帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。

志子

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私の話

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 私はかつてこの国に嫁いできた竜人の姫君と同じ髪色と瞳の色を持って生まれた。それが私と母にとって不幸の始まりだった。
 竜人の姫君と同じ色合いをしているからといって、竜人の力をもっているわけではない。
 下級妃の母と引っ込み思案の私。

 帝は私と母を危害から守ると言ったが、帝の後ろ盾になっている上級妃たちの家を蔑ろにするわけにもいかず、公に罰することはできなかった。

 そして事件が起きた。

 帝の避暑地へ母と一緒に向かう途中、馬車ごと崖下へと落ちた。一瞬何が起きたのか分からなかった。浮遊する私の身体を母が強く抱きしめた。
 そこで記憶が暗転した。

 気づけば私は小さな農村にいた。
 傷だらけの私を看病してくれた家は大家族だった。生きるのに精一杯にも関わらず笑いの絶えない家族だった。
 母はもういない。そんな気がした。探そうとは思わなかった。そんな私はきっと薄情者なのだろう。
 あの目立つ髪と瞳はどこにでもある薄茶色になっていた。私の中に眠る竜人の血が、私を守るために色を変えたのかもしれない。
 彼らとは一年共にした。中でも私より二つ下の少年……洋と仲良くなった。
 洋は不思議なことを沢山話す子こどだった。

「薪や炭が無くてもお湯が沸かせる道具とかあれがいいよな」

 川で釣りをしていた時、ぽつりと呟いた洋の言葉に私は「薪や炭が無くても?」首を傾げた。

「こんな感じのやつ」

 洋は枝を拾って地面に絵を描き始めた。

「こう……小さい土台のここが火のように熱くなって、そこにヤカンをおいて熱で沸かす……みたいな?」

 丸い土台にぴったり嵌まる様に置かれたヤカンの底を何度もなぞって「ここが熱くなるんだ」って言った。

「薪を燃やさなくてもすぐに温かいお茶が飲めるだろ?」

 にっと洋は笑った。

「星にそっくりな食べもん……あれなんだっけ?」

 夜空を見上げながら洋が言った。

「星にそっくりな?」
「んー……、星みたいな? ……すっげぇ甘いの」
「木の実?」
「いや、いろいろ色があって、白とか緑とか赤とか……」

 洋の言葉に私はますます首を捻った。

「それ本当に食べ物?」
「食べ物。食べ物。滅茶苦茶甘い。んー……なんだっけ? 名前思い出せないんだよ」

 腕を組んでうーんと唸る洋。

「……まあ思い出したら言うわっ!」

 あっさりと諦めた洋に私は思わず苦笑いを浮かべた。


 でも洋がその名を思い出すことはなかった。


 私のせいで洋は傷を負った。
 洋と洋の二番目の兄と一緒に森で薪拾いをしていた時だ。数体の黒い影がどこからともなく現れ私に襲い掛かった。

「レイッ!」

 洋が咄嗟に私を庇い、黒い影の剣が洋の顔を切り付けた。
 その瞬間、目の前が真っ赤になった。

 気づけば私は血に濡れた剣を持ち、辺りには黒い影が無残な姿で転がっていた。
 私は顔を赤く染め意識を失っている洋を抱き上げ、腰を抜かし青ざめている二番目の兄に渡した。
 
「洋をどうか、どうか死なせないでくれ」

 私は頭を下げ、その場から姿を消した。
 それから私は異母兄弟とその母親、親族、そして父である帝を殺した。
 私の血が……いや、竜人の血がぐつぐつと煮えたぎる様に熱かった。
 頭の中で誰かが殺せと囁いた。自分を害するものは全部殺せと……。

 玉座を手に入れた私は彼が語っていたものを片っ端から実現させていった。

(何も感じない……)

 豊かになった国を見ても。幸せそうに笑う民を見ても。私の心は空っぽのままだった。
 洋のいる農村へ行くのは簡単だ。でも行けなかった。
 もし洋が死んでいたら? 生きていたとしてもあれほど恐ろしい体験をしていれば?  
 ………それらを知るのが怖かった。どうしようもなく怖かった。

「あの……大丈夫ですか?」

 髪色を変え、官吏に扮して男の後宮の様子を見ていた時だった。廊下で立ち止まっていた私は声を掛けられ、その者の顔を見た。………その瞬間、私は目を見開いた。

 洗濯籠を持って心配げに私を見上げている少年の顔には大きな傷があった。もう一人の少年が慌ててその少年の脇を肘で突いた。

「あっ! 許しもなく声を掛けて申し訳ございません! その、泣いておられていたので、つい……」

 傷の少年が慌てて頭を下げる。泣いていた? と自分の頬に触れると確かに濡れていた。

「ああ……驚かせてしまったね。少し過去のことを思い出してね。……。ところで君のその傷は?」
「……あー……えっと、父の話では崖から落ちてできた傷だって……。俺は覚えてないんですけど」

 ドクンと心臓が跳ねた。……そうか。あの家族はそういうことにしたのか。

「………よく無事だったね?」
「はい。自分でも運が良かったと思っています。結構な高さだったと聞きましたから」

 あははと君は笑った。

「そうか……。名を聞いても?」
「名前ですか? えっと、洋といいます」

 へらりと君は笑った。

 彼は生きていた。

 だが……。



 彼は私に語っていた不思議な話も……私と暮らしてことも全て忘れてしまっていた。


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