どんなに私が愛しても

豆狸

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最終話 どんなに貴方が願っても

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 学園の卒業パーティで婚約を破棄されてから、もう三年が過ぎたでしょうか。
 祖国を出てからは一年ほどです。
 私は祖国と友好関係にある、ロバト子爵家と関りの深い国で暮らしています。叔父様達とは今も連絡を取り合っていて、叔母様はたまにこちらの家へ遊びに来てくださったりもしています。

 国を出たのは私にとって良いことでした。
 なんだかんだ言って、国にいる限りバスコ王太子殿下の噂が耳に入ります。
 殿下のことを聞くたびに、私の中の澱んだ感情は力を増していたのです。相手にとってなにが幸せかもわからないのに、幸せを祈り続けようとしていたこと自体がおかしかったのです。距離を置くことで自分の姿が見えてきたので、今は恥ずかしくて居たたまれない気持ちです。

「……結局、私の殿下への気持ちは愛ですらなかったのかもしれませんね」

 父母に愛されない代わりに、父母を愛せない代わりに、婚約者のバスコ王太子殿下へ鬱屈した気持ちを押し付けていただけだったのかもしれません。
 殿下のためだと思って異母妹の所業を隠そうとしていたことも、今となっては愚行としか思えません。私は歪んだ献身をおこなう自分に酔いしれていたのでしょう。
 私の呟きを聞いて、彼が首を横に振りました。

「そんなことないんじゃないか?」
「トマス?」

 トマスはこの国へ来て再会した、学園に留学していた青年です。
 我が国のような身分制度のない商人の国の民なので、異母妹が擦り寄る対象ではありませんでした。
 私達は今、この国の都に新しく出来た喫茶店でお茶を飲んでいたのです。

「学園のころのコンスタンサは心からあの王子様のことを想ってたと思うぜ? だから俺達も沈黙を約束したんだ。今もみんな守ってると思うぞ。……まあ王子様とあの女が表舞台に出てるから、俺らが黙ってても噂は広がってってるけどな」
「そうでしょうか?」
「愛されていないと知りながら、自分が正妃になって、あの女の真実の姿を王子様から隠し通そうだなんて、王子様を愛してなけりゃ思いつかないと思うがな」
「……」

 私はバスコ王太子殿下を愛していたのでしょうか。
 今となっては自信がありません。
 言葉を返せないでいる私を見つめて、トマスが笑みを浮かべました。

「ああ、そっか」
「なぁに?」
「コンスタンサは俺のこと好きになって好みが変わったから、王子様を好きだったときのことが思い出せなくて、そもそも愛してなかったんじゃないか、って思ったんだな?」
「……っ!」
「ん? 俺のこと好きじゃなかった?」
「す、好きですけど」

 再会したときのトマスは開口一番に、私が関わっていた新技術を使った事業のことを話題に出しました。
 せっかく携わっていたのに、婚約破棄のせいで最後まで見届けられなくて残念だったな、と言ってくれたのです。
 それまでバスコ王太子殿下のことばかり考えていましたが、そう言われてみると王太子の婚約者として努力してきた様々なことが思い出されて、私は彼の前で泣きじゃくってしまいました。彼は必死で慰めてくれて、私が泣き止むと心底嬉しそうに笑ってくれて──気がついたら、私は彼を好きになっていたのでした。

「トマスは、昔の私が本当に殿下を愛していたとしても良いのですか? その……嫉妬とかしないのですか?」
「なに、嫉妬して欲しいの?」
「……トマスは意地悪です」
「はは、ごめんごめん。正直昔のことでも嫉妬はするよ。だけどさ、あの国の学園に留学してたとき、王子様のために必死なコンスタンサに惚れちまったから……今さらだよ。というか、今は好きじゃないんだろ、今は!」

 恥ずかしそうに真っ赤になったトマスが、誤魔化すかのように大きな声で尋ねてきます。

「ええ、もちろんです。今好きなのはトマスだけですよ」
「そっか。……うん、そっか」

 どんなに私が愛しても微笑みさえ向けてくれなかった殿下と違い、新しい婚約者のトマスはよく笑顔を見せてくれます。
 彼はこの国で一番大きな商会の三男坊で、独立して新しい商会を立ち上げたところです。
 今日この喫茶店へ来たのは、彼の商会が取り扱っている商品を卸すついででもありました。

 トマスの商会はロバト子爵家の開拓地にも多大な支援をしてくれています。
 私達の婚約は叔父様や叔母様にも認められたものなのです。
 彼は私がお世話になっていた神殿とも取り引きをしていて、それが再会のきっかけでもありました。

「まあ俺を選んだこと、後悔させないよ。今に兄貴が継いだ実家も追い越して、大陸一の商会にしてやるから」
「はい、期待してます」

 どんなに愛していても、応えてもらえない愛は終わり消えてしまうのです。
 だけどトマスが昔の私に好意を持ってくれていたように、終わって消えてしまった愛も新しい愛の礎になることがあるのかもしれません。
 だとしたら、私は殿下を確かに愛していて、その愛は無駄ではなかったということなのでしょう。

 とはいえ私がバスコ王太子殿下を想うことは少なくなりました。
 トマスとの会話で、そんなこともあったと思い出したり、不意に過去の自分の姿が蘇って羞恥を感じたりしたとき芋づる式に記憶が浮かぶくらいです。
 ずっと幸せを祈り続けると言ったのに、嘘になってしまいました。でも私に澱んだ感情を向けられているよりも、忘れられたほうが殿下も喜ぶことでしょう。

 さようなら、殿下。
 もう私が貴方を愛することも、身勝手に幸せを祈ることもありません。
 だから、どうか幸せになってください──
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