4 / 7
第四話 解毒
しおりを挟む
私は毒……気鬱になる毒を摂取させられていたのだそうです。
ユージーン王太子殿下からいただいた銀色のリボンに染み込まされたその毒は、結った髪から落ち、握り締めた手に移り、私を汚染していたのです。
だけど本当にそうなのでしょうか? 死に焦がれるこの気持ちは、渇望は、本当に私のものではないのでしょうか。
この王国の貴族子女が通う学園で一年だけご一緒したガーディナー公爵家のヘンリー様は、今は王宮の近衛騎士隊の隊長をなさっています。
彼は以前から私が気鬱の病なのではないかとお考えだったそうです。
そのヘンリー様が派遣してくださった近衛騎士隊の女性薬師が私を診てくださって、陰鬱な気持ちにする毒を解毒する薬を調合してくださいました。
日に日に気持ちが前向きになり、重かった体も軽くなっていくように感じます。
でも私の奥底には、今も死への渇望があるのです。
解毒が終わったとしても、ユージーン殿下との婚約が戻ることはありません。異母妹のプランダによって燃やされたあの子も帰っては来ません。
「領地から先代の辺境伯閣下がいらっしゃいますよ」
王宮の客室で暮らす私を毎日診断してくれている薬師が、そう言いました。
私は王宮の客室でお世話になっているのです。
異母妹が亡くなり当主である父と義母が捕縛されて、使用人も多くが捕まって、今のフォレスター公爵家は生活が出来る状況ではないからです。
とはいえ以前の王太子殿下の婚約者のためのお部屋ではありません。燃やされたあの子の放った毒の煙が壁や天井に染み込んでしまっているからです。もちろん私がお部屋に相応しい立場でなくなったからでもあります。
「お爺様が……」
「当代の辺境伯閣下もフローレンス様が領地へ戻られるのを楽しみにしていらっしゃるとお聞きしましたよ?」
なんだか涙が出そうになるほど、薬師の微笑みも声も優しく感じます。
そうです、そうでした。
お母様がお亡くなりになったとき、お爺様も伯父様も王太子殿下との婚約を解消して、辺境伯領へ戻って来なさいと言ってくださったのです。私もそのつもりでした。だって異母妹が公爵邸へ現れるより前から、殿下に気に入られていないことは察していたのですもの。
私と殿下の婚約は政略的なものでした。
辺境伯家と王家には数代前からの遺恨があったのです。
ユージーン殿下の祖父に当たる今は亡き先代国王陛下が王太子の折に、お爺様の姉君に当たる辺境伯令嬢との婚約を破棄して先代王妃様とご結婚なさったのです。婚約を破棄された辺境伯令嬢は気鬱の病で儚くなり……こちらは毒のせいではなかったようです……、辺境伯家と王家の間には亀裂が走りました。
本来なら、辺境伯家の家臣だった婚約者を事故で亡くしたお母様のお相手に当代国王陛下の弟である父が名乗りを上げたことで、その亀裂は埋まるはずでした。
ですが父は、お母様より前の自身の婚約者が生きていたころからの愛人であったプランダの母親との関係を清算していなかったのです。
お母様がお亡くなりになったのは、お爺様と伯父様に説得されて、父との離縁を決意した直後でした。
私と殿下の婚約は、父が愛人との関係を清算していなかったことがわかったときに結ばれました。
まだご存命だった先代国王陛下が強引に決めたのです。
先王陛下は、ご実家の身分が低い先代王妃様と婚姻なさったことで大変苦労されたとお聞きしています。これ以上辺境伯家との距離を広げたくなかったのでしょう。国境を守る辺境伯家はこの王国一の武門の家で、多くの貴族家に慕われています。
とはいえ殿下にも当代国王陛下ご夫妻にとっても不本意な婚約だったのでしょう。
殿下は初顔合わせのときから、私に対するご不満を隠してはいらっしゃいませんでした。
考えてみれば、お母様の葬儀で銀色のリボンをくださったのは殿下のご意志ではなかったのかもしれません。だれかにそうしろと言い含められたのでしょう。それだけで恋に落ちて婚約を継続してしまった私が愚かだったのです。
薬師が言葉を続けてくれます。
「あの毒の解毒が進んだので、気分が明るくなって前向きな気持ちになられていると思います。だけど残念ながら、フローレンス様のお心はまだ毒によって歪められているのです。死への渇望に惑わされないでください。先代辺境伯閣下が迎えに来られるのは、フローレンス様を大切に思ってらっしゃるからです」
「……はい」
「王宮の近衛騎士隊は王族を守護するのが役割です。フローレンス様はずっと王太子殿下の婚約者で、私達の守るべき方でした。もっと早くお助け出来なかったことを私も隊長も悔やんでおります」
「そんな! 貴女もヘンリー様も私のために尽力してくださいました。どんなに感謝してもしきれないほどです」
「そう言っていただけると嬉しいです。ですから……どうか惑わされないで、これからは健やかに幸せにお過ごしください。そうしていただけると、私達も救われた気持ちになれるのです」
私は何度も頷きました。
そうです、この方もほかの多くの方々も私を助けてくださいました。
お爺様は迎えに来てくださいます。伯父様は領地で待っていてくださいます。
あの子に毒が染み込まされていたのは、あの子のせいではありません。
これまでずっと支えてくれていたあの子に報いるためにも、私は生きていきます。
ユージーン殿下に深いお気持ちがなかったとしても、あの銀色のリボンは私の宝物で生きるよすがでした。殿下への恋が終わっても、あの子との想い出は消えないのです。
ユージーン王太子殿下からいただいた銀色のリボンに染み込まされたその毒は、結った髪から落ち、握り締めた手に移り、私を汚染していたのです。
だけど本当にそうなのでしょうか? 死に焦がれるこの気持ちは、渇望は、本当に私のものではないのでしょうか。
この王国の貴族子女が通う学園で一年だけご一緒したガーディナー公爵家のヘンリー様は、今は王宮の近衛騎士隊の隊長をなさっています。
彼は以前から私が気鬱の病なのではないかとお考えだったそうです。
そのヘンリー様が派遣してくださった近衛騎士隊の女性薬師が私を診てくださって、陰鬱な気持ちにする毒を解毒する薬を調合してくださいました。
日に日に気持ちが前向きになり、重かった体も軽くなっていくように感じます。
でも私の奥底には、今も死への渇望があるのです。
解毒が終わったとしても、ユージーン殿下との婚約が戻ることはありません。異母妹のプランダによって燃やされたあの子も帰っては来ません。
「領地から先代の辺境伯閣下がいらっしゃいますよ」
王宮の客室で暮らす私を毎日診断してくれている薬師が、そう言いました。
私は王宮の客室でお世話になっているのです。
異母妹が亡くなり当主である父と義母が捕縛されて、使用人も多くが捕まって、今のフォレスター公爵家は生活が出来る状況ではないからです。
とはいえ以前の王太子殿下の婚約者のためのお部屋ではありません。燃やされたあの子の放った毒の煙が壁や天井に染み込んでしまっているからです。もちろん私がお部屋に相応しい立場でなくなったからでもあります。
「お爺様が……」
「当代の辺境伯閣下もフローレンス様が領地へ戻られるのを楽しみにしていらっしゃるとお聞きしましたよ?」
なんだか涙が出そうになるほど、薬師の微笑みも声も優しく感じます。
そうです、そうでした。
お母様がお亡くなりになったとき、お爺様も伯父様も王太子殿下との婚約を解消して、辺境伯領へ戻って来なさいと言ってくださったのです。私もそのつもりでした。だって異母妹が公爵邸へ現れるより前から、殿下に気に入られていないことは察していたのですもの。
私と殿下の婚約は政略的なものでした。
辺境伯家と王家には数代前からの遺恨があったのです。
ユージーン殿下の祖父に当たる今は亡き先代国王陛下が王太子の折に、お爺様の姉君に当たる辺境伯令嬢との婚約を破棄して先代王妃様とご結婚なさったのです。婚約を破棄された辺境伯令嬢は気鬱の病で儚くなり……こちらは毒のせいではなかったようです……、辺境伯家と王家の間には亀裂が走りました。
本来なら、辺境伯家の家臣だった婚約者を事故で亡くしたお母様のお相手に当代国王陛下の弟である父が名乗りを上げたことで、その亀裂は埋まるはずでした。
ですが父は、お母様より前の自身の婚約者が生きていたころからの愛人であったプランダの母親との関係を清算していなかったのです。
お母様がお亡くなりになったのは、お爺様と伯父様に説得されて、父との離縁を決意した直後でした。
私と殿下の婚約は、父が愛人との関係を清算していなかったことがわかったときに結ばれました。
まだご存命だった先代国王陛下が強引に決めたのです。
先王陛下は、ご実家の身分が低い先代王妃様と婚姻なさったことで大変苦労されたとお聞きしています。これ以上辺境伯家との距離を広げたくなかったのでしょう。国境を守る辺境伯家はこの王国一の武門の家で、多くの貴族家に慕われています。
とはいえ殿下にも当代国王陛下ご夫妻にとっても不本意な婚約だったのでしょう。
殿下は初顔合わせのときから、私に対するご不満を隠してはいらっしゃいませんでした。
考えてみれば、お母様の葬儀で銀色のリボンをくださったのは殿下のご意志ではなかったのかもしれません。だれかにそうしろと言い含められたのでしょう。それだけで恋に落ちて婚約を継続してしまった私が愚かだったのです。
薬師が言葉を続けてくれます。
「あの毒の解毒が進んだので、気分が明るくなって前向きな気持ちになられていると思います。だけど残念ながら、フローレンス様のお心はまだ毒によって歪められているのです。死への渇望に惑わされないでください。先代辺境伯閣下が迎えに来られるのは、フローレンス様を大切に思ってらっしゃるからです」
「……はい」
「王宮の近衛騎士隊は王族を守護するのが役割です。フローレンス様はずっと王太子殿下の婚約者で、私達の守るべき方でした。もっと早くお助け出来なかったことを私も隊長も悔やんでおります」
「そんな! 貴女もヘンリー様も私のために尽力してくださいました。どんなに感謝してもしきれないほどです」
「そう言っていただけると嬉しいです。ですから……どうか惑わされないで、これからは健やかに幸せにお過ごしください。そうしていただけると、私達も救われた気持ちになれるのです」
私は何度も頷きました。
そうです、この方もほかの多くの方々も私を助けてくださいました。
お爺様は迎えに来てくださいます。伯父様は領地で待っていてくださいます。
あの子に毒が染み込まされていたのは、あの子のせいではありません。
これまでずっと支えてくれていたあの子に報いるためにも、私は生きていきます。
ユージーン殿下に深いお気持ちがなかったとしても、あの銀色のリボンは私の宝物で生きるよすがでした。殿下への恋が終わっても、あの子との想い出は消えないのです。
1,983
あなたにおすすめの小説
【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜
彩華(あやはな)
恋愛
一つの密約を交わし聖女になったわたし。
わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。
王太子はわたしの大事な人をー。
わたしは、大事な人の側にいきます。
そして、この国不幸になる事を祈ります。
*わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。
*ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。
ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。
婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~
みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。
全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。
それをあざ笑う人々。
そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。
この罰は永遠に
豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」
「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」
「……ふうん」
その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる