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ヌワカロール領
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ジュリエッタはのどかな田園風景のあぜ道を進んでいた。小麦畑が一面に広がり、丘の斜面には葡萄棚が並んでいる。
「バルベリは恵み豊かなのね」
バルベリ領では秋に小麦の収穫が行われる。半分ほどは既に収穫されていたが、まだ辺りには金色の畑が残っていた。
しばらく行くと、一帯の畑の様相が変わった。
「一面には同じ作物を植えているのね。何の畑かしら?」
同行していた村長が言う。
「これは根菜の畑でやんす。カブを育てているんでやんす」
「まあ、カブ、大好き! こんなに広い場所を全てカブ畑にしているのね」
ジュリエッタにとって、田園とは穀物を育てるという印象しかない。公爵領の田園もほとんどは麦だ。根菜やカボチャのような野菜は小さな畑でちまちまと作るものだと思っていた。
(こんなに大量のカブをどうするのかしら。ここは城郭が近いから、都市に出荷するのかしら。それにしてもすごい量だわ)
しばらく行くと、シロツメクサの群生があった。
(まあ、ここにも)
泉付近ではまばらに生えていたシロツメクサだが、そこには、随分とぎっしりとシロツメクサの群生が詰まっている。
「もしかして、シロツメクサも収穫するの?」
「いいえ、ここは休耕地でやす。休耕地にはシロツメクサの種をまくことになっているんでやす」
(休耕地なのに種を蒔いても大丈夫なのかしら)
同じ作物ばかり育っていると土地がやせてくる。そのために、大麦、小麦、休耕地、と3年で一回転させる輪作が農家には普及しているはずだった。
その晩、村長の家で振る舞われたシチューはとてもおいしかった。野営している騎士らとともに屋外で食べる。
「まあ、お肉がたくさん入っているわ」
「昨日のポトフにもお肉がたくさん入っていましたわ」
「私が寝ている間に、そんなご馳走を食べてたのね」
ジュリエッタは頬を膨らませた。侯爵に尋ねてみた。
「村長は随分と私たちを歓迎してくれているのね。もしかしてあなたがお肉を用意してくれたの?」
「いや、俺は何も」
となると、ファビオ・ヌワカロールが手を回したに違いない。
家畜はとても貴重だ。育てている農家ですら自家用に消費するのは年に何度もないだろう。
(これだけのお肉を用意するのは大変だっただろうに。村長は無理したんじゃないかしら)
しかし、村長は心からジュリエッタらを歓迎しているらしく、表情には少しも陰りはなく朗らかだった。
翌日、村長の家を出発することになった。
一行の前を、豚の集団が横切るのに出くわした。まだ幼い少年らが豚がはぐれないように見張っている。小屋から牧草地へと連れて行くのだ。
少年たちは一行を見ると、物珍しそうに寄ってきた。
「騎士さまだ!」
「剣を下げてる。すんげえ、本物の騎士さまだべ!」
村の子どもにとって、騎士はよほど珍しいのだろう。ペタペタと触ってくる。
ジュリエッタを見ると声を上げた。
「うわあ、きれいな人だなあ! 色が白くて細くて、アンの百倍きれいだ!」
「まあ、アンさんに失礼よ、比べたらダメ!」
ジュリエッタが言うと少年は口ごもった。
「トムはアンにいつも村で一番きれいだって言ってるから」
「トムって誰かしら」
別の少年が言う。
「トムはこいつの父ちゃんで、アンはこいつの母ちゃん!」
「まあ、ごちそうさま。仲の良いご両親なのね」
少年の母親と比べられたジュリエッタは内心、複雑だった。
それにしても健康そうな豚が数多くいることに目を見張る。飼料がたくさん必要な家畜は豊かさの象徴でもある。
「まあ、牛もあんなにたくさん」
遠くの放牧地には牛が数多くいる。
家畜には多くの作物が飼料として必要になるために、家畜が多いということはそれだけ作物の出来高も多いということだ。
(バルベリはとても肥沃な土壌があるのだわ。これならレオナルダ領の四倍の収入があるのも納得できるわね)
ジュリエッタは、領地に出て早い段階で、バルベリ領の豊かさを実感していた。
次の村に移動するも、そこもまた同じく豊かだった。
(この地は驚くほど豊かだわ、私に何かできることがあるのかしら……)
不思議なことに、どの村の田園にも、休耕地にはシロツメクサが茂っており、ただっぴろいカブ畑がある。
(バルベリ人ってとってもカブが好きなのねえ)
そうやって農家に宿を借りつつ移動して半月ほど過ぎたころ、街道にぶつかった。街道を進むと民家が立ち並ぶ場所が見えてきた。
「ここには随分と大きな村があるのね」
鍛冶屋や大工などの職工もいる、かなりの規模の村だった。
教会が見えてきたところで、ジュリエッタは首をひねった。こんな立派な教会は領主がいる場所にしかない。
侯爵が教会の向こうにある木立を指した。
「あれがヌワカロール城だ」
そこはバルベリ領に隣接するヌワカロール領だった。
「ここがゴールだよ」
ジュリエッタらの領地巡りは、ヌワカロール領が終点になっていた。
***
ヌワカロール城は木立のなかにあった。
(そういえば、ファビオは追いついてこなかったわね。私がつけた騎士に気づいて、怖気づいたのかしら)
城に入れば夫人が出迎えてきた。ファビオの姿はない。
「侯爵さま、それに、ご夫人さま、はじめまして。ファビオの妻、セシルでございます。お待ちしておりましたわ」
セシル夫人は善良そうな笑みを向けてきた。セシルの後ろで小さな女の子が顔だけを出している。抱き上げることができるほどの幼い少女だ。
「あなたはだあれ? 私はジュリエッタよ」
「うふふっ、きゃはぁっ」
女の子は完全に母親の後ろに隠れてしまった。それでもジュリエッタのことが気になるのか、顔を出してくる。
「ごあいさつなさい」
母親にそう言われて、もじもじと出てきた。
「エシェルでしゅ。うふふっ」
そう言うなりまた隠れてしまった。
「エセル、よろしくね」
***
ジュリエッタが通された部屋でドレスに着替えていると、ドアから、「うふふ」と可愛い声が聞こえてきた。ハンナと顔を見合わせて目くばせする。
「今日もハンナの頭の上で妖精たちが楽しそうに踊っているわ」
「あら、姫さまの妖精たちは、姫さまの鼻を枕にして寝転んでいますわよ」
「まあ、大変、ちゃんと仕事をするように叩き起こさないといけないわね」
そこで幼い声が聞こえてきた。エセルが部屋に入ってきたのだ。
「ようせいのおしごと、なあに?」
「それはね、主人の周りで踊りながら幸せの粉を振りかけることよ」
「エシェルにもいる?」
「たくさんの妖精がエセルの周りで働いているわ」
「エシェルには見えないの」
「見ようとすれば見えなくて、見ようしなければ見えるのよ」
「うふふ、エシェルのようせい、いっぱいはたらいてね」
エセルは飛び飛びした。
「ジュリエッタしゃま、かみにさわっていい?」
ジュリエッタは着替える前に湯あみで汗を流したところだ。だから汚れていないはずだ。
「ええ、もちろんよ」
エセルはジュリエッタの髪を触り始めた。
「赤くてとってもきれい」
ハンナが気を利かせて言ってきた。
「エセルさま、ジュリエッタさまと同じ髪型にして差し上げましょうか」
「もう少し小ぶりの髪飾りがあったわね。エセルにもつけてあげて」
エセルは目を輝かせて、鏡台の前に座った。
ヌワカロール城での晩餐もとても豊かなものだった。王都での食事のように洗練されたものではないが、牛肉や豚肉をふんだんに使った豪快な料理だ。
出てくる料理にジュリエッタは声を上げる。王都を出てより、少しずつ淑女の嗜みがジュリエッタからはがれているが、本人は気づいていない。
「まあ、ビーフシチューだわ! 私、シチュー、大好き!」
「エシェルも!」
「まあ、ポークソテー! 私、ポークソテー、大好き!」
「エシェルも!」
「まあ、マロングラッセ! 私、マロングラッセ、大好き!」
「エシェルも!」
エセルはジュリエッタにすっかり懐いて、ジュリエッタの真似ばかりしている。セシル夫人も最初のうちはエセルを同席させることを申し訳なさそうにしていたが、ジュリエッタとすっかり仲良くしているのを見て、嬉しそうな顔で眺めるようになった。
ハンナもヤンスも同じテーブルに着いての賑やかな食事だ。楽しいひとときに、領地経営のことを忘れた夜だった。
部屋に戻ったジュリエッタは、ネグリジェに着替えた。
農家では、シャツにズボンで寝ていたために、ネグリジェを着るのは久しぶりだ。スプリングの効いたベッドも久しぶりで、今夜はゆったりと眠ることができそうだ。
ジュリエッタはハンナに言った。
「私、侯爵さまのこと許すことに決めたわ」
さすがハンナはジュリエッタが何も話さないでもわかっているようで、ここのところ、侯爵への冷たい当たりはすっかり鳴りを潜めていた。
侯爵はずっとジュリエッタに付き従い、まるで従者のように気を配ってくれている。そのことをジュリエッタも、そして、ハンナもまたよくわかっていた。
(だから、夫婦にはなれないけど、友だちにならなってもいいわ)
「ええ、ええ、侯爵さまは本当に良いお方ですわ。あんなに良いお方ですもの、姫さまも許すと思っておりましたわ」
そんな会話を交わした次の朝、ベッドにいるジュリエッタは温もりに包まれていた。
(ああ、あったかいわ。侯爵さまがいるのね……)
侯爵の体温はジュリエッタやハンナよりも高い。だから馬上ではジュリエッタはいつもぬくぬくと過ごしている。
ジュリエッタはもぞもぞと体を動かして、両手両足で絡みついた。
(もっとくっつきたいわ、ずっとぬくぬくしていたい……)
そこまで考えてぼんやりと目を開けた。そこにはたくましい胸がある。ジュリエッタは思わず頬を擦り付ける。
(わー、あったかーい。……ん? じょり? じょりじょり?)
ひたいにざらざらするものが当たる。顔を上げれば侯爵のあごだった。
(何だ、侯爵さまのあごか、ひげがちょっと生えてきたのね…………ん? え? こ、こ、こ、こ、こーしゃく?!)
ジュリエッタは飛び起きた。
「バルベリは恵み豊かなのね」
バルベリ領では秋に小麦の収穫が行われる。半分ほどは既に収穫されていたが、まだ辺りには金色の畑が残っていた。
しばらく行くと、一帯の畑の様相が変わった。
「一面には同じ作物を植えているのね。何の畑かしら?」
同行していた村長が言う。
「これは根菜の畑でやんす。カブを育てているんでやんす」
「まあ、カブ、大好き! こんなに広い場所を全てカブ畑にしているのね」
ジュリエッタにとって、田園とは穀物を育てるという印象しかない。公爵領の田園もほとんどは麦だ。根菜やカボチャのような野菜は小さな畑でちまちまと作るものだと思っていた。
(こんなに大量のカブをどうするのかしら。ここは城郭が近いから、都市に出荷するのかしら。それにしてもすごい量だわ)
しばらく行くと、シロツメクサの群生があった。
(まあ、ここにも)
泉付近ではまばらに生えていたシロツメクサだが、そこには、随分とぎっしりとシロツメクサの群生が詰まっている。
「もしかして、シロツメクサも収穫するの?」
「いいえ、ここは休耕地でやす。休耕地にはシロツメクサの種をまくことになっているんでやす」
(休耕地なのに種を蒔いても大丈夫なのかしら)
同じ作物ばかり育っていると土地がやせてくる。そのために、大麦、小麦、休耕地、と3年で一回転させる輪作が農家には普及しているはずだった。
その晩、村長の家で振る舞われたシチューはとてもおいしかった。野営している騎士らとともに屋外で食べる。
「まあ、お肉がたくさん入っているわ」
「昨日のポトフにもお肉がたくさん入っていましたわ」
「私が寝ている間に、そんなご馳走を食べてたのね」
ジュリエッタは頬を膨らませた。侯爵に尋ねてみた。
「村長は随分と私たちを歓迎してくれているのね。もしかしてあなたがお肉を用意してくれたの?」
「いや、俺は何も」
となると、ファビオ・ヌワカロールが手を回したに違いない。
家畜はとても貴重だ。育てている農家ですら自家用に消費するのは年に何度もないだろう。
(これだけのお肉を用意するのは大変だっただろうに。村長は無理したんじゃないかしら)
しかし、村長は心からジュリエッタらを歓迎しているらしく、表情には少しも陰りはなく朗らかだった。
翌日、村長の家を出発することになった。
一行の前を、豚の集団が横切るのに出くわした。まだ幼い少年らが豚がはぐれないように見張っている。小屋から牧草地へと連れて行くのだ。
少年たちは一行を見ると、物珍しそうに寄ってきた。
「騎士さまだ!」
「剣を下げてる。すんげえ、本物の騎士さまだべ!」
村の子どもにとって、騎士はよほど珍しいのだろう。ペタペタと触ってくる。
ジュリエッタを見ると声を上げた。
「うわあ、きれいな人だなあ! 色が白くて細くて、アンの百倍きれいだ!」
「まあ、アンさんに失礼よ、比べたらダメ!」
ジュリエッタが言うと少年は口ごもった。
「トムはアンにいつも村で一番きれいだって言ってるから」
「トムって誰かしら」
別の少年が言う。
「トムはこいつの父ちゃんで、アンはこいつの母ちゃん!」
「まあ、ごちそうさま。仲の良いご両親なのね」
少年の母親と比べられたジュリエッタは内心、複雑だった。
それにしても健康そうな豚が数多くいることに目を見張る。飼料がたくさん必要な家畜は豊かさの象徴でもある。
「まあ、牛もあんなにたくさん」
遠くの放牧地には牛が数多くいる。
家畜には多くの作物が飼料として必要になるために、家畜が多いということはそれだけ作物の出来高も多いということだ。
(バルベリはとても肥沃な土壌があるのだわ。これならレオナルダ領の四倍の収入があるのも納得できるわね)
ジュリエッタは、領地に出て早い段階で、バルベリ領の豊かさを実感していた。
次の村に移動するも、そこもまた同じく豊かだった。
(この地は驚くほど豊かだわ、私に何かできることがあるのかしら……)
不思議なことに、どの村の田園にも、休耕地にはシロツメクサが茂っており、ただっぴろいカブ畑がある。
(バルベリ人ってとってもカブが好きなのねえ)
そうやって農家に宿を借りつつ移動して半月ほど過ぎたころ、街道にぶつかった。街道を進むと民家が立ち並ぶ場所が見えてきた。
「ここには随分と大きな村があるのね」
鍛冶屋や大工などの職工もいる、かなりの規模の村だった。
教会が見えてきたところで、ジュリエッタは首をひねった。こんな立派な教会は領主がいる場所にしかない。
侯爵が教会の向こうにある木立を指した。
「あれがヌワカロール城だ」
そこはバルベリ領に隣接するヌワカロール領だった。
「ここがゴールだよ」
ジュリエッタらの領地巡りは、ヌワカロール領が終点になっていた。
***
ヌワカロール城は木立のなかにあった。
(そういえば、ファビオは追いついてこなかったわね。私がつけた騎士に気づいて、怖気づいたのかしら)
城に入れば夫人が出迎えてきた。ファビオの姿はない。
「侯爵さま、それに、ご夫人さま、はじめまして。ファビオの妻、セシルでございます。お待ちしておりましたわ」
セシル夫人は善良そうな笑みを向けてきた。セシルの後ろで小さな女の子が顔だけを出している。抱き上げることができるほどの幼い少女だ。
「あなたはだあれ? 私はジュリエッタよ」
「うふふっ、きゃはぁっ」
女の子は完全に母親の後ろに隠れてしまった。それでもジュリエッタのことが気になるのか、顔を出してくる。
「ごあいさつなさい」
母親にそう言われて、もじもじと出てきた。
「エシェルでしゅ。うふふっ」
そう言うなりまた隠れてしまった。
「エセル、よろしくね」
***
ジュリエッタが通された部屋でドレスに着替えていると、ドアから、「うふふ」と可愛い声が聞こえてきた。ハンナと顔を見合わせて目くばせする。
「今日もハンナの頭の上で妖精たちが楽しそうに踊っているわ」
「あら、姫さまの妖精たちは、姫さまの鼻を枕にして寝転んでいますわよ」
「まあ、大変、ちゃんと仕事をするように叩き起こさないといけないわね」
そこで幼い声が聞こえてきた。エセルが部屋に入ってきたのだ。
「ようせいのおしごと、なあに?」
「それはね、主人の周りで踊りながら幸せの粉を振りかけることよ」
「エシェルにもいる?」
「たくさんの妖精がエセルの周りで働いているわ」
「エシェルには見えないの」
「見ようとすれば見えなくて、見ようしなければ見えるのよ」
「うふふ、エシェルのようせい、いっぱいはたらいてね」
エセルは飛び飛びした。
「ジュリエッタしゃま、かみにさわっていい?」
ジュリエッタは着替える前に湯あみで汗を流したところだ。だから汚れていないはずだ。
「ええ、もちろんよ」
エセルはジュリエッタの髪を触り始めた。
「赤くてとってもきれい」
ハンナが気を利かせて言ってきた。
「エセルさま、ジュリエッタさまと同じ髪型にして差し上げましょうか」
「もう少し小ぶりの髪飾りがあったわね。エセルにもつけてあげて」
エセルは目を輝かせて、鏡台の前に座った。
ヌワカロール城での晩餐もとても豊かなものだった。王都での食事のように洗練されたものではないが、牛肉や豚肉をふんだんに使った豪快な料理だ。
出てくる料理にジュリエッタは声を上げる。王都を出てより、少しずつ淑女の嗜みがジュリエッタからはがれているが、本人は気づいていない。
「まあ、ビーフシチューだわ! 私、シチュー、大好き!」
「エシェルも!」
「まあ、ポークソテー! 私、ポークソテー、大好き!」
「エシェルも!」
「まあ、マロングラッセ! 私、マロングラッセ、大好き!」
「エシェルも!」
エセルはジュリエッタにすっかり懐いて、ジュリエッタの真似ばかりしている。セシル夫人も最初のうちはエセルを同席させることを申し訳なさそうにしていたが、ジュリエッタとすっかり仲良くしているのを見て、嬉しそうな顔で眺めるようになった。
ハンナもヤンスも同じテーブルに着いての賑やかな食事だ。楽しいひとときに、領地経営のことを忘れた夜だった。
部屋に戻ったジュリエッタは、ネグリジェに着替えた。
農家では、シャツにズボンで寝ていたために、ネグリジェを着るのは久しぶりだ。スプリングの効いたベッドも久しぶりで、今夜はゆったりと眠ることができそうだ。
ジュリエッタはハンナに言った。
「私、侯爵さまのこと許すことに決めたわ」
さすがハンナはジュリエッタが何も話さないでもわかっているようで、ここのところ、侯爵への冷たい当たりはすっかり鳴りを潜めていた。
侯爵はずっとジュリエッタに付き従い、まるで従者のように気を配ってくれている。そのことをジュリエッタも、そして、ハンナもまたよくわかっていた。
(だから、夫婦にはなれないけど、友だちにならなってもいいわ)
「ええ、ええ、侯爵さまは本当に良いお方ですわ。あんなに良いお方ですもの、姫さまも許すと思っておりましたわ」
そんな会話を交わした次の朝、ベッドにいるジュリエッタは温もりに包まれていた。
(ああ、あったかいわ。侯爵さまがいるのね……)
侯爵の体温はジュリエッタやハンナよりも高い。だから馬上ではジュリエッタはいつもぬくぬくと過ごしている。
ジュリエッタはもぞもぞと体を動かして、両手両足で絡みついた。
(もっとくっつきたいわ、ずっとぬくぬくしていたい……)
そこまで考えてぼんやりと目を開けた。そこにはたくましい胸がある。ジュリエッタは思わず頬を擦り付ける。
(わー、あったかーい。……ん? じょり? じょりじょり?)
ひたいにざらざらするものが当たる。顔を上げれば侯爵のあごだった。
(何だ、侯爵さまのあごか、ひげがちょっと生えてきたのね…………ん? え? こ、こ、こ、こ、こーしゃく?!)
ジュリエッタは飛び起きた。
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よろしくお願いいたします。
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誤字を教えてくださる方、ありがとうございます。
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