未来で愛人を迎える夫など、要りません!

文野多咲

文字の大きさ
33 / 53

私が侯爵さまを幸せにする!

しおりを挟む
(もう大丈夫、私は侯爵さまを信じられる。侯爵さまはシャルロットではなく、私を愛してくれる。予知夢とは違った未来になったのだわ)

ジュリエッタは、自分の寝室で鏡に向かっていた。

予知夢がなければ、ジュリエッタは侯爵を元平民だと疎んじたまま過ごし、贅沢三昧を続けていたはずだ。そして侯爵をシャルロットに奪われていた。予知夢のお陰で、自分の傲慢さを反省し、今や侯爵に愛を抱いている。

予知夢は警告だったのだ。

(侯爵さまを幸せにするのは、シャルロットではない、私よ。私が侯爵さまを愛し、そして、愛されて、侯爵さまを幸せにするの)

身を引くなどと、思えばそれもまた傲慢なことだった。好きなら、愛しているなら、縋りつけばいいのだ。たとえ惨めを晒そうとも、がむしゃらにしがみつけばよいのだ。

ジュリエッタに覚悟が整った。

鏡越しのハンナを見る。

「ハンナ、今夜は特別に丁寧に支度をしてくれる?」

ハンナは目を見開いた。

(姫さま、ついに?!)

(ええ、覚悟を決めたわ)

二人は黙ったまま言葉を交わす。

ハンナは目にじわりと涙を浮かべる。しばらく、ジュリエッタと見つめ合ったのち、やがて、ハンナの目がカッと見開かれた。自分の両頬をパシパシッと叩くと、充血した目をぎょろつかせる。

(このハンナ、持ちうる力をすべて費やして、姫さまの支度をさせていただきます)

ハンナの心の声がジュリエッタに聞こえてくる。

(すべて費やしては駄目よ。明日からの分を残しておいて)

(いいえ、すべて費やします! 明日は明日で新しい力が湧きますからご心配なく)

(まあ、頼もしいわね)

ジュリエッタの髪を梳くハンナの鼻息が静かな室内でうるさかった。

準備が整った。ジュリエッタは真新しいネグリジェに身を包んでいた。ハンナが大切に取っておいたものだ。これまで何度も『取っておき』を出してきたが、長らくしくじってきた。

しかし、今宵こそは、しくじりも最後になるはずだ。

薄衣に包まれたジュリエッタは輝いていた。

「ねえ、私、おかしくない? 侯爵さまに受け入れてもらえるかしら」

「心配しないでも、侯爵さまは猪突猛進してきますわ! でもあの侯爵さまですから、姫さまにはお優しく触れるはずです。姫さまはじっとしておられれば良いのです」

「じっとしていればいいのね?」

「ええ、殿方に全てを任せておけば良いのです。私が経験していないのが悔しいですわ。経験していればもっと姫さまにいろいろなことをお伝えできるのに」

「大丈夫よ、リタからも話を聞いたことがあるから」

ジュリエッタは乳母のリタから閨で何をするのかを聞いていた。さすがに娘であるハンナの前では言いづらかったのか、ハンナが席を外した場所でのことだった。

***

ジュリエッタは緊張した顔で侯爵の部屋を尋ねた。

侯爵はいつもの穏やかな笑みを浮かべて見つめてきた。

「今日はダニーはこっちに来てないけど」

ダニーを探しにきたと思ったようだった。

「ダニーはハンナに預けたの」

ジュリエッタはもうそれ以上何も話せなくなった。侯爵のベッドにぎくしゃくと足を運ぶと、横になって目をつむった。

侯爵は戸惑っているようだったが、ジュリエッタに掛布をかけると、足音が遠ざかった。それから、なかなかベッドに来る気配はない。薄目を開けると、机に向かったまま、書類でも片付けているようだった。

(やっぱり私は魅力的ではないのかしら)

ジュリエッタの気がくじけそうになる。

(自分の部屋に戻りたくなってきちゃった……。でも、駄目、侯爵さまの妻になって、侯爵さまを幸せにすると決めたのだから)

やっと灯りが暗くなり、侯爵が近づいてくる気配があった。

(来たわ……!)

まな板の上の鯉のような気持ちで、ジュリエッタは身を固くする。ギシリとベッドが音を立てる。しばらくするも、侯爵がジュリエッタに手を伸ばしてくることはない。

またもや薄目を開けると、侯爵はごろりと背を向けていた。

(どうして何もしてこないの?)

起きていることを知らせるために、コホンと咳をしてみた。

しばらく待っても侯爵に動きはない。ゴホゴホッ、と大げさに咳をしてみれば、侯爵は起き上がり、ジュリエッタに手を伸ばしてきた。

(ついにきたわ……!)

ジュリエッタは身構える。

侯爵はジュリエッタの額を触ってきた。その手つきは優しい。

(どうしよう、緊張する……)

ジュリエッタが一瞬気が遠くなるも、意識を取り戻したときには、ジュリエッタの首元まで掛布がかけられていた。

侯爵はジュリエッタの咳に体温を測るために額に触り、熱がないことがわかると、風邪をひかないように掛布をきっちり掛けてくれたようだ。

(世話の焼き方がまるでハンナ?!)

隣を見ればまたもや侯爵は背中を向けていた。

(やはり私は魅力がないのね……。でも、もう私は侯爵と本当の夫婦になるって決めたの! あなたにしがみつくんだから!)

ジュリエッタはムクリと起き上がった。

(ええい、ままよ)

ジュリエッタは、侯爵めがけて飛びついた。侯爵はビクッと驚いて体が揺れた。そして、そのままじっとしている。

ジュリエッタに次の手はない。ただ、侯爵の背中にぎゅっと抱き着くしかできない。侯爵は身動きもせず、じっとしている。

(これだけやっても駄目なの?)

ジュリエッタは混乱し、そのうち涙が込み上げてきた。

気が付けば、ジュリエッタは嗚咽し、しゃくりあげていた。侯爵が、ぎょっとしたように振り向いた。

「ジュリエッタ……?」

「侯爵さま……、グスッ……」

「どうした?! どこか痛いのか?」

侯爵は大げさなほど心配した声を上げている。

「違います……、ズビッ……」

「では、お腹が空いたのか?!」

「ち! ち、が、い、ま、す!」

「では、どうした?!」

「ぁ、ぃ、じで……」

「え?」

「ご、ごうじゃぐざま、あいじでいばぶ……」

ジュリエッタの舌は肝心なときに故障してしまった。

「え? 何?」

「あいじでいばぶ……」

「え? 悪いが、もう一度」

「あいじでいばぶ!」

「え? もう少しはっきり」

「あいじでいばぶ!」

「え? もう少しゆっくり」

(お願いだから伝わって!)

ジュリエッタは侯爵に抱き着いて、唇に唇を押し付けた。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

処理中です...