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第九話 運命の恋よりも②<二度目の始まりの男爵夫人>
「イザベル?」
「お母様!」
なんだか酷く嫌な夢を見て目覚めた私は、いつもは乳母に任せきりの娘のところへ走った。
夫にそっくりな娘が私を見て笑顔を浮かべる。
でも笑顔が浮かんだのは一瞬で、幼い彼女はすぐに不安げな表情になる。この敏い子は察しているのだ。夫そっくりな彼女に、私が複雑な感情を抱いていることを。
「イザベル!」
「お母様?」
私はイザベルを抱き締めた。
温かい。柔らかい。
ここにいる。私の愛しい我が子は、確かに生きてここにいるのだ。少し間を置いて、イザベルは私を抱き締め返してきた。耳元で幸せそうな笑い声が聞こえる。
「ふふふっ」
しばらく娘の命を堪能してから、私は体を離して彼女を見つめた。
「イザベル」
「はい、お母様」
「お母様と一緒に商売を始める気はない?」
「商売、ですか?」
恥ずかしい話だけれど、私に出来るのは金勘定しかない。
実家でも養殖業ではなく経理のほうを担当していた。
だから家から出すことが可能だったのだし、だから男爵家の運営にも携われていた。
実家との仲は良好だが、土地に縛られる商売ではなにかあったときに動けない。
男爵家を富ませても、潤うのは正当な当主である夫の懐だけだ。
イザベルが跡を継ぐまで、夫が金を残しているかわからない。
だから新しい商売を始めようと思った。
イザベルと一緒にしようというのは、彼女をひとりにしたくないし、離れて稼いだ金がちゃんと彼女に届くかどうかわからないし、そもそも私に教えられるのが金勘定しかないからだ。
澄んだ大きな瞳に私を映して、イザベルが微笑んだ。
「お金は大事、ですものね!」
「そうよ……」
そうだ。前のときもそのことだけは教えていた。……前のとき? 妙な違和感に首を傾げるより早く、イザベルが言った。
「私、たくさんたくさんお金を稼ぎます! だってカルロス様はお金の計算が得意ではないのですもの!」
ついこないだ婚約したばかりの親友の次男の名前を出して、雄々しく宣言する娘の姿に笑みがこぼれる。
この子を幸せにしよう。私も幸せになろう。
男爵との結婚は間違いだったかもしれないけれど、この子と出会えただけで十分に価値のあることだったんだ。
──私は娘と商会を立ち上げた。
資本金は男爵家で私が働いたことへの報酬で賄った。
立ち上げたのは木工細工を取り扱う商会である。
どこでも材料が手に入るし、どこでもそれなりに需要がある。
職人も多くて雇いやすい。
イザベルの感性で改良された木工細工は宝石箱として売られ、貴族令嬢や裕福な商人の娘に人気が出た。
男爵家の運営もあるので娘とずっと一緒に過ごすことは出来なかったが、金を稼ぐという同じ目的に向けて歩いていたことで、離れていても彼女の存在を感じ続けることが出来た。
私は運命の恋とは巡り合わなかったけれど、娘はカルロスのことを愛しているようだ。
カルロスも娘を愛してくれている。
私はイザベルの幸せを確信していた。
結婚前に親友が、男爵との結婚で私が不幸になることを確信していたように……そうだ。あの男は信用出来ない。
そして本当に怖いのはあの男よりも、あの男の愛人親娘だ。なぜか私は、それを確信していた。娘の婚約者のカルロスもだ。
「お母様!」
なんだか酷く嫌な夢を見て目覚めた私は、いつもは乳母に任せきりの娘のところへ走った。
夫にそっくりな娘が私を見て笑顔を浮かべる。
でも笑顔が浮かんだのは一瞬で、幼い彼女はすぐに不安げな表情になる。この敏い子は察しているのだ。夫そっくりな彼女に、私が複雑な感情を抱いていることを。
「イザベル!」
「お母様?」
私はイザベルを抱き締めた。
温かい。柔らかい。
ここにいる。私の愛しい我が子は、確かに生きてここにいるのだ。少し間を置いて、イザベルは私を抱き締め返してきた。耳元で幸せそうな笑い声が聞こえる。
「ふふふっ」
しばらく娘の命を堪能してから、私は体を離して彼女を見つめた。
「イザベル」
「はい、お母様」
「お母様と一緒に商売を始める気はない?」
「商売、ですか?」
恥ずかしい話だけれど、私に出来るのは金勘定しかない。
実家でも養殖業ではなく経理のほうを担当していた。
だから家から出すことが可能だったのだし、だから男爵家の運営にも携われていた。
実家との仲は良好だが、土地に縛られる商売ではなにかあったときに動けない。
男爵家を富ませても、潤うのは正当な当主である夫の懐だけだ。
イザベルが跡を継ぐまで、夫が金を残しているかわからない。
だから新しい商売を始めようと思った。
イザベルと一緒にしようというのは、彼女をひとりにしたくないし、離れて稼いだ金がちゃんと彼女に届くかどうかわからないし、そもそも私に教えられるのが金勘定しかないからだ。
澄んだ大きな瞳に私を映して、イザベルが微笑んだ。
「お金は大事、ですものね!」
「そうよ……」
そうだ。前のときもそのことだけは教えていた。……前のとき? 妙な違和感に首を傾げるより早く、イザベルが言った。
「私、たくさんたくさんお金を稼ぎます! だってカルロス様はお金の計算が得意ではないのですもの!」
ついこないだ婚約したばかりの親友の次男の名前を出して、雄々しく宣言する娘の姿に笑みがこぼれる。
この子を幸せにしよう。私も幸せになろう。
男爵との結婚は間違いだったかもしれないけれど、この子と出会えただけで十分に価値のあることだったんだ。
──私は娘と商会を立ち上げた。
資本金は男爵家で私が働いたことへの報酬で賄った。
立ち上げたのは木工細工を取り扱う商会である。
どこでも材料が手に入るし、どこでもそれなりに需要がある。
職人も多くて雇いやすい。
イザベルの感性で改良された木工細工は宝石箱として売られ、貴族令嬢や裕福な商人の娘に人気が出た。
男爵家の運営もあるので娘とずっと一緒に過ごすことは出来なかったが、金を稼ぐという同じ目的に向けて歩いていたことで、離れていても彼女の存在を感じ続けることが出来た。
私は運命の恋とは巡り合わなかったけれど、娘はカルロスのことを愛しているようだ。
カルロスも娘を愛してくれている。
私はイザベルの幸せを確信していた。
結婚前に親友が、男爵との結婚で私が不幸になることを確信していたように……そうだ。あの男は信用出来ない。
そして本当に怖いのはあの男よりも、あの男の愛人親娘だ。なぜか私は、それを確信していた。娘の婚約者のカルロスもだ。
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