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第一話 あの子
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「フォレスター公爵令嬢フローレンス!」
私の婚約者、ユージーン王太子殿下に名前を呼ばれるのは久しぶりのことでした。
この王国の貴族子女が通う学園の卒業パーティの会場で、殿下は私の異母妹の肩を抱いています。
殿下と私は同い年です。異母妹のプランダも同い年で今年卒業しました。
月光のような銀の髪を揺らして、殿下が私を怒鳴りつけます。
「私は君との婚約を破棄する! 君のように陰気で内向的な女性は未来の王妃に相応しくない! プランダに対して執拗な嫌がらせを繰り返していたとも聞いている。妃教育を担当していた母上も、君は無能だと言っていた。なにより私が愛してるのはプランダだ、君ではない!」
殿下に愛されていないことは、ずっと前から気づいていました。
それでもお母様の葬儀で私を慰めて、贈り物をくださった優しさに縋りついていたのです。
だって、私を求めてくださる方はほかにはいらっしゃらなかったから。婚約者というだけの繋がりに過ぎなくても、しがみ付かずにはいられなかったのです。
お母様の生前から父は私を嫌っていましたし、生さぬ仲の異母妹や義母に愛されるはずもありません。
王妃様に疎まれているのも薄々感じていました。
でも気づかない振りをしていたのです。
「かしこまりました、ユージーン殿下。婚約破棄、謹んでお受けいたします」
私は精いっぱいのカーテシーをいたしました。
フォレスター公爵家の当主であり、国王陛下の弟でもある父が私を生かしていたのは、辺境伯家令嬢だったお母様の血を引く私が殿下の婚約者だったからです。
そうでなければ、とっくの昔に殺されていたでしょう。父は異母妹と義母を溺愛していて、正妻の娘である私は邪魔者なのです。
こうなったからには自害に見せかけて殺されるに違いありません。
これからのことを考えても、私の心には恐怖も怒りを湧いてきません。
本当は、ずっと前から死にたいと思っていたからです。お母様がお亡くなりになったときから、いいえ、その後すぐにやってきたプランダが殿下とお茶を楽しんでいるのを屋根裏部屋の窓から眺めていたときから、いいえ、わかりません。わかりませんが、いつからか私は、死に焦がれるようになっていたのです。
父に殺されるより前に、王宮でいただいていたお部屋の私物は戻って来るでしょうか。
今日は髪飾りをつけているので、あの子をお部屋に置いてきてしまったのです。
あの子……ユージーン殿下からの贈り物。この王国の守護神様と同じ、殿下の髪と同じ月光のような銀色の私の宝物。どうせ死ぬのなら、どうせ殺されるのなら、あの子の毒牙にかかりたいと、私は心から願いました。
★ ★ ★ ★ ★
面倒な手続きが一ヶ月ほどで終わって、プランダは王太子ユージーンの正式な婚約者となり、王宮に部屋を賜った。
陰気な異母姉フローレンスが使っていた部屋だというのは気に入らないが、王太子の婚約者の部屋として決まっているので仕方がない。
それに綺麗に清掃されてプランダの好みに内装も替えられている。
フローレンスはまだ生きている。
プランダを溺愛するフォレスター公爵のことだから、いずれは始末するに違いないけれど、愛娘と王太子の婚約前に殺したのでは手続きが進められなくなる。
だから正式に婚約が結ばれるのを待っていたのだろう。
「ふふふ……」
プランダの手には銀色のリボンがあった。
フローレンスのものである。
異母姉の母親の葬儀で、王太子が婚約者だった彼女に贈ったものだ。
プランダは王太子に頼んで、このリボンだけはフローレンスに返さないでもらった。
どこかに紛れて見つからなかったのだと、本人には告げてある。
フローレンスはこのリボンをとても大切にしていた。プランダはそれを知っている。命あるものに対するように話しかけていたのを見るたびに、気持ちが悪いと思っていた。
王太子に頼んだときのリボンを返さない理由は、フローレンスがこんなものを持っていたら呪いをかけそうだから、というものだ。
彼は素直にそれを受け入れてくれた。
彼女がプランダに執拗な嫌がらせを繰り返しているという嘘も信じてくれた。プランダはなにも悪くない。陰気で内向的な異母姉が愚かだっただけだ。
本来は婚約者同士が交流するためのお茶会のときは、母が屋根裏部屋に閉じ込めて王太子と会えないようにしていたし、学園でもプランダがずっと彼と一緒にいて異母姉を近づかせないようにしていた。
王宮へ妃教育に行ったときは王太子自身が婚約者を避けていた。
だから彼女がどう足掻こうと王太子に真実を話すすべはないのだが、そこで諦めてしまうのが莫迦なのだと、プランダは思う。
プランダは愚かでも莫迦でもない。
ずっと昔から好きだった、最愛の男性を今夜手に入れる。
自分付きの侍女が部屋への訪問者を告げに来たので、プランダは銀色のリボンをランプの炎で燃やして客を迎えに行った。フローレンスの恋の形見を燃やした煙は、なんだか少し妙な匂いがした。
私の婚約者、ユージーン王太子殿下に名前を呼ばれるのは久しぶりのことでした。
この王国の貴族子女が通う学園の卒業パーティの会場で、殿下は私の異母妹の肩を抱いています。
殿下と私は同い年です。異母妹のプランダも同い年で今年卒業しました。
月光のような銀の髪を揺らして、殿下が私を怒鳴りつけます。
「私は君との婚約を破棄する! 君のように陰気で内向的な女性は未来の王妃に相応しくない! プランダに対して執拗な嫌がらせを繰り返していたとも聞いている。妃教育を担当していた母上も、君は無能だと言っていた。なにより私が愛してるのはプランダだ、君ではない!」
殿下に愛されていないことは、ずっと前から気づいていました。
それでもお母様の葬儀で私を慰めて、贈り物をくださった優しさに縋りついていたのです。
だって、私を求めてくださる方はほかにはいらっしゃらなかったから。婚約者というだけの繋がりに過ぎなくても、しがみ付かずにはいられなかったのです。
お母様の生前から父は私を嫌っていましたし、生さぬ仲の異母妹や義母に愛されるはずもありません。
王妃様に疎まれているのも薄々感じていました。
でも気づかない振りをしていたのです。
「かしこまりました、ユージーン殿下。婚約破棄、謹んでお受けいたします」
私は精いっぱいのカーテシーをいたしました。
フォレスター公爵家の当主であり、国王陛下の弟でもある父が私を生かしていたのは、辺境伯家令嬢だったお母様の血を引く私が殿下の婚約者だったからです。
そうでなければ、とっくの昔に殺されていたでしょう。父は異母妹と義母を溺愛していて、正妻の娘である私は邪魔者なのです。
こうなったからには自害に見せかけて殺されるに違いありません。
これからのことを考えても、私の心には恐怖も怒りを湧いてきません。
本当は、ずっと前から死にたいと思っていたからです。お母様がお亡くなりになったときから、いいえ、その後すぐにやってきたプランダが殿下とお茶を楽しんでいるのを屋根裏部屋の窓から眺めていたときから、いいえ、わかりません。わかりませんが、いつからか私は、死に焦がれるようになっていたのです。
父に殺されるより前に、王宮でいただいていたお部屋の私物は戻って来るでしょうか。
今日は髪飾りをつけているので、あの子をお部屋に置いてきてしまったのです。
あの子……ユージーン殿下からの贈り物。この王国の守護神様と同じ、殿下の髪と同じ月光のような銀色の私の宝物。どうせ死ぬのなら、どうせ殺されるのなら、あの子の毒牙にかかりたいと、私は心から願いました。
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面倒な手続きが一ヶ月ほどで終わって、プランダは王太子ユージーンの正式な婚約者となり、王宮に部屋を賜った。
陰気な異母姉フローレンスが使っていた部屋だというのは気に入らないが、王太子の婚約者の部屋として決まっているので仕方がない。
それに綺麗に清掃されてプランダの好みに内装も替えられている。
フローレンスはまだ生きている。
プランダを溺愛するフォレスター公爵のことだから、いずれは始末するに違いないけれど、愛娘と王太子の婚約前に殺したのでは手続きが進められなくなる。
だから正式に婚約が結ばれるのを待っていたのだろう。
「ふふふ……」
プランダの手には銀色のリボンがあった。
フローレンスのものである。
異母姉の母親の葬儀で、王太子が婚約者だった彼女に贈ったものだ。
プランダは王太子に頼んで、このリボンだけはフローレンスに返さないでもらった。
どこかに紛れて見つからなかったのだと、本人には告げてある。
フローレンスはこのリボンをとても大切にしていた。プランダはそれを知っている。命あるものに対するように話しかけていたのを見るたびに、気持ちが悪いと思っていた。
王太子に頼んだときのリボンを返さない理由は、フローレンスがこんなものを持っていたら呪いをかけそうだから、というものだ。
彼は素直にそれを受け入れてくれた。
彼女がプランダに執拗な嫌がらせを繰り返しているという嘘も信じてくれた。プランダはなにも悪くない。陰気で内向的な異母姉が愚かだっただけだ。
本来は婚約者同士が交流するためのお茶会のときは、母が屋根裏部屋に閉じ込めて王太子と会えないようにしていたし、学園でもプランダがずっと彼と一緒にいて異母姉を近づかせないようにしていた。
王宮へ妃教育に行ったときは王太子自身が婚約者を避けていた。
だから彼女がどう足掻こうと王太子に真実を話すすべはないのだが、そこで諦めてしまうのが莫迦なのだと、プランダは思う。
プランダは愚かでも莫迦でもない。
ずっと昔から好きだった、最愛の男性を今夜手に入れる。
自分付きの侍女が部屋への訪問者を告げに来たので、プランダは銀色のリボンをランプの炎で燃やして客を迎えに行った。フローレンスの恋の形見を燃やした煙は、なんだか少し妙な匂いがした。
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