未来で愛人を迎える夫など、要りません!

文野多咲

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私が侯爵さまを幸せにする!2

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侯爵から息を飲んだような気配が伝わってきた。

唇を離したジュリエッタはもう一度言う。

「こうじゃくさば、ずぎ……。あいじていばぶ……」

侯爵はそのまま固まってしまい動かなくなってしまった。

室内が静まり返る。

窓の外から動物の鼻を鳴らすような声が聞こえてきた。続いて、使用人の声。

『よしよし、ペー、腹が減ったのか』

『ペー、今、ご飯をやるぞ』

『ぺーは、今日もよく頑張ったな』

(ペー? 犬かしら? どこら辺が、ぺー、なのかしら?)

『明日もたくさん乳を出すんだぞ』

(乳?)

『お前の乳のプリン、奥さまは喜んでくださってたな』

『明日は、乳のケーキだ』

(ペーってヤギなの? プリンは美味しかったわ。明日はケーキなのね?)

隙間風にカーテンが揺れる。侯爵は彫像のように動かない。

大好きなケーキと聞いてもジュリエッタは少しも嬉しくなかった。今の状況に涙が出そうだ。

(どうしよう……、動かなくなっちゃった……)

ジュリエッタはそろそろと侯爵にしがみつく手を外した。そして、体を離す。つらいのと恥ずかしいのとで涙が込み上げる。

「ご、ごべんなさい。わたじ、もどります……」

ベッドを降りようとした。そこで、ジュリエッタは、動けなくなった。侯爵が背中を抱きしめてきたからだった。

「ジュリエッタ………」

今度はジュリエッタが固まった。心臓が飛び出るほど早鐘を打つ。

(侯爵さま……!)

ジュリエッタは侯爵の腕を腕でぎゅっと抱いた。

「ジュリエッタ……、俺を好きだと言ったのか……?」

ジュリエッタは何度もうなづいて、喉から声を絞り出した。

「わたじを、つまに……、こうしゃくさまの妻にしてくだ……」

ジュリエッタは最後まで言えなかった。くるりと体を後ろに向けられて、侯爵が口づけてきたからだった。

それは優しくも熱い口づけだった。

***

先に目を覚ました侯爵は、ジュリエッタの寝顔を見つめていた。ジュリエッタの頬は薔薇色に染まり、口元は甘く笑んでいる。

昨夜、ダニーがいないのにジュリエッタが一緒に寝ようとしてきた意味を考えないでもなかったが、それでも、間違えていたらと、知らないふりを通すことにした。

本当の夫婦になってしまって、あとでジュリエッタが後悔すると思えば怖かった。

ジュリエッタの目に自分への深い情愛が浮かんでいるのを感じ取ってはいたが、それでも、ジュリエッタを傷つけるのが怖かった。

しかし、涙を浮かべて告白してきたジュリエッタを押し返すことなどできなかった。勇気を出して想いをぶつけてきてくれたジュリエッタがいじらしくて愛おしくてたまらなかった。

(こうなったら、全力で守るだけだ)

侯爵はジュリエッタの赤毛を一房持ち上げた。

「ジュリエッタ、愛しい人……。俺のすべてをあなたに捧げる……」

侯爵は赤毛に口づけた。

赤毛を降ろせば、ジュリエッタは首まで真っ赤になっており、唇はきつく引き締まっているものの震えている。

「ジュリエッタ、もしかして、起きてる?」

ジュリエッタは目を閉じたまま、ふるふると顔を横に振る。侯爵は笑みをこぼした。

「起きてるよね?」

ジュリエッタは目を閉じたまま、首を横に振るが、その顔がますます赤くなっていく。顔だけじゃなく全身が真っ赤だ。

「ジュリエッタ、あなたが愛おしくてしようがない……」

侯爵が囁く。

ジュリエッタの目が薄く開き、侯爵と目が合ったと思えば、侯爵にしがみついてきた。侯爵の胸に顔をうずめて顔を隠してしまった。

「愛しています。私も侯爵さまに全てを捧げます……。私が侯爵さまをお守りします」

「可愛いジュリエッタ、顔を見せて」

ジュリエッタはそう言われても顔を上げることができずにいる。

「ジュリエッタの顔が見たい」

「いやです……」

「じゃあ、俺の顔は見たくない? 俺もきっと赤い顔をしている。多分可笑しいほど赤い」

(見たい、侯爵さまの顔ならどんなものでも全部知りたいわ)

そこで、ジュリエッタは顔を上げた。確かに侯爵は赤い顔をしていた。しかし、少しも可笑しくなく、愛おしさが込み上げるばかりだった。ジュリエッタの胸は切なくなり、目に涙が浮かんできた。

「私、幸せ……」

「ジュリエッタ、俺もだよ。とても幸せだ」

ジュリエッタの目から涙がこぼれてきた。

ジュリエッタの頬を両手で包み込んで、顔を覗き込んできた侯爵の目にもうっすらと涙が浮かんでいた。

***

ここにも涙ぐむ人がいる。ハンナだ。

「びべざば……、バンナば、うれじゅうございまず……」

侯爵の寝室で昼過ぎまで過ごしたジュリエッタは、侯爵に抱えられてジュリエッタの部屋に戻ってきた。二人の纏う空気は変わっていた。愛を交わしたことは明らかだった。

それから侯爵邸では夫妻が仲睦まじく過ごす姿があちこちで見られた。これまでも仲睦まじかったが、糖度が別次元だ。

使用人らも騎士らも、二人の仲睦まじい姿に目を細めては微笑ましく眺めた。

それは暗雲に覆われるまでの、つかの間の幸福だった。
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