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永禄3年(1560年) 落城泥棒
4、足軽組頭に昇進
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織田軍は報告通り、本当に今川義元の首を取って清洲城に凱旋してきた。
お陰でその当夜の清洲城はどんちゃん騒ぎである。
藤吉郎も振る舞われた高い酒にあり付いた。
翌日からは論功行賞――とはならない。
今川の大軍の大半は逃げ帰っていったが、一部が鳴海城に残って暴れていたので。
岡部元信という遠江の武将なのだが、それが「今川の大将の首と引き換えなら鳴海城を渡す」と言ってきた。
鳴海城は尾張の東国境の城である。
実利を取った信長が「今川義元の首」を送って鳴海城を手に入れて、ようやく今川との戦は終了となった。
その後に、論功行賞である。
桶狭間の戦いに出向いた連中が褒賞を貰う中、ようやく藤吉郎の番となった。
藤吉郎の場合は「どっちに転ぶ」か分からない。
軍法違反で仕置きか、岩倉城の残党発見で相殺にされるか。
それでも藤吉郎が逃げ出さずに清洲に残ったのは逃げられなかったからである。
監視役が居て。
藤吉郎の監視役は元々は前田利家だったが、そちらは「笄斬り」でハメて現在は出奔中である。
そしたら新たな監視役が派遣されてきた。
丹羽長秀という男である。通称は五郎左。
尾張国で丹羽氏は名門だ。その家柄だけで百姓出身の藤吉郎はイラッとなった訳だが。
信長の側近だけあって、この男は利家と違って出来る男だった。
藤吉郎が長屋を出る度に待ち受けていて、
「どちらに参られるのかな?」
「五郎左殿、勘弁して下され。逃げたりは致しませんので」
本当に監視された。
信長の命令に忠実過ぎる。
邪魔だが信長の側近だ。直接手を下せばこちらが処罰される。
かと言って誰かにやらそうにもこう付いて回られては依頼も出来ない。
そうこうしている内に日数が過ぎていき、藤吉郎の番になったという訳である。
評定に呼ばれた。
上座には当然のように信長が居る。
信長は何を考えてるのか表情からは読めぬところがある。
「サル、おまえ、出陣しなかったらしいな?」
「はっ、妙な繋ぎがありまして」
「どのような?」
「岩倉城の切腹した家老の息子で山内一豊という者が『残党の前野党が清洲城を襲う計画がある』と伝えて来て、その功績でどうにか士官出来ぬかと。無論、このサルめはピンときました。『今川がそこまで攻めてきてるのに? 嘘つけ、父親が切腹させられてるのに清州の殿に忠誠など誓うはずがなかろうが。 はは~ん、さては城に入って今川が攻めてきたら内側から門を開けるつもりだな。たわけめ、そんな手に乗るか。このサルめがトンチを利かせて一網打尽にしてくれる』と。そのような次第で『構いませぬぞ、柴田様を紹介しましょう』と言葉では請け負いながらもまんまと敵の居場所を聞き出した次第でして」
「ふむ。話の筋は通っておるのう」
「筋が通るも何も、本当の事でございますれば」
「それをどうして市に言わなんだ?」
お市様?
ああ、喋ったな。
「聞かせる前に柴田様がやってきて話が中断されましたので」
「で、本当はいつ、その接触があったのだ?」
信長が上座から冷徹な視線を向けてきた。
(なるほど、さすがに出来過ぎてる話な訳ね。仕方ない、少し「下げる」とするか)
「参りましたな、さすがは殿の眼は誤魔化せませぬか」
と観念したふりをした藤吉郎は、
「実は、出陣の触れがあった夜中は、触れに気付かずに寝過してしまいまして『しまったわい』と途方にくれながら清洲のお城に朝日が登ってから出向いていた時にソヤツからの話が舞い込み、『しめた、これを参陣しなかった理由にしよう』とトンチを利かせた次第でして」
そう説明すると同時に居並ぶ重臣達が腹を立てて、
「足軽の分際で寝過ごしただとっ!」
「軍法に照らしてサルは切腹させましょう」
「切腹? 百姓は打ち首で十分であろうが」
「調子の良いサルもここまでの命だな」
口々に喋るが、藤吉郎は信長の顔を見ていた。
信長は何かを考えながら、
「ワシが出陣した後の城下で他に何か見たか?」
「城下では見ませんでしたが、城内でご家老の林様に輿を3つ用意するように言われました」
「ほう、ジイがのう。逃げ支度か」
信長が林秀貞を見た。
「ハハハ、姫様を逃がそうとしたまででして」
本当は「金目の物を持ち出して逃げよう」と考えていた秀貞が汗を拭いながら答えた。
その焦ってる秀貞の様子を見て藤吉郎は内心でニヤリとしたが、
「まあ、良かろう。勝ったのでな」
と信長が答えてから藤吉郎を見て、
「サル、岩倉の残党を発見した褒美だ。足軽組頭にしてやる。五郎左の下で働け」
「ははっ、ありがたき幸せ」
土下座して礼を言いながらも、
(残党の発見ごときで組頭に昇格? 随分と大盤振る舞いじゃな。そうか、今回の戦で組頭が相当死んだな。それで補充をしているのか)
「組頭ならば名も必要か。木下藤吉郎秀吉と名乗るがよい」
「ははっ、一生、清洲の殿に付いていきまする」
「下がれ」
信長の命令で、藤吉郎は秀吉と名乗る事を許されて評議の間から下がっていったのだった。
藤吉郎が下がると同時に、
「殿、いささかサルに甘いのでは? サルがつけあがりますぞ」
佐久間信盛が上座の信長に忠告したが、
「武器を捨てた残党を5人殺した非道さが気に入った」
信長がポツリと呟いた。
捕物を担当した柴田勝家が不服そうに、
「情報を聞き出せぬだけでしたが?」
「岩倉の残党の情報などはいらぬわ。それよりも今川は退けた。次はこちらが攻めに転じる番だ。三河か美濃か、どちらを狙う?」
信長の質問に今川に大勝して気分が緩んでいた織田の重臣達は気を引き締めたのだった。
お陰でその当夜の清洲城はどんちゃん騒ぎである。
藤吉郎も振る舞われた高い酒にあり付いた。
翌日からは論功行賞――とはならない。
今川の大軍の大半は逃げ帰っていったが、一部が鳴海城に残って暴れていたので。
岡部元信という遠江の武将なのだが、それが「今川の大将の首と引き換えなら鳴海城を渡す」と言ってきた。
鳴海城は尾張の東国境の城である。
実利を取った信長が「今川義元の首」を送って鳴海城を手に入れて、ようやく今川との戦は終了となった。
その後に、論功行賞である。
桶狭間の戦いに出向いた連中が褒賞を貰う中、ようやく藤吉郎の番となった。
藤吉郎の場合は「どっちに転ぶ」か分からない。
軍法違反で仕置きか、岩倉城の残党発見で相殺にされるか。
それでも藤吉郎が逃げ出さずに清洲に残ったのは逃げられなかったからである。
監視役が居て。
藤吉郎の監視役は元々は前田利家だったが、そちらは「笄斬り」でハメて現在は出奔中である。
そしたら新たな監視役が派遣されてきた。
丹羽長秀という男である。通称は五郎左。
尾張国で丹羽氏は名門だ。その家柄だけで百姓出身の藤吉郎はイラッとなった訳だが。
信長の側近だけあって、この男は利家と違って出来る男だった。
藤吉郎が長屋を出る度に待ち受けていて、
「どちらに参られるのかな?」
「五郎左殿、勘弁して下され。逃げたりは致しませんので」
本当に監視された。
信長の命令に忠実過ぎる。
邪魔だが信長の側近だ。直接手を下せばこちらが処罰される。
かと言って誰かにやらそうにもこう付いて回られては依頼も出来ない。
そうこうしている内に日数が過ぎていき、藤吉郎の番になったという訳である。
評定に呼ばれた。
上座には当然のように信長が居る。
信長は何を考えてるのか表情からは読めぬところがある。
「サル、おまえ、出陣しなかったらしいな?」
「はっ、妙な繋ぎがありまして」
「どのような?」
「岩倉城の切腹した家老の息子で山内一豊という者が『残党の前野党が清洲城を襲う計画がある』と伝えて来て、その功績でどうにか士官出来ぬかと。無論、このサルめはピンときました。『今川がそこまで攻めてきてるのに? 嘘つけ、父親が切腹させられてるのに清州の殿に忠誠など誓うはずがなかろうが。 はは~ん、さては城に入って今川が攻めてきたら内側から門を開けるつもりだな。たわけめ、そんな手に乗るか。このサルめがトンチを利かせて一網打尽にしてくれる』と。そのような次第で『構いませぬぞ、柴田様を紹介しましょう』と言葉では請け負いながらもまんまと敵の居場所を聞き出した次第でして」
「ふむ。話の筋は通っておるのう」
「筋が通るも何も、本当の事でございますれば」
「それをどうして市に言わなんだ?」
お市様?
ああ、喋ったな。
「聞かせる前に柴田様がやってきて話が中断されましたので」
「で、本当はいつ、その接触があったのだ?」
信長が上座から冷徹な視線を向けてきた。
(なるほど、さすがに出来過ぎてる話な訳ね。仕方ない、少し「下げる」とするか)
「参りましたな、さすがは殿の眼は誤魔化せませぬか」
と観念したふりをした藤吉郎は、
「実は、出陣の触れがあった夜中は、触れに気付かずに寝過してしまいまして『しまったわい』と途方にくれながら清洲のお城に朝日が登ってから出向いていた時にソヤツからの話が舞い込み、『しめた、これを参陣しなかった理由にしよう』とトンチを利かせた次第でして」
そう説明すると同時に居並ぶ重臣達が腹を立てて、
「足軽の分際で寝過ごしただとっ!」
「軍法に照らしてサルは切腹させましょう」
「切腹? 百姓は打ち首で十分であろうが」
「調子の良いサルもここまでの命だな」
口々に喋るが、藤吉郎は信長の顔を見ていた。
信長は何かを考えながら、
「ワシが出陣した後の城下で他に何か見たか?」
「城下では見ませんでしたが、城内でご家老の林様に輿を3つ用意するように言われました」
「ほう、ジイがのう。逃げ支度か」
信長が林秀貞を見た。
「ハハハ、姫様を逃がそうとしたまででして」
本当は「金目の物を持ち出して逃げよう」と考えていた秀貞が汗を拭いながら答えた。
その焦ってる秀貞の様子を見て藤吉郎は内心でニヤリとしたが、
「まあ、良かろう。勝ったのでな」
と信長が答えてから藤吉郎を見て、
「サル、岩倉の残党を発見した褒美だ。足軽組頭にしてやる。五郎左の下で働け」
「ははっ、ありがたき幸せ」
土下座して礼を言いながらも、
(残党の発見ごときで組頭に昇格? 随分と大盤振る舞いじゃな。そうか、今回の戦で組頭が相当死んだな。それで補充をしているのか)
「組頭ならば名も必要か。木下藤吉郎秀吉と名乗るがよい」
「ははっ、一生、清洲の殿に付いていきまする」
「下がれ」
信長の命令で、藤吉郎は秀吉と名乗る事を許されて評議の間から下がっていったのだった。
藤吉郎が下がると同時に、
「殿、いささかサルに甘いのでは? サルがつけあがりますぞ」
佐久間信盛が上座の信長に忠告したが、
「武器を捨てた残党を5人殺した非道さが気に入った」
信長がポツリと呟いた。
捕物を担当した柴田勝家が不服そうに、
「情報を聞き出せぬだけでしたが?」
「岩倉の残党の情報などはいらぬわ。それよりも今川は退けた。次はこちらが攻めに転じる番だ。三河か美濃か、どちらを狙う?」
信長の質問に今川に大勝して気分が緩んでいた織田の重臣達は気を引き締めたのだった。
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