2 / 7
第二話 短剣
しおりを挟む
あの子は戻って来ませんでした。
王国の守護神、月の光から生まれたという蛇神様と同じ銀色のリボン。
私の大切な大切な宝物は。
学園の卒業パーティの夜、王都のフォレスター公爵邸へ戻った私はすぐ父に始末されると思っていたのですが、いつものように屋根裏部屋に閉じ込められただけでした。
話し相手のいない、あの子のいない屋根裏部屋は、とても広くて冷え冷えとしているように感じられました。
窓の外に異母妹と笑い合うユージーン王太子殿下がいないので、あの子に話すこともないのですけれど。それでもやはり寂しいのです。
卒業パーティから一ヶ月ほど経って、ユージーン王太子殿下とプランダが正式に婚約を結んだ日、私は屋根裏部屋から出されました。
考えてみればそうです。婚約破棄されたとはいえ、姉が死んだ途端にその異母妹と婚約を結ぶなんて醜聞にしかなりません。
妃教育で王宮へ通うことがなくなって、干からびたパンと泥水しか口にしていないので、階段を降りるときに少し足がもつれました。
「死ね」
何年振りかも思い出せない応接間で、父に言われました。
殿下と異母妹の婚約を聞いて、私が当てつけに自害したことにするのでしょう。
そうすれば、悪いのはすべて私ということで片付きます。この王国の神殿は自害を禁止しています。私が死んだ後で家の恥だからと絶縁すれば、殿下と異母妹は私が嫁ぐ予定だった一年後に婚姻することが出来るでしょう。
父が指差す応接間の卓上には、銀色の短剣がありました。
これで自害しろというのでしょう。
父の隣で異母妹の母親である後妻が、とても嬉しそうな顔をしています。彼女は私のお母様に父との仲を引き裂かれたと言っていましたが、そんな事実はありません。彼女は父にお母様でない婚約者がいたころからずっと愛人なのです。
本当はあの子が良かったけれど、父と後妻が私の言葉を聞いてくれるはずがありません。
王宮の部屋にいなかったというあの子、今はどこにいるのでしょう。ゴミに紛れて捨てられてしまったのでしょうか。死んだら、どこかで会えるでしょうか。
私が短剣を手に取ったとき、家令が客の訪問を伝えに来ました。
訪れたのは王宮の近衛騎士隊でした。
事情を聞いて、父と後妻が顔色を失っていきます。
ユージーン王太子殿下の婚約者だったときの私と同じ部屋を与えられた異母妹が、毒殺されたのだそうです。どうやら私が疑われているようです。いいえ、本当に私が犯人なのかもしれません。
妃教育で王宮へ行くときと、この王国の貴族子女が通う学園へ行くとき以外、私は公爵邸の屋根裏部屋に閉じ込められていました。
たまに風が笑い声を運んできて、窓の向こうを見ると殿下と異母妹が親しげに会話をしていました。
そんなとき、私はあの子にお願いしていたのです。
──この王国の守護神様が建国王のお妃様の銀色の飾り鎖に宿っておふたりを助けたように、貴方もいつか蛇に姿を変えてくださいな。
そうして、蛇になったらその毒牙で私を殺してくださいな。
形だけでも王太子殿下の婚約者でいる間は駄目だけれど、もし婚約者で無くなったなら、私を殺してお母様のところへ連れて行ってくださいな。
いつもそう願っていました。
ですが……尽きぬ死への渇望が芽生えるまでは、窓の向こうの光景に胸が締め付けられていたころは、べつのことを願っていたのです。
死んでしまえば良いのに、異母妹が死んでしまえば、殿下は私に優しくしてくださるかもしれないのに。お願い、貴方が蛇になったなら、その毒牙で……
あの子は自分の意思で王宮に留まって、私のそんな愚かで薄汚い願いを叶えてくれたのかもしれません。
「フローレンス! 貴様がやったのかっ!」
父の怒号に私は頷きました。
お母様が亡くなって、私はすべてを失いました。
いいえ、最初から私のものではなかったのです。ユージーン殿下の婚約者としての役割も、フォレスター公爵令嬢としての立場もすべて、なにもかもが。
でもあの子は違います。
あの子だけは私のものです。
だから、あの子が犯した罪は私の罪として受け止めましょう。異母妹殺害の罪で私が処刑されたなら、それはあの子に殺してもらったということになるのでしょうしね。
王国の守護神、月の光から生まれたという蛇神様と同じ銀色のリボン。
私の大切な大切な宝物は。
学園の卒業パーティの夜、王都のフォレスター公爵邸へ戻った私はすぐ父に始末されると思っていたのですが、いつものように屋根裏部屋に閉じ込められただけでした。
話し相手のいない、あの子のいない屋根裏部屋は、とても広くて冷え冷えとしているように感じられました。
窓の外に異母妹と笑い合うユージーン王太子殿下がいないので、あの子に話すこともないのですけれど。それでもやはり寂しいのです。
卒業パーティから一ヶ月ほど経って、ユージーン王太子殿下とプランダが正式に婚約を結んだ日、私は屋根裏部屋から出されました。
考えてみればそうです。婚約破棄されたとはいえ、姉が死んだ途端にその異母妹と婚約を結ぶなんて醜聞にしかなりません。
妃教育で王宮へ通うことがなくなって、干からびたパンと泥水しか口にしていないので、階段を降りるときに少し足がもつれました。
「死ね」
何年振りかも思い出せない応接間で、父に言われました。
殿下と異母妹の婚約を聞いて、私が当てつけに自害したことにするのでしょう。
そうすれば、悪いのはすべて私ということで片付きます。この王国の神殿は自害を禁止しています。私が死んだ後で家の恥だからと絶縁すれば、殿下と異母妹は私が嫁ぐ予定だった一年後に婚姻することが出来るでしょう。
父が指差す応接間の卓上には、銀色の短剣がありました。
これで自害しろというのでしょう。
父の隣で異母妹の母親である後妻が、とても嬉しそうな顔をしています。彼女は私のお母様に父との仲を引き裂かれたと言っていましたが、そんな事実はありません。彼女は父にお母様でない婚約者がいたころからずっと愛人なのです。
本当はあの子が良かったけれど、父と後妻が私の言葉を聞いてくれるはずがありません。
王宮の部屋にいなかったというあの子、今はどこにいるのでしょう。ゴミに紛れて捨てられてしまったのでしょうか。死んだら、どこかで会えるでしょうか。
私が短剣を手に取ったとき、家令が客の訪問を伝えに来ました。
訪れたのは王宮の近衛騎士隊でした。
事情を聞いて、父と後妻が顔色を失っていきます。
ユージーン王太子殿下の婚約者だったときの私と同じ部屋を与えられた異母妹が、毒殺されたのだそうです。どうやら私が疑われているようです。いいえ、本当に私が犯人なのかもしれません。
妃教育で王宮へ行くときと、この王国の貴族子女が通う学園へ行くとき以外、私は公爵邸の屋根裏部屋に閉じ込められていました。
たまに風が笑い声を運んできて、窓の向こうを見ると殿下と異母妹が親しげに会話をしていました。
そんなとき、私はあの子にお願いしていたのです。
──この王国の守護神様が建国王のお妃様の銀色の飾り鎖に宿っておふたりを助けたように、貴方もいつか蛇に姿を変えてくださいな。
そうして、蛇になったらその毒牙で私を殺してくださいな。
形だけでも王太子殿下の婚約者でいる間は駄目だけれど、もし婚約者で無くなったなら、私を殺してお母様のところへ連れて行ってくださいな。
いつもそう願っていました。
ですが……尽きぬ死への渇望が芽生えるまでは、窓の向こうの光景に胸が締め付けられていたころは、べつのことを願っていたのです。
死んでしまえば良いのに、異母妹が死んでしまえば、殿下は私に優しくしてくださるかもしれないのに。お願い、貴方が蛇になったなら、その毒牙で……
あの子は自分の意思で王宮に留まって、私のそんな愚かで薄汚い願いを叶えてくれたのかもしれません。
「フローレンス! 貴様がやったのかっ!」
父の怒号に私は頷きました。
お母様が亡くなって、私はすべてを失いました。
いいえ、最初から私のものではなかったのです。ユージーン殿下の婚約者としての役割も、フォレスター公爵令嬢としての立場もすべて、なにもかもが。
でもあの子は違います。
あの子だけは私のものです。
だから、あの子が犯した罪は私の罪として受け止めましょう。異母妹殺害の罪で私が処刑されたなら、それはあの子に殺してもらったということになるのでしょうしね。
1,859
あなたにおすすめの小説
【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜
彩華(あやはな)
恋愛
一つの密約を交わし聖女になったわたし。
わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。
王太子はわたしの大事な人をー。
わたしは、大事な人の側にいきます。
そして、この国不幸になる事を祈ります。
*わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。
*ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。
ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。
婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~
みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。
全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。
それをあざ笑う人々。
そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。
この罰は永遠に
豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」
「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」
「……ふうん」
その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる