帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。

志子

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その頃、周りでは……

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「………皆さま、私の急なお誘いにも関わらず参加してくださり誠にありがとうございます」

 美しく調えられた庭園を見渡せることが出来る位置に建てられた四阿に集まった三人……淑妃、徳妃、賢妃に私は礼を告げる。

「いえ、急を要することが起きた……と、もしや?」

 淑妃の言葉に私は「ええ」と頷いた。

「例の宮の扉が開かれたようです」

 私がはっきりとそう告げた瞬間、ぴんと空気が張りつめた。

「………運命の番を見つけた……ということですか?」

 賢妃が青ざめた表情で言った。誰のとは言わない。

「事実かどうか父が早急に動いておりますが、そうであるという前提で我々も動いたほうがよろしいかと」 
「竜人の血を受け継ぎその上……竜人の血を目覚めさせたお方……」

 徳妃の言葉に誰もが黙った。

 竜人の血。
 この世界には様々な種族が存在する。そしてエルドール大陸には我々人間が治めている国の他に竜人と獣人が治めている国がそれぞれ存在している。力関係は明確で上から竜人、獣人、そして我々人間となる。飛びぬけた肉体と暴力的な力を持つ彼らに対し、我々人間は余りにも非力な存在だ。

 だが非力でありながらも二つの国と溝を作らず上手くやっていけるのは、力を重視する彼らと違って我々は知識と……狡猾さを持っているからだ。
 この世界で人間が生き残るための手段。

 そしておよそ千年前。
 二代目の帝の元に友好の証として竜人の姫君が輿入れした。竜人特有の蒼玉のような御髪に琥珀水晶のような瞳を持った美しい姫君だったと聞く。以来、姫君の血は薄れることもなく脈々と次代へと受け継がれていった。なぜ分かるかというと時折、姫君と同じ色を持った子どもが生まれるからだ。そして現帝もその色を受け継いで生まれてきた。更に運がいいのか悪いのか……いえ、我々人間にとっては運が悪いと言えよう。

 帝は幼き頃命の危機によって竜人の血を呼び覚ましてしまったのだ。

 帝は異母兄弟とその母親、親族、そして先帝を殺し、十歳で玉座を手に入れた。
 彼の纏う暴力的な覇気は、我々人間がこの世界にとってもっとも弱い種族であると改めて思い知らされたと父が言っていた。もはや彼に刃向かう者などいないと。

 これから我が国の行く末はどうなるかと戦々恐々としたが、それに反して帝は部下たちの言葉に耳を傾け、民の生活改善を積極的に行い、便利な道具を次々と生み出していった。霊石を使った道具は高価なため民への普及は難しいが、いずれはと帝は考えている。

 いつしか帝は賢王と呼ばれ民から親しまれるようになった。
 周りはこのまま何事もなく妃を迎え、子どもが生まれればいいと思っていた。
 が、それは先ほどの件で上層部に再び緊張を走らせた。

「帝が運命の番と出会う……それは覚悟しておりました。生憎その運命の番……という感覚は私には理解しにくいことですが……」

 賢妃は困ったように眉を下げた。

「その感覚は我々も同じです。いえ、人間には到底理解できないことかと……」

 運命の番。
 魂の共鳴、己の半身とも呼ばれ本能的に誰が番か分かるという。
 しかしそれが分かるのは竜人と獣人だけ。人間はそれを感じ取ることはできなかった。
 二代目の帝に嫁いだ竜人の姫君もまさに帝が運命の番だったという。

(帝も大いに戸惑ったことでしょう。……でも受け入れるしかなかった)

 断ることなど……出来やしない。帝は竜人の姫君以外の妃を迎えることはなかった。それは竜人の姫君が嫉妬深く、それを決して許さなかったと聞く。

(帝もそのような感情で番をあの部屋に閉じ込めた……)

 あの部屋は何代目かの帝が寵愛していた側室の身を守るために作った場所だと聞く。その場所への道は複雑で帝の死後、知る者はいなくなったと聞く。現帝はどうやって辿り着いたのだろうか……。

(いえ、それよりも……)

 私は小さく頭を振った。

「私が今もっとも危惧してることは……お分りですね?」
 
 三人の顔を一人一人見ていく。三人は顔を引き締めて頷いた。

「竜人と獣人を今まで以上に警戒しなければなりません」
「……あれは例外だと彼らは仰っていますが、我々人間にとって笑えない話です」
「ええ、あそこまで狂わせるものなのかと……運命の番とは、恐ろしいものですわ」
「………運命の番と言われたその方も恐ろしかったことでしょう」
 
 重い沈黙が落ちる。

 遠い昔、竜人と獣人の間で激しい争いがあった。それは番の奪い合いだった。
 運命の番は一人だけと言われているが、その番はなぜか竜人と獣人の二人だった。そしてその番は人間だった。運命の番だと言われても分かる筈もなく、さぞかし恐ろしかったことでしょう。あの威圧的な存在に迫られたら私ならその場で卒倒します。

 その争いがどう終結したのか、その人間がどうなったのかは……分からない。彼らの前でそれを話題にすることは禁忌とされている。彼らにとっても醜聞なのかもしれない。

 私は息を吐き出す。

「帝が今後どのように動くか注視しなければなりません。そして我々は良からぬことを考える者たちから彼の者を守らなければなりませぬ。………この国の存続のためにも」

 私の言葉に三人は「はい」と力強く頷いた。



*********************



 例の宮に人が入った。
 俺は長椅子にゆったりと身を預け、煙管を口にした。薄暗い部屋の中で煙が揺らめく。

(入ったのは女ではなく男)

 男の身元とどういう人物なのか父上が探っている。俺は息を吐き出した。男の後宮に入って早五年。

(できれば平穏無事で何事もなく役目を終えたかったが……)

 ここに来て、一番やってほしくない行動に出た帝に俺は頭を抱えた。

(そもそもあの阿保どもが余計なことしなければっ!)

 あの阿保どもとは帝の腹違いの兄弟たちとその側室たちのことだ。竜人の特徴を持って生まれた帝は先帝に大変可愛がられた。それを面白くなかった阿保どもは帝や母親を影でイジメていた。帝の母親は階級が低かったためそんな彼らに強く出れずにいた。

 そして悲劇は起きた。

 先帝の計らいで避暑地へ向かうことになった帝と母親は、馬車ごと崖から転落したのだ。そこには作為的なものあり誰がやったかなんて知っていたが、誰も口にしなかった。

 母親の遺体はあったが、帝の姿はどこにもなかった。必死の捜索も空しく先帝は悲しんだ。

 それから一年後。

 行方が分からなかった帝が突然姿を現し、側室と異母兄弟、彼らの親族、そして先帝を殺した。彼らの愚かな行為のせいで帝の中に眠っていた竜人の残虐さを目覚めさせてしまったのだ。
 当時を知る父は「あれはまさに地獄絵図だった」と顔を顰めて言っていた。

 俺は「はぁ……」と疲れたため息をついた。
 あの宮には帝のほかに劉伶リュウレイが出入りしているのは分かったが、彼は帝に対し誰よりも忠誠心が高く口も堅い。一筋縄ではいかないだろう。

「……にしても運命の番って同性だとか関係ないんだな……」

 かつてあった竜人と獣人が奪い合った番の人間も同性で男だと聞く。そいつが俺だったら速攻で舌嚙み切って死ぬ。ここだって父上からの厳命で渋々入ったのだ。

(まあ、番が同性だろうがなんだろうが、そいつが馬鹿なことを仕出かさなければ、俺はそれでいい)

 これは番に限った話でもはない。寵愛を受けた者が調子に乗って不興を買ったり、国を傾けたりなんてよくある話だ。

 後日、あの宮に入った男……いや少年は帝の運命の番ではないことが分かり安堵の息を吐いた。
 だが、その一方でこれまで帝が生み出した便利な道具は全部、少年が考案したものだと知り、俺は別の意味で頭を抱えた。

 金の卵を産む鶏かよっ!



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