君は神様。

志子

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魔塔主

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 一人の男が蝋燭に火を灯したランタンを手に地下へ続く石畳の螺旋階段を降りていく。そして着いた先にあったのは一枚の鉄製の扉。

 その扉に触れ音のない呪文を唱えると扉の向こうからガシャン、ガシャンと鈍い音が聞こえ、それからゆっくりと扉が独りでに開いた。中は一切光などなくただ暗闇が広がっている。ランタンで中を照らしてもそこが部屋なのか、それとも更に奥へと続く通路なのか分からない。ハッと息を吐き出し暗闇の中へ足を踏み出した。数歩歩くと背後で扉の閉まる音が聞こえた。

 暗闇の中を歩いていくと石で作られた台座に辿り辿り着く。高さは執務机と同じぐらいで表面に複雑な魔法陣が刻まれており、その上に干からび黒ずんだ人間の右腕が置かれていた。その右腕を男は無感情の瞳で見下ろした。

「お前と同じ体質を持った子が見つかったよ」

 男の脳裏に浮かぶのは一人の少年の姿。焦げ茶色の髪と瞳を持ったどこにでもいる平凡な少年でひと月ほど前この魔塔に入った。もう一人の少年と一緒に。

「だがお前と違ってその子は自分の力を誰彼構わず使うような子じゃない」

 この部屋に入った瞬間自分の魔力が増幅したのが分かった。……そしてこの力を使いたいという欲望も……。
 
 遥か遠い昔……ドルディア王朝のルガリオ三世が巨大な軍を引き連れ瞬く間に周辺諸国を支配していった。その軍はまるで無限の魔力を持った魔獣のようだったと歴史書には記されていた。まだ少年だった男はそれを読んだ時正直言って大袈裟過ぎると鼻で笑った。
 
 だが、それは間違いなかったと認識を改めたのはこの右腕と対面した時だった。前魔塔主であり男の師でもあった老人にこの地下へ連れてこられた。この地下へ降りることが出来るのは魔塔主と認められた者だけだった。

『お主は今、思うがままに力を使いたいと思っておるじゃろ?』

 老人の言葉にぎくりと肩が震えた。

『安心したまえ。わしも初めてこれと対面した時、同じことを思った。だがその様子だと抑えられてるようだな。流石はわしの弟子だ。強い意志がなければあっという間にこれに飲み込まれる。………恐ろしいものじゃ。このような姿になってもなお人の心を弄んでおる』
『先生。これは一体……』
『無限の魔力を持った魔獣のような軍隊。その軍を指揮していた者……と言われている』
『ドルディア……王朝……。これを一体どこで?』
『それについては何も残されていないのだ』

 老人が緩く首を振った。不意に杖を握る老人の手が小刻みに震えているのが目に入った。よく見ると老人の額に脂汗が滲んでいる。男はここは良くないと判断し老人の手を引いて地上へと出た。

『グルモアよ。アレを決して表に出してはならぬ』

 老人は疲労に満ちた息を吐き出しながら言った。

『ならアレを処分すればいいだけのこと。なぜしないのです?』

 男の言葉に老人は『できないのだ』と首を振った。

『歴代の魔塔主もアレを消そうとした。だが誰一人成功した者はいない。だからああして何重にも術を掛け封印しているのじゃ』

 『グルモアよ』と老人は男を真っ直ぐと見た。

『わしからの最後の課題じゃ。アレを消す方法を見つけよ』

 数日後、男はあの地下で一体の焼死体を見つけた。男は台座に置かれている右腕を睨みつけた。

『必ずお前を消す。必ず、必ずだ』

 その瞬間、闇の空間にゲラゲラと笑う誰かの声が響いた気がした。




*********************



「あっ! ヘルミーナさんっ! 食べ残しをその辺に放置しないでくださいっ! ネズミが来ます! げっ! カビ生えてるじゃないですかっ!」
「ごめーん。忘れてたぁ。次気を付けるねぇ」
「前もそう言ってましたよねっ! ってハンスさんこんなところで寝ないでくださいっ!」
「むにゃ、むにゃ、もうちょっと~」
「もうちょっとじゃないっ! 掃除の邪魔っ!」

 研究所であり今ではすっかり我が家となった魔塔に戻ると、中から威勢のいい声が飛んできた。焦げ茶色の髪と瞳を持ったどこにでもいる平凡な少年が箒を片手に魔術師たちの尻を叩いてる。この光景も今やすっかり見慣れたものになった。

「マルク―。またあれ作って! あれっ! えっとカラアゲ? だっけ。あれ食べたいっ!フライドポテトもっ!」
「えー僕はドーナッツがいいっ! お砂糖たっぷりまぶしたやつっ!」
「お肉ないので無理でーす。ヨハンさんお菓子ばっかり食べないでください。野菜食べなさいっ!」
「肉ないの? 今ちょっと狩ってくるー!」
「狩ってこようとしないでっ! ……あ、大公お帰りなさい」
「……ああ、ただいま」
「今日の夜ご飯シチューでいいですか? 野菜たっぷりの」

 マルク君の後ろで「えー野菜きらいー」というヨハンにマルク君が「おだまりなさい」と言う。ヨハン、君たしかマルク君より七つ年上だよね?

「私は構わない。それまで部屋のほうで仕事をしているよ」
「わかりました。できたら呼びますねー。あ、エル―っ!」

 廊下の向こうに洗濯物が入った籠を持ってっているエルトリオン君を見つけたマルク君は、踵を返し彼の元へ駆けていった。エルトリオン君は私と目が合うと眉間に皺を寄せフィッと視線を反らし、二人はそのまま廊下の奥へ姿を消した。

「大公、マルク君を半永久的にここで雇うことにしませんか? いえ、しましょう。そうしましょう。今すぐ雇用契約を……」
「落ち着こうか、イレナ」

 自分の部屋で書類を片付けていた私の元にやってきた女性……兄が私につけたお目付け役であるイレナが開口一番にそう告げた。現在彼女はマルク君とエルトリオン君の教育係になっている。彼女が教育係は自分しかいないと判断したようだ。

「マルク君、あの子はなんなんですか? いい子過ぎませんか? ちゃんと私の話を最後まで聞いてくれるんです。ここの男共はガサツなのに、あの子はちゃん配慮してくれるんです。もうアレで辛い時とか湯たんぽくれるとか、温かい飲み物そっとくれるとか。なんなんですかあの子? 神かな? いや神だった」
「お、おーい。イレナ。イレナ。落ち着け」

 イレナの目がギラギラしてちょっと怖い。過去に猛獣の如くこっちを見ていたご令嬢たちを思い出してしまった。

「マルク君はあくまでも例の件で預かっている子に過ぎない」
「……ですがあの力はエルトリオン君以外使えていないじゃないですか」
「まあね。でもいつどこであの力が爆発するかわからない。魔力暴走だってそうだろう?」
「………」
「私はね、マルク君からあの力を消してやりたいと思っているんだ」
「え?」

 どこにでもいる平凡な少年。あの力がなければ今も生まれ故郷でのびのびと暮らしていただろう。こんな魔窟のような場所にいるより、太陽の下で大地を駆け回っているほうがあの子には合っている。

「マルク君はほんと不思議な子だね」

 彼女の育て方が良かったのか。それともあの子の持って生まれた気質なのか。

 たったひと月で人間嫌いで気難しい魔術師たちの心の拠り所になってしまった不思議な子。エルトリオン君があの子に執着する理由が分かった気がする。

 あの子が傍にいるだけで心が温かくなる。

(だから)

 あの地下に閉じ込めるようなことはしたくない。


『わしからの最後の課題じゃ。アレを消す方法を見つけよ』


 ええ、先生。私が必ず。必ず成し遂げます。

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