運命の恋は一度だけ

豆狸

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第一話 運命の恋は幻①<一度目の侯爵令嬢>

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 初めてマルクス殿下と出会ったのは、私が九歳のときでした。
 王宮の中庭で開かれた、彼が十歳になったことを祝う誕生パーティに招かれたのです。
 美貌で知られる王妃様譲りの金の髪に青い瞳、午後の木漏れ日を浴びて煌めく妖精のような殿下に、私は一目で恋をしました。

 その夜王都にあるガレアーノ侯爵邸へ戻って、父から殿下との婚約の話があると聞かされたとき、運命だと感じました。
 私とマルクス殿下は結ばれる運命なのだと思ったのです。
 この恋は運命の恋だと信じ、婚約したいと父に答えました。

 私が十歳になるのを待たずして、王宮へ通う形での妃教育が始まりました。
 お美しい王妃様は教師としては厳しい方でしたが、マルクス殿下のお側にいるためだと思えば、いつも努力する気力が湧いてきました。
 王宮ですれ違ったり、婚約者同士の定例茶会で会う殿下はいつもお美しくてお優しくて、殿下も私を運命の恋の相手だと思っているのではないかと、愚かなことを考えていました。

 私と殿下の関係が政略的なものでしかないこと、殿下が私を愛してなどいないことを知ったのは、十六歳の年にこの国の貴族子女が通う学園へ入学してからでした。
 ひとつ上の殿下は私の前年に学園へ入学していて、すでに一年間の学園生活を過ごされた後でした。
 そして、その一年間で殿下はご自身の本当の運命の恋の相手を見つけていらっしゃったのです。

 とある男爵家のご令嬢プロスティトゥタ様。

 それが、マルクス殿下が愛した方でした。
 プロスティトゥタ様は男爵家の庶子で、正妻が産んだ異母姉の死をきっかけに正式な跡取りとして父親に引き取られたのだといいます。
 殿下に私という婚約者がいたように、プロスティトゥタ様もジルベルト伯爵家の次男カルロス様という婚約者がいらっしゃったのですけれど、運命の恋を見つけたおふたりにとっては互いの婚約者などという存在は無用のものだったのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「君を好きだったことはない」

 マルクス殿下は、プロスティトゥタ様との関係を問うた私にそうおっしゃいました。

「ガレアーノ侯爵に押し切られて結んだ不本意な婚約だった」

 そうだったのでしょうか。父は殿下の誕生パーティでの私の様子を同行していたメイドに聞いて、無理に殿下との婚約を結んでくださったのでしょうか。

「私が愛するのはプロスティトゥタだけだ。そのためなら王太子の座を捨てても良い」

 殿下にはふたりの弟君がいらっしゃいましたが、文武に優れた第一王子の彼は学園に入学する前の年に立太子なさっていました。
 私の妃教育もただの王子妃としてのものではなく、王太子妃となるためのものに変わっていました。
 さらに厳しくなられた王妃様の教育に、王都の侯爵邸へ戻ってから枕を涙で濡らす日々を送っていました。それでも殿下のお側にいるために努力を続けていました。

 自分のしてきたことがすべて無意味だったと知り、私は目の前が真っ暗になりました。
 殿下とお話をしていた学園の中庭で倒れた私は、王都の侯爵邸で目を覚ましました。
 私をガレアーノ侯爵邸まで運んできてくださったのはマルクス殿下ではなく、彼の側近候補であるグスマン公爵家のミゲル様だというお話です。

 ミゲル様は無表情無感情で知られていて、その冷たい美貌に笑みが浮かぶところを私は見たことがありません。
 いつも仮面のように凍りついたお顔をなさっているのです。
 でも、優しい方なのだということは知っています。マルクス殿下の側近候補になってからずっと、私のことを気遣ってくださっていたのです。

 倒れた私を心配して部屋まで来てくださった父に事情を話すと、父は困惑した表情で私に告げました。

「この婚約は王家のほうから打診されたものだよ。ロゼットがマルクス殿下を気に入っていなければ、こちらから断ろうと思っていたんだ」

 私にもう殿下への想いが残っていないのなら、こちらから婚約解消か白紙撤回を申請しても良いけれど、お相手のプロスティトゥタ様にも婚約者がいるから王家が認めないかもしれない、と父は続けて言いました。
 今の私の殿下への想いは……わかりませんでした。
 わかりませんでしたけれど、運命の恋だと思っていたものが幻だったということだけはわかりました。すべては私のひとりよがりだったのです。

 ──なるべく殿下に会わないようにしながら学園に通う日々が数ヶ月ほど続いたある日、プロスティトゥタ様とその婚約者の婚約が解消されたという噂を聞きました。
 ああ、遂にこの日が来たのですね。
 そう思ったときには、すでに私の心に殿下への想いは残っていませんでした。

 殿下と直接お会いするのは避けていましたが、この数ヶ月で私は、心底愛しそうにプロスティトゥタ様を見つめる彼の姿を幾度となく目撃していたのです。
 彼は私の視線にも気づいていらっしゃいませんでした。
 想いが残っていないというよりも、想っていても絶対に叶わないと思い知らされただけだったのかもしれません。
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