恋の形見は姿を変えて

豆狸

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第五話 恋敵

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「なんて親不孝な子だろうね!」

 フォレスター公爵夫人チャーミィは、王宮の尋問室で怒号を上げた。

「彼はアタクシのものなのに奪おうとするなんて! 王太子を狙ってるんだとばかり思ってたら!」

 机を挟んで正面に座った騎士隊員が彼女に告げる。

「王太子殿下を異母姉のフローレンス嬢から略奪しようとしたのは、あの宮廷医師が相手のいる女性にしかその気にならない特殊性癖だったこと、殿下の婚約者になれば彼のいる王宮へ通えるし逢引出来る部屋も賜れること、そのふたつ以外にも理由があったようです」

 チャーミィは不機嫌そうな顔でそっぽを向いた。
 王太子の婚約者として準王族扱いだったフローレンスに毒を摂取させ続けていたことで、彼女は死刑になると決まっている。実行犯の侍女もだ。
 今さらなにを知らされようと結末は変わらない。

 それに、チャーミィは実子プランダの考えになど興味はなかった。
 身の内で憤怒は燃えているものの、娘も情夫の宮廷医師も死んだ今、鬱憤晴らしに怒鳴り散らす以上のことは出来ないからだ。
 尋問係の騎士隊員に掴みかかるような愚かな真似をするつもりもない。鍛え抜かれた隊員達に暴力で挑めば、すぐさま制圧されるとわかっている。

「あの宮廷医師は、フローレンス嬢を気に入っていたようですね」

 ぴくり、とチャーミィの眉が動く。

「……そうかもしれないね。あの娘にも婚約者がいたんだもの。全然構われていなかったけどさ」
「それが、フローレンス嬢に関しては王太子殿下との婚約を破棄された後も執着していたのです。日記に書いてありました。しつこいから一度はプランダ嬢の相手をするけれど、その後は宮廷医師の座を辞してフローレンス嬢を口説きに行くのだ、と」
「はあッ? そんなわけないだろ? あの陰気臭い娘のどこが良いのさッ」
「おや、本当は貴女も彼の気持ちに気づいていたのではないですか? だからこそ、これ以上辺境伯家との関係が拗れることを恐れていたフォレスター公爵を必死で焚きつけて、フローレンス嬢に自害を強要させようとしたのではないですか?」
「ち、違うッ! 彼があんな娘フローレンスに夢中なはずがないッ」
「相手のいる女性にしかその気にならない特殊性癖というのは、結局のところだれかを愛している女性に魅力を感じるということのようですね。夫や婚約者を金蔓や役に立つ道具としか思っていない女性とは、関係を結んだ後は飽きてしまっていたそうです。せがまれたときは惰性と金目当てで会っていたみたいですが」

 チャーミィは目の前の机を殴って叫ぶ。

「そんなわけない! 彼はアタクシを愛してたんだ。アタクシだって彼を愛していたから、公爵と関係を続けて結婚までしたんだよッ。彼を宮廷医師にするために、最高の地位を与えてあげるために! 本当は彼と結婚したかったのにッ」

 その瞳は涙で潤んでいた。

★ ★ ★ ★ ★

 王宮の尋問室は、隣に小さな部屋がある。
 尋問されている人間にわからないように隣室を覗けて、会話を聞ける小部屋だ。
 チャーミィが尋問されているとき、小部屋には近衛騎士隊長ヘンリーとフォレスター公爵がいた。

 公爵には妻のチャーミィに対する管理責任が問われている。
 当代国王の弟なので公的な処刑はされないものの、毒杯を賜ることは決まっていた。
 王家はもうこれ以上辺境伯家の怒りを買いたくないのだ。

 銀の髪のヘンリーが、獲物を狙う蛇のように鋭く瞳を光らせて言う。

は娘さんとよく似ていらっしゃるようですね」
「……」
「ああ、そういえばフローレンス嬢の母君より前の貴方の婚約者がお亡くなりになったのも、今回と同じ毒が使われたのではないかと思われます。毒の摂取に気づいたご家族が密かに解毒したものの、歪んだ前向きな気持ちで自害なさってしまったのですよ。ご家族は神殿が禁じる自害だから真実を隠して葬られたのでしょう」
「……前の婚約者が死んだとき、私はチャーミィに結婚を申し込んだ。だが身分が違うからと断られ、同じように婚約者を亡くしていた辺境伯令嬢との結婚を勧められたのだ」
「そのほうが王宮でのあなたの発言力が増して、情夫を宮廷医師に推薦させやすくなるからでしょうね」
「……」
「フローレンス嬢の母君がご自身の前の婚約者と貴方を比べたことがありましたか? あちらの奥方は……いいえ、チャーミィ夫人も貴方と情夫を比べていたわけではありませんね。情夫のために貴方との関係を続けていただけでした」
「……ッ」

 フォレスター公爵は唇を噛んだ。
 彼とフローレンスはすでに絶縁されている。彼女は辺境伯家の娘になるのだ。
 チャーミィの心は公爵になく、溺愛していたプランダは亡くなってしまった。公爵自身もすぐに後を追うことになる。

 フォレスター公爵家は消える。
 フローレンスの冷遇に加担していた使用人達も処分を免れないだろう。
 この人生で、公爵が世界に残すものはなにもない。
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