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永禄7年(1564年) 鵜沼城城代
1、竹中半兵衛による稲葉山城乗っ取り
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永禄7年2月。
それはいきなり起こった。
尾張国は平穏無事である。何も起こってはいない。
起こったのは隣国の美濃国なのだから。
美濃では領主の斎藤龍興の居城の稲葉山城が乗っ取られていた。
竹中半兵衛が率いる16人によって。
稲葉山城落城の報告を秀吉は城代を務める蜂須賀城で聞いた訳だが。
「美濃の稲葉山城って蜂須賀城みたいにショボイのかや?」
「そんな訳あるか、兄者。清洲や小牧山並みじゃぞ」
「それをたった一隊で?」
まだ人数までは分かっていなかったので一隊と思われていた。
「ああ、凄い奴が居たもんだな」
「・・・それ、嘘じゃにゃあのけ?」
秀吉がそう思うのも無理はない。
一隊で小牧山城を乗っ取る?
秀吉でも不可能だ。
「嘘じゃないから大騒ぎになってるんだよ、兄者」
「でも、どうして主君の城をその竹中は乗っ取ったんだぎゃあ? 殿になりたかったのか?」
「知らん」
「ふむ。よう分からん事をする男だのう。美濃の家臣の癖して織田が利するような真似をして」
「竹中が稲葉山城を乗っ取ると、どう織田が得をするのじゃ、兄者?」
「『美濃の斎藤はもう終わりじゃ』と宣伝してくれておるのだから、織田が得をしておるじゃろうが」
秀吉はそんな呑気な感想を呟いたが。
小牧山城の方は大騒ぎだった。
「その竹中に美濃半国を与えるから稲葉山城をワシに渡せと伝えろ」
信長が眼の色を変えて部下に命令を出していた。
稲葉山城とは美濃国の主城なのだから。
そこを押さえたら、もう美濃は制圧したも当然なのだ。
信長が躍起になるのも無理はない。
「絶対に竹中を調略せよ」
そう言明した。
だが、誰も竹中を調略出来なかった。
林も、柴田も、佐久間も、平手も、池田も。
使えん連中だ。
それが家臣達に対する信長の評価である。
「そうだ、五郎左を・・・いや、あやつは木曽川の水運封鎖をしておる最中か。よし、蜂須賀城にいるサルを呼び戻せ」
信長が丹羽長秀を呼び戻そうとして諦め、代わりに秀吉を呼び戻す事を思い立ったのは、稲葉山城が乗っ取られた2ヶ月後の4月の事だった。
竹中半兵衛が稲葉山城を乗っ取った期間は半年なのだから、まだ余裕で日数はある訳だが。
秀吉は渋々と小牧山城に戻ってきた。
信長に呼び出されて小牧山城の広間に入ると、
「サル、竹中半兵衛を調略して稲葉山城を明け渡すように伝えてこい」
(何を言っておるんじゃ、この殿は。竹中が尾張に稲葉山城を献上するつもりなら乗っ取った時に繋ぎを付けてとっくに献上しておるわ。2ヶ月経っても献上しておらんのだから城を譲る意思がねえって事なのに)
と内心で思っても口に出来ぬのが身分差である。
なので、秀吉はトンチを利かせて、
「殿は遠回りをなさるのが好きですな~」
「何だと?」
「今や美濃は大混乱。援軍も出せぬでしょうから、犬山城や美濃の他の城を落とす好機でありましょうに」
「犬山城は五郎左が取り掛かっておるであろうが。おまえは五郎左の代わりだ。余計な事は言わずに、さっさと行ってこい」
さっさと秀吉に稲葉山城に行くように命じ、信長はしたためた書状を渡したのだった。
そんな訳で秀吉は信じられない事に、信長が抱えている忍びの協力の許、美濃の井之口から稲葉山城の城内まで忍び込んでいた。
眼の前には既に竹中半兵衛がいる。
どう見ても優男だったが。
(こやつが稲葉山城を乗っ取った首謀者のう)
「おお、大物が釣れ申したな。遂に木下殿が自ら参られたか」
「ほへ? ワシが大物というのは?」
「美濃では貴殿の評価は高いのですよ。まあ、恨みですが」
「村を焼いたのは命令で仕方なくですぎゃあ」
秀吉はそう言い訳したが、竹中半兵衛にはお見通しで、
「御冗談を。貴殿の才覚でしょう」
ピクリ。
その言葉が秀吉の興味を引いた。
「ワシに才覚はありますかな?」
「ええ、かなり」
「ならば、どこまで出世しますかのう?」
探るように秀吉が問うと、
「小国は従える事が出来るでしょうな」
(たったのそれっぽっちけ?)
と内心では残念がったが、表面では、
「おお、それは凄い事だぎゃあ。百姓のワシが国持ち大名になれるだなんて」
「私が貴殿の配下にいれば国4つは持たせられますかな」
「ワシの配下になってちょ」
速攻で秀吉は頼み込んだのだった。
「御冗談を。稲葉山城は譲りませんよ」
「譲って貰えん事くらいは百姓出のワシにだって分かるわ」
「断られると分かってるのに来られたので?」
「織田の殿は遠回りをするのが好きな御仁なのでな」
「分かっていて諌めなかったのですかな?」
「言っても聞かねえでな、ありゃあ」
「大変ですな」
「美濃もな」
「違いない。ではこれにて」
そう断じた半兵衛が「会談は終わり」とばかりに立とうとしたが、
「ワシの配下にならんのなら知恵だけでも貸してちょ」
図々しく秀吉が呼び止めた。
「? 知恵とはどのような?」
「犬山城がいつ落ちるのか教えてちょ。その直前に鵜沼城を調略してワシの大手柄にするでな」
秀吉は手の内を明かしたが、竹中半兵衛が残念な子供を見るような顔で、
「無理ですな、諦められよ」
「鵜沼城くらいワシにだって落とせるだぎゃあ」
「そうではなくて、犬山城は来月には落ちますから。それまでに鵜沼城を調略、または落城させれないでしょ?」
「へっ、来月? 嘘じゃよな?」
「いいえ、松倉城に丹羽という将が入ったでしょ。その者が想像以上に優秀だったようで」
(へ~。殿が重宝するだけあって、五郎左はやはり使えるのじゃな~)
「では」
「いつまで城を乗っ取ってるつもりだぎゃあ?」
「近々退散しますよ」
「その後にでもワシの配下に・・・」
「なりませんよ」
「そこを何とか。この通りじゃから」
秀吉はそう言って芝居がかった演技で土下座したが、
「見え透いた事は止められよ、木下殿。では」
竹中半兵衛は奥に引っ込んでいったのだった。
小牧山城に戻った秀吉はさっぱりした顔で、
「殿、無理ですな、ありゃあ。渡した殿の書状すら読みませんでしたから」
「その割には機嫌が好さそうだな、サル」
「竹中曰く、来月には犬山城が落ちるそうなので。それが本当なら尾張一統が叶いますれば」
「ほう、そう言ったか、そやつは」
(本当に犬山城が来月に落ちたら少し気持ちが悪いな)
チラッと信長は思ったのだった。
「他には何を言っていた?」
「五郎左殿が使えると称しておりましたぞ」
「そんな事はとっくに知っておるわ」
信長はそう吐き捨てたのだった。
それはいきなり起こった。
尾張国は平穏無事である。何も起こってはいない。
起こったのは隣国の美濃国なのだから。
美濃では領主の斎藤龍興の居城の稲葉山城が乗っ取られていた。
竹中半兵衛が率いる16人によって。
稲葉山城落城の報告を秀吉は城代を務める蜂須賀城で聞いた訳だが。
「美濃の稲葉山城って蜂須賀城みたいにショボイのかや?」
「そんな訳あるか、兄者。清洲や小牧山並みじゃぞ」
「それをたった一隊で?」
まだ人数までは分かっていなかったので一隊と思われていた。
「ああ、凄い奴が居たもんだな」
「・・・それ、嘘じゃにゃあのけ?」
秀吉がそう思うのも無理はない。
一隊で小牧山城を乗っ取る?
秀吉でも不可能だ。
「嘘じゃないから大騒ぎになってるんだよ、兄者」
「でも、どうして主君の城をその竹中は乗っ取ったんだぎゃあ? 殿になりたかったのか?」
「知らん」
「ふむ。よう分からん事をする男だのう。美濃の家臣の癖して織田が利するような真似をして」
「竹中が稲葉山城を乗っ取ると、どう織田が得をするのじゃ、兄者?」
「『美濃の斎藤はもう終わりじゃ』と宣伝してくれておるのだから、織田が得をしておるじゃろうが」
秀吉はそんな呑気な感想を呟いたが。
小牧山城の方は大騒ぎだった。
「その竹中に美濃半国を与えるから稲葉山城をワシに渡せと伝えろ」
信長が眼の色を変えて部下に命令を出していた。
稲葉山城とは美濃国の主城なのだから。
そこを押さえたら、もう美濃は制圧したも当然なのだ。
信長が躍起になるのも無理はない。
「絶対に竹中を調略せよ」
そう言明した。
だが、誰も竹中を調略出来なかった。
林も、柴田も、佐久間も、平手も、池田も。
使えん連中だ。
それが家臣達に対する信長の評価である。
「そうだ、五郎左を・・・いや、あやつは木曽川の水運封鎖をしておる最中か。よし、蜂須賀城にいるサルを呼び戻せ」
信長が丹羽長秀を呼び戻そうとして諦め、代わりに秀吉を呼び戻す事を思い立ったのは、稲葉山城が乗っ取られた2ヶ月後の4月の事だった。
竹中半兵衛が稲葉山城を乗っ取った期間は半年なのだから、まだ余裕で日数はある訳だが。
秀吉は渋々と小牧山城に戻ってきた。
信長に呼び出されて小牧山城の広間に入ると、
「サル、竹中半兵衛を調略して稲葉山城を明け渡すように伝えてこい」
(何を言っておるんじゃ、この殿は。竹中が尾張に稲葉山城を献上するつもりなら乗っ取った時に繋ぎを付けてとっくに献上しておるわ。2ヶ月経っても献上しておらんのだから城を譲る意思がねえって事なのに)
と内心で思っても口に出来ぬのが身分差である。
なので、秀吉はトンチを利かせて、
「殿は遠回りをなさるのが好きですな~」
「何だと?」
「今や美濃は大混乱。援軍も出せぬでしょうから、犬山城や美濃の他の城を落とす好機でありましょうに」
「犬山城は五郎左が取り掛かっておるであろうが。おまえは五郎左の代わりだ。余計な事は言わずに、さっさと行ってこい」
さっさと秀吉に稲葉山城に行くように命じ、信長はしたためた書状を渡したのだった。
そんな訳で秀吉は信じられない事に、信長が抱えている忍びの協力の許、美濃の井之口から稲葉山城の城内まで忍び込んでいた。
眼の前には既に竹中半兵衛がいる。
どう見ても優男だったが。
(こやつが稲葉山城を乗っ取った首謀者のう)
「おお、大物が釣れ申したな。遂に木下殿が自ら参られたか」
「ほへ? ワシが大物というのは?」
「美濃では貴殿の評価は高いのですよ。まあ、恨みですが」
「村を焼いたのは命令で仕方なくですぎゃあ」
秀吉はそう言い訳したが、竹中半兵衛にはお見通しで、
「御冗談を。貴殿の才覚でしょう」
ピクリ。
その言葉が秀吉の興味を引いた。
「ワシに才覚はありますかな?」
「ええ、かなり」
「ならば、どこまで出世しますかのう?」
探るように秀吉が問うと、
「小国は従える事が出来るでしょうな」
(たったのそれっぽっちけ?)
と内心では残念がったが、表面では、
「おお、それは凄い事だぎゃあ。百姓のワシが国持ち大名になれるだなんて」
「私が貴殿の配下にいれば国4つは持たせられますかな」
「ワシの配下になってちょ」
速攻で秀吉は頼み込んだのだった。
「御冗談を。稲葉山城は譲りませんよ」
「譲って貰えん事くらいは百姓出のワシにだって分かるわ」
「断られると分かってるのに来られたので?」
「織田の殿は遠回りをするのが好きな御仁なのでな」
「分かっていて諌めなかったのですかな?」
「言っても聞かねえでな、ありゃあ」
「大変ですな」
「美濃もな」
「違いない。ではこれにて」
そう断じた半兵衛が「会談は終わり」とばかりに立とうとしたが、
「ワシの配下にならんのなら知恵だけでも貸してちょ」
図々しく秀吉が呼び止めた。
「? 知恵とはどのような?」
「犬山城がいつ落ちるのか教えてちょ。その直前に鵜沼城を調略してワシの大手柄にするでな」
秀吉は手の内を明かしたが、竹中半兵衛が残念な子供を見るような顔で、
「無理ですな、諦められよ」
「鵜沼城くらいワシにだって落とせるだぎゃあ」
「そうではなくて、犬山城は来月には落ちますから。それまでに鵜沼城を調略、または落城させれないでしょ?」
「へっ、来月? 嘘じゃよな?」
「いいえ、松倉城に丹羽という将が入ったでしょ。その者が想像以上に優秀だったようで」
(へ~。殿が重宝するだけあって、五郎左はやはり使えるのじゃな~)
「では」
「いつまで城を乗っ取ってるつもりだぎゃあ?」
「近々退散しますよ」
「その後にでもワシの配下に・・・」
「なりませんよ」
「そこを何とか。この通りじゃから」
秀吉はそう言って芝居がかった演技で土下座したが、
「見え透いた事は止められよ、木下殿。では」
竹中半兵衛は奥に引っ込んでいったのだった。
小牧山城に戻った秀吉はさっぱりした顔で、
「殿、無理ですな、ありゃあ。渡した殿の書状すら読みませんでしたから」
「その割には機嫌が好さそうだな、サル」
「竹中曰く、来月には犬山城が落ちるそうなので。それが本当なら尾張一統が叶いますれば」
「ほう、そう言ったか、そやつは」
(本当に犬山城が来月に落ちたら少し気持ちが悪いな)
チラッと信長は思ったのだった。
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