に出したくなかったが、そういうわけにもいかない。それに、公務の間は離れることもあまりない。
 もっともあまりないものの、どうしても離れなくてはいけないときもあって、そんなとき慌てて戻ったバスコは、デスグラーサと過ごしただれかの失笑を持って迎えられていた。

 どうしようもない絶望の中で、バスコはコンスタンサのことを思う。
 国を出て行った彼女がバスコに遺したのは、あの手紙だけだ。
 歪んだ献身を押し付ける狂気に満ちた手紙は、いつしかバスコの宝物になっていた。

(コンスタンサを正妃にしてデスグラーサを愛妾にしていたら、私は今も幸せにデスグラーサと愛し愛されているという夢を見ていられたんだろうか)

 手紙に綴られた懐かしい筆跡を追いながら、バスコは身勝手な妄想に耽る。

(自分が愛妾の息子の庶子で、コンスタンサがロバト侯爵家の嫡子だということへの劣等感を捨てて、彼女の愛に応えていたら私は幸せになれたのだろうか)

 バスコは願う。

(コンスタンサが今も私の幸せを祈ってくれていたら良いのに)

 さすがのバスコも、今も愛し続けていてほしいとまでは願えなかった。
 どんなに彼女に愛されても、愛を返さなかったのは自分自身なのだから。
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