運命の恋は一度だけ

豆狸

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第八話 運命の恋よりも①<一度目の男爵夫人>

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「ジュリアナ、やめておいたら?」

 男爵家に嫁ぐと告げたとき、ジルベルト伯爵家へ嫁いだ親友に言われた。
 この国の貴族子女が通う学園で、異分子だった平民特待生の私とも分け隔てなく付き合ってくれた素敵な女性だ。
 学園卒業と同時に結婚した彼女は、もう可愛い男の子を産んでいた。

「あの男爵、昔から王都の下町で女を囲っているのよ。運命の恋だと舞い上がってるらしいわ。そのせいで前の婚約者に婚約を解消されて多額の賠償金を支払うことになって……貴女に結婚を申し込んだのは、失礼だけど貴女の家のお金目当てだと思う。嫁いでもお金だけ吸い上げられて、その愛人に貢ぐだけよ」
「……わかっているわ」
「だったら!」
「でも我が家の商売は男爵領でしか出来ないのよ」

 私の実家は魚の養殖業をしている。
 この王国には大河が流れている。どの貴族家の領地にも接していて、飲み水と豊かな実りをくれる河だ。
 しかし、それと同時に季節によっては荒れ狂う悪魔と化す河でもある。

 男爵領に接した流域は氾濫したことがない。
 気候のせいか地形のせいか、常に温厚な顔だけを見せてくれている。
 その流域でなければ養殖業など営めない。せっかく育てた稚魚が氾濫のたびに消え失せてしまうのでは商売など出来ない。そもそもほかの土地で失敗続きだったのが、一縷の望みをかけて男爵領へ来て、やっと成功したのだ。

「資金援助の代わりに、ちゃんと私を正妻として扱って、生まれた子どもを跡取りにしてくれると約束してもらってるわ。……私も、彼を愛する努力はするつもり。そうしたら、いつか愛し愛される夫婦になれるかもしれないもの」
「ジュリアナ……」

 ほかの選択肢はなかった。
 親友を介してジルベルト伯爵家に助けを求めるという手もあったのかもしれないが、伯爵領に接した流域はほかの土地よりも氾濫することが多いのだ。
 我が家の養殖魚は王国の貴重な食糧のひとつとなっていたし、長年積み重ねられてきた養殖の知識は、だれかに売りさえすれば受け継いでもらえるようなものでもなかった。知識を売って新しい商売を始めたとしても、それが上手く行くとも限らない。

 私は親友と家族の心配を否定して、男爵家へ笑顔で嫁ぎ──後悔した。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 どんなに努力しても、私は夫を愛せなかった。
 家にいるより愛人のところへいる時間のほうが長いのだ、愛するどころか顔すら忘れてしまいそうになる。
 忘れてしまいそうになっても忘れられないのは、私の産んだ娘が夫にそっくりだったからだ。

 イザベル──愛したいのに愛せなかった。
 あの子が憎かったわけじゃない。憎んでしまいそうで怖かったのだ。
 私はイザベルを乳母に任せて仕事に猛進した。夫は、金目当てで娶った愛してもいない妻に先祖伝来の男爵家の運営を放り投げていたのだ。

 イザベルが男爵家を継ぐことは約束されている。
 普通の母親のように愛することは出来ないけれど、男爵家を富ませてから受け継がせることで幸せに出来る。そんな、自分に都合の良い言い訳を胸に私は彼女から距離を置いた。
 手のかからない優秀な彼女が、本当はなにを求めているかなんて気づかない振りをして。

 すべてを後悔したのは、イザベルを喪ってからだった。
 私が彼の婚約者への賠償金で傾きかけていた男爵家を回復させたことで、夫に欲が芽生えたのだ。
 愛する女の産んだ子どもに自分の家を継がせたい、という欲が。

 国内で一斉に大河の整備工事が始まり、氾濫したことがないので工事が必要ない男爵領は、他領へ人足の貸し出しをおこなっていた。
 私の発案だ。
 かなりの利益を得ることが出来ていた。

 運営を私に丸投げしていても、正式な当主は夫だ。
 人足貸し出しによる臨時収入の一部も夫の懐へ流れていた。
 それが、イザベルとカルロスの乗った馬車を襲ったならず者達を雇う金になったのだろう。

 心を病んだ振りをして離れに閉じ籠った私は、イザベルの婚約者だった青年と連絡を取り合いながら、夫と愛人がイザベルを死に追いやった事件の証拠を探った。
 イザベルの婚約者カルロスは親友の次男だ。こんな私の代わりにイザベルを愛してくれた優しい子だ。
 大切なお子さんをこんなことに巻き込んで、親友には本当に悪いことをしてしまった。

 やがて、証拠を掴んだカルロスがなすべきことをしてイザベルのところへ行くのを見送った後で、私もこの世を去った。
 あの世でイザベルと再会しても許されることはないとわかっていたので、自害したわけではない。すべてを忘れて仕事に打ち込んでいたら、気づかぬ間に死病を患っていたのだ。
 ……あの世でイザベルに会えるかしら。許してもらえなくてもいい。あの子の笑顔が見たい。
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