君は神様。

志子

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君は僕の神様

 僕の話をしよう。

 僕は平民でクズな両親の元に生れ、悪趣味を持った伯爵に売り飛ばされた。そこでの生活も地獄だった。大きくならないよう食事は余り与えられず、勝手に動くことを許されず、まるで綺麗な人形であることを強要された。そんな生活の中で僕の心は次第に死んでいってしまい。何も感じることがなくなってしまった。

 そんな中、僕に救いの手を伸ばしてくれた人がいた。

 伯爵の子どもで長女の人だった。その人は僕を自分の家に連れ帰った。家にはその人の弟もいた。その人の弟も僕と同じ目に合い、その人に連れ出されたという。二人は僕に「ここが新しい家だ」と言ってくれた。でも二人は領地のことで忙しくて僕の相手をする時間は余り取れなかった。執事のバードと言う人も、メイドたちも僕のことを気に掛けてくれたが仕事優先だった。僕は一人だった。成長しても言葉を上手く話せず、身体も細いままだった。

 ある時、その人が僕を連れて教会に行った。この国では五歳になると魔力の属性を調べるのが義務付けられているという。僕の魔力は光属性だった。その人は僕の今の現状を考慮して教会に入ることを保留にしたけど、僕は教会に入ることにした。あの地獄から助けてくれたことに凄く感謝してる。でもあの家に僕の居場所はどこにもなかった。

 教会での暮らしはマシだった。いや、そこで僕は僕としての価値を見出した。この美しい顔で笑みを浮かべれば、教会の皆は「まるで神の使いのようだ」と口々に讃えた。そしていつしか僕を本当に神の使いとして扱うようになった。その噂は王都まで届き、僕は中央の教会へ身を置くことになった。

 僕が微笑めば信者は跪き、お金を多く収めてくれた貴族や商人には唇に触れる権利を。より多く収めてくれた者には肉体に触れる権利を……。

 誰もが面白いくらい僕を求めた。教会も僕を利用した。それでも良かった。僕は自分の居場所を見つけたのだ。

 そして十五歳の時、僕は教育の一環として貴族が通う学園に入学した。貴族令息たちは扱いやすかった。多感な年頃でもあり、ちょっとそれらしい振りをするだけで僕に夢中になった。でも決してあけすけにはしない。あくまでも清楚な自分を演じた。そしていつしか僕の周りには高位貴族や王太子が集うようになった。誰もが僕に真実の愛だと囁いた。身体も幾度となく繋げた。心地よかった。

 でもそれは長く続かなかった。

 翌年、学園に一人の平民の少年が特待生として入学してきた。ピンクブロンドの髪に宝石のような青い瞳。欲に濡れていない純粋な笑顔。必死に勉強する姿や貴族のマナーを拙いながらも一生懸命やるその姿はいつしか皆の……僕の周りにいた高位貴族と王太子の心を掴んでいった。

 僕はその子に嫉妬した。僕の居場所を奪わないでとその子に酷いことをした。僕が酷いことをすればするほど僕の周りにいた人たちは、僕に冷たい目を向けてきた。でも一度芽生えた感情を僕は抑えることが出来なかった。

 そして僕はその子を手にかけた。……でもそれは叶わなかった。王太子たちの手によって阻止され僕は牢に入れられた。

 教会もあっさりと僕を捨てた。それを告げに来た神官にあの子が「聖人」と呼ばれる特別な力を宿した子だったと聞かされた。でもあの子の希望でその事実を秘匿された。あの子が特別な存在だということは王太子も高位貴族の皆も知っていた。

 ああ、そうか。本物が来たから偽物の僕は必要なくなったんだ。

 愚かな自分におかしくなって僕は狂ったように笑い、呪詛を吐きながら舌を嚙み切って自ら命を絶った。

 その記憶を思い出したのは、伯爵に買われてから暫く経った頃だった。即座にこの地獄から逃げ出そうとしたが、まるで見えない鎖にぐるぐると巻かれたかのように身体がまったく動かせず、声を上げることもできなかった。

 まるで僕にもう一度同じ人生を歩ませようとするかのようだった。

 絶望し、神を呪った。

 前回と同じくあの人が僕の前に現れ伯爵家から連れ出した。これから住む家も居場所なんてないけど、伯爵家にいるよりはマシだ。

「俺、マルク。よろしくな」

 あの人の家には前回いなかったその子がいた。焦げ茶色の髪と瞳。平凡な顔。あの人に似ているところなんてなかった。

 その子……マルクは常に僕の傍にいて僕の世話を焼いた。親に言われたとか同情からなのか? と最初は疑ったが毎日触れ合う内にそうではないと思うようになった。マルクはなんの反応もしない僕に嫌気も差さず、呆れる様子もなく毎日いろいろな話や、本を読み聞かせてくれた。はじめて間近で魔獣を見せられた時は悲鳴を上げた。口や表情にでなかったけど。

 君と話したい。

 そう思うのに身体も口も動かなかった。それがどうしようもなく悲しくて僕の瞳から涙が一粒流れ落ちた。マルクは一瞬驚いた後、そっと僕の目元を指で優しく拭ってくれた。マルクの指はかさかさで皮膚も堅い。でもかつて僕に触れてきた彼らの手と違って酷く優しい。マルクは何も言わず僕の傍にいてくれた。

 この家に来て二年が経った。身体の肉付きもよくなり、僅かだけど自分の意思で身体を動かせるようになった。

「マル……ク。これ……きれい……あげる」

 小さな庭の中を歩くので精一杯だった僕は、小さな野花を摘んでマルクにあげた。少しでもマルクに感謝を……ううん、マルクの気を引きたかった。男に花なんてと思うけど、マルクは嫌な顔一つせず「押し花にして栞するなー」と笑って受け取ってくれた。

 マルクは栞を作っては慈善活動の一つとして市場で売ってるらしい。栞なんて売れるの? と思ったけどある冒険者が買っていくらしい。本人も「なんで?」と首を傾げてる。でも僕があげた野花を使った栞は売らずに取っていてくれる。それが嬉しかった。

 僕は教会には入らなかった。教会に連れていかれた日、僕の意思とは関係なく同じ道を行くのでは? と戦々恐々とした。だからといって国の義務を放棄することはできなかった。教会の人間たちは人の良さそうな笑みを浮かべながら、僕のことを舐めるように見てきて吐き気を覚えた。前回は全然気付かなかった。 

 マルクは僕の魔法が光属性だっと聞かされた時、「教会に行っちゃうのか?」としょんぼりしたけど、あの人が笑顔で「絶対入れない」とはっきりと言ってマルクは青い顔で「あ、はい」と頷いたのが印象に残った。

 ヴィレ様から魔法を学んだ。まだ上手く身体が動かせない僕にヴィレ様は根気よく付き合ってくれた。前回のヴィレ様はもっと影のある人だった。でも今のヴィレ様は表情が柔らかく瞳に陰りなんてなかった。

「以前の私はこの屋敷から外に出ることが恐ろしくて仕方がなかった。でもあの子が……マルクが私を外に連れ出してくれた。私にとってあの子は神様なんだよ」

 そう言って笑うヴィレ様の瞳は愛おしさに満ちていた。

(かみ……さま)

 その言葉は僕の胸にストンと落ちた。 

 今はあの人やヴィレ様、そしてあの家に仕えている者たちがどれだけ僕のことを気にかけてくれたのか気付いた。そんな彼らの思いを拒絶し、勝手に孤独になっていたのは僕自身だった。僕がこうして前回と同じ人生を歩んでいるのは、僕の居場所はちゃんとあったんだと気付かせるためだったに違いない。そしてそれに気付かせてくれたのはマルクだった。

(そうかマルクは神様だったんだ)

 僕は笑みを浮かべた。その笑みが歪んでいたことに僕は気付かなかった。

 十歳になると僕の身体は自由を完全に取り戻し、マルクと一緒に森の中に入るようになった。と言ってもまだまだ浅い場所だけど。小さな魔獣ならナイフや弓で仕留められるけど、中型になるとマルクの魔法頼りになってしまう。

(僕の魔法も攻撃型だったら良かったのに……)

 脳裏に浮かぶのはマルクが以前見せてくれた風の針だった。マルクは少ない魔力量をうまく扱っていた。何度か僕もそれに挑戦したけど形すらできなかった。

 攻撃魔法を持たない僕は魔獣に関するありとあらゆる情報と知識を頭に叩き込んだ。マルクの足手まといにならないように……。マルクの傍に居続けるために……。

 僕の神様マルクを誰にも奪われないために。

 だから興奮状態のブラックベアがマルクに襲い掛かった時、腹の底から怒りが湧いた。

 魔物如きが僕から神様マルクを奪うなと。

 マルクの前に立ちはだかり、ブラックベアに向けて手を翳した。

「バカッ!」

 マルクに左腕を掴まれた瞬間だった。カッと身体中の血液が沸騰するかのように熱くなり、気付けば無数の光の針がブラックベアを貫いてた。

 光の針は僕がずっと、ずっと、ずっと思い描いていた姿だった。

(でも)

 僕は自分の手のひらを見た。その威力は想像以上に大きかった。僕の魔力量では賄えないぐらいに。でも魔力切れは起きていない。僕はマルクのことを見下ろした。マルクは唖然と僕を見上げていた。


(ああ、そうか……)

 自然と口角があがった。




 そうか、神様マルクが僕の願いを叶えてくれたんだ。


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