ヤバイ秀吉

魚夢ゴールド

文字の大きさ
6 / 25
永禄4年(1561年) ねねを娶る

1、乱妨取りの木下

しおりを挟む
桶狭間の戦いの翌年の永禄4年5月。

美濃の斎藤義龍が死んだ。

まあ、この頃、義龍は殺害したマムシの幕府工作を丸々引き継いで、幕府の政所執事を独占する伊勢氏と結託し、まんまと一色氏を得ていたらしいが。

一色ではなく斎藤という事で。

その義龍の後を継いだ息子の斎藤龍興はまだ14歳。

美濃を分取るチャンス到来だ。

そんな訳で急遽、織田の美濃遠征が決まった。

俗に言う「森部の戦い」である。

足軽組頭となった木下藤吉郎改め、木下秀吉も出陣した。

足軽組頭とは30人から50人の足軽を率いる組の頭だ。

秀吉にあてがわれた足軽は最小の25人だった。

尚、秀吉の上官である足軽大将は丹羽長秀である。

だが、長秀は切れ者。

昇格したばかりに木下隊に重要な任務を回す訳がない。

そうでなくても秀吉は百姓あがり。

それを重用しては他の武家出身の組頭の面子が潰れてしまう。

そんな訳で今回の戦では、戦闘は武家の足軽組頭が担当し、秀吉には雑用が回ってきた。

「ほへ? 森部周辺の村を焼くんですか?」

丹羽長秀の命令を受けて、きょとんとしながら木下秀吉は真意を探るべく上官を見た。

「そうだ、美濃の連中の見せしめにな」

「なるほどなるほど、乱妨取りという奴ですな」

悪そうに笑う秀吉を見て、長秀は「これだから百姓は」と呆れながら、

「まあ、小遣い稼き程度ならばしてよいぞ」

「ははっ、見事にその役目を務めて御覧に入れまする」

秀吉は愛想良く返事したのだった。

手柄が落ちてる戦場から離された事に怒ってなどはいない。

武士なら怒るかもしれないが、秀吉は百姓あがり。

なので不機嫌どころか上機嫌だった。

(てっきり最前線に投入されて使い潰されると思っていたが。もしかして本気で織田は美濃を取るつもりか? 無理だと思うがな。いや、それよりもだ。くくく、まさか組頭になっていきなりこんなオイシイ役目が回ってくるとはな)





こうして秀吉は自分の配下の最小数の足軽25人を率いて村を焼きに出向いたのである。

先頭を歩く秀吉が、

「男どもは全員殺せ。抵抗しなくてもだ。どうせ、次からは武器を手に持って織田に逆らうのだからな。殺していい。女は抱いていいぞ。そして荷台を探して、金目の物、米、塩、反物、一切合財奪い尽くせ、ギャハハハハ」

そう配下の足軽達に悪そうに笑ったのだった。

足軽とは下級武士の集まりである。

織田軍は信長が「兵農分離」をいち早く取り入れていたのでいくさ専門の軍兵だったが、その足軽ともなれば貧しい下級武士の集まりである。

「いいんですか、組頭殿?」

悪そうに足軽の1人が尋ねた。

「そう命令されたからな。そのような非道な行いはしたくはないのだが、これも役目じゃ。いた仕方あるまい。良いか、織田の恐ろしさを美濃の連中に思う存分教えてやれ」

そんな訳で村では乱妨取りが始まった。

「乱妨取り」は戦場では良く見られた光景である。

だが、秀吉が率いる足軽達は露骨にそれをやった。

もはや織田軍の名を借りた野盗軍団である。

「おお、なかなかの別嬪だな。おまえを抱いてやろう」

秀吉も代官屋敷に居た下級武士の娘を捕まえて真っ昼間の野外にて、その泣いてる娘を抱いていた。

足軽組頭が率先して乱妨取りをやってるので、足軽達もやりたい放題に暴れた。

女を抱く者。

遊び半分で剣術の真似事として村人を殺す者。

村人を脅して金目の物を出させてから殺害する者。

代官屋敷の蔵から米俵や銭箱を荷車に積む者。

銭を発見して、隠れて懐に入れる者。

1刻(2時間)が経過した頃には、かっぱらった荷車3台に米俵や銭箱を満載に詰めていた。

全部を奪い尽くしてから、ようやく、

「村は燃やせ。そういう御命令だ」

「へい、お頭」

野盗のノリで返事されたので秀吉は呆れながら、

「お頭じゃない。組頭だ」

「へい、組頭」

「おまえらはちゃんと女を抱いたのか?」

「へい、美濃の娘に織田の怖さをたっぷりと教え込んでやりましたわ」

「それでよい。その調子で織田の為に励めよ」

「それよりも、これ、どうしましょう?」

「舟をかっぱらって犬山湊に運べ。そこで山分けだ」

「へい、お頭」

「お頭じゃなくて組頭だわい、キャハハハ」

こうして森部周辺の村の1つを木下秀吉は焼いたのだった。





森部の戦いは織田の勝利で終わった。

勝利で終わったが「勝った勝った」と満足して帰るのではない。

織田の兵を配して、美濃の一部を実効支配する差配をして尾張に帰った。

清洲では論功行賞が行われて大将首を取った武者だけは褒賞にあり付けたが、下級の足軽には雀の涙の褒賞しか出なかった。

そんな中、大金を手にした連中が居る。

それが木下秀吉の隊に所属した足軽達だった。

何せ、村で乱妨取りをした金目の物を秀吉がちゃんと分配したので。

お陰で秀吉の隊の25人全員が大将首を取ったかのような豪遊ぶりである。

そして秀吉もわざわざ口止めなんぞしていなかったので、全員がどうしてそんなに羽振りがいいのかをペラペラと宣伝したのである。

つまりは、

「この銭は美濃の森部周辺の村1つを燃やす前に乱妨取りしたものよ」

「女も抱けてよ~」

「結構貯め込んでた村でな。五月なのに代官屋敷には米俵が満載でよ。全部いただいて銭に変えてやったわ」

それだけではなく、

「うちの組頭の木下秀吉は百姓あがりだけあって下っ端のワシらの事が良く分かっててな。気前良くお宝を分けてくれたぜ~」

秀吉の事を褒めちぎったので、予期せぬところで秀吉の人気が上がったのだった。





そして、その足軽に出回ってる話が遂には信長の耳にまで入り、秀吉は呼び出される事となった。

「味方が必死に戦っている間に随分と稼いだらしいな、サル?」

「ほへ? 村を燃やして織田の怖さを教えろ、との御命令でしたが? 駄目だったんですか?」

てっきり褒められると思っていた秀吉はそう面を喰らった。

「ふん。おまえは今回の戦をどう思った?」

「今回は実に惜しい事をしましたな。織田家の精鋭の佐久間様の兵がいれば稲葉山城も落ちたかもしれませんのに」

痛いところを突かれた信長は不機嫌そうに、

「調子に乗るなよ、サル」

何故怒ったのか理由が分からぬまま、

「ははっ、申し訳ございませぬ」

それで下がらされた。

(どうして呼ばれたんだ?)

そう不思議がる秀吉だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

秀頼に迫られた選択〜トヨトミ・プリンスの究極生存戦略〜

中野八郎
歴史・時代
​慶長十六年、二条城。 老獪な家康との会見に臨んだ豊臣秀頼は、時代の風が冷たく、そして残酷に吹き抜けるのを感じていた。 ​誰もが「豊臣の落日」を避けられぬ宿命と予感する中、若き当主だけは、滅びへと続く血塗られた轍(わだち)を拒絶する「別の道」を模索し始める。 ​母・淀殿の執念、徳川の冷徹な圧迫、そして家臣たちの焦燥。 逃れられぬ包囲網の中で、秀頼が選ぶのは誇り高き死か、それとも――。 ​守るべき命のため、繋ぐべき未来のため。 一人の青年が「理」を武器に、底知れぬ激動の時代へと足を踏み出す。

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

空母伊吹大戦録

ypaaaaaaa
歴史・時代
1940年に行われた図上演習において、対米戦の際にはどれだけ少なく見積もっても”8隻”の空母を喪失することが判明した。これを受けて、海軍は計画していた④計画を凍結し、急遽マル急計画を策定。2年以内に大小合わせて8隻の空母を揃えることが目標とされた本計画によって、軽空母である伊吹が建造された。この物語はそんな伊吹の生涯の物語である。

武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる
歴史・時代
桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると、武田家は外交方針の転換を余儀なくされた。 今川との婚姻を破棄して駿河侵攻を主張する信玄に、義信は待ったをかけた。 義信「此度の侵攻、それがしにお任せください!」 領地を貰うとすぐさま侵攻を始める義信。しかし、信玄の思惑とは別に義信が攻めたのは徳川領、三河だった。 信玄「ちょっ、なにやってるの!?!?!?」 信玄の意に反して、突如始まった対徳川戦。義信は持ち前の奇策と野蛮さで織田・徳川の討伐に乗り出すのだった。 かくして、武田義信の敵討ちが幕を開けるのだった。

処理中です...