竜族への生贄かと思ったら、王子の愛妻になったのですが。

高城

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(15)懐かしい味と知らない君①

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 翌朝、館に差し込む光は昨日と何ひとつ変わらず、眩い黄金色を床に滲ませていた。けれど食堂に座る顔ぶれには、確かに違いがあった。

 大きく欠伸をした後にテーブルに頬杖をつくエルマーと、端正な所作でナイフを持つギルフォード。その隣には、どこか所在なげに座るアイザックとテオの姿があった。リアは、レオンハルトが彼らのために用意した追加の食器を並べるのを見ながら、昨日の夜テラスで見た星のように、少しだけ心を澄ませていた。

「いただきます」

 声を揃えた後、静かに食事は進んだ。違和感があるとすれば、それは沈黙ではなく、沈黙の聞こえ方だった。ナイフとフォークが皿に触れる音。スープを啜る小さな音。息を飲むように食べる、アイザックとテオの仕草。言葉よりも、そうした音がこの場を語っていた。

「ギル。今日も、夕方までは書類整理か?」

 不意に、食事を終えたエルマーがナプキンで口を拭いながら、ギルフォードに視線を向けた。ギルフォードは何の変哲もない顔で頷く。

「仕事が山積みだからな。先月に新しい住人が増えた分、調整も必要だ」
「じゃあ、僕は花壇の掃除してくるね」

 立ち上がったギルフォードに軽く目を合わせ、レオンハルトが言った。ギルフォードはリアの隣を通り過ぎる時、一瞬だけ視線を落とした。

「なんかありゃ、書斎に来い」

 小さく呟かれた言葉に、リアは気付かれないように、そっと笑んだ。
 全員がそれぞれの持ち場へ散っていったあと、リアはアイザックとテオに声をかけた。

「二人とも、こっち。部屋、案内するから」
「……リアの部屋?」

 テオが眉を寄せて訊き返す。リアは頷いた。

「そう。でも、午前中は竜族の文字の勉強してるの。見ててもつまらないとは思うけど、二人きりで退屈してるよりはいいでしょ?」

 アイザックとテオは目を見合わせ、しばらく何かを言いたげにしたあと、無言で頷いた。階段を上がる三人の足音が、館の静寂に溶けてゆく。
 リアの部屋は広い個室で、村人からすれば考えられないほど豪華だった。窓辺には机と椅子、棚には見知らぬ言葉で書かれた本が所狭しと並んでいる。明るく整えられている部屋の中、机の上には分厚い本と、丁寧な筆跡で綴られたメモ帳が置かれていた。

「こんなの読んでるのか?」

 テオが目を丸くして、本の背表紙を指さした。

「読んでるというか……読めるようになりたくて、何回も書き写してるんだ。意味は、まだ全部は分からないけどね」

 リアが苦笑まじりにメモ帳をめくると、そこには不格好だが努力の跡が滲んでいた。シミのついたページ、掠れたインク。繰り返された同じ単語。 

 アイザックはしばらく黙って、それらを見つめていた。

「……なんで、そんなに。勉強なんてするんだよ」

 リアは言葉に詰まった。理由なら幾つもあったけれど、それを今、兄と幼馴染に対して、どう言えばいいのか分からなかった。

「必要だから。竜族と生きていくには、きっと……こういう、細かい努力が大事かなって」
「でも、お前は人間だろ」

 アイザックの声に棘はなかった。ただ、何かを確かめるような沈んだ響きだけがあった。
 リアは、俯いて静かに答える。

「そうだよ。でも、ここに来た時点で、もう半分は竜族になったと思ってる」

 静寂が落ちた。風が窓の隙間を抜ける音が、遠くに聞こえた。
 昼食の後、食堂から出ていくとき、アイザックとテオの食器だけが空になっていなかった。どうやら食事のペースが遅いというよりも、そもそも食べ慣れていないようだった。

「お腹、空いてる?」

 ギルフォード達が立ち去った後、リアがそっと尋ねると、二人は少し驚いたように顔を上げた。

「……まぁ。でも、なんて言っていいのか分かんねえ」
「ふふ。私も、ここに来た最初はそうだったよ」

 リアはにこりと笑い、食堂の隣のキッチンへ足を運ぶ。
 彼女は戸棚からいくつかの食材を取り出し、人間の食性に合わせて味付けを工夫しながら、焼いた肉と小さなパン、軽いスープを用意した。

「はい。これなら、もう少し食べやすいと思う」

 木の盆に載せられた料理を見て、テオの目が丸くなる。

「これ、……村の、パンの匂いがする」
「うん。村にいる時によく作ってたもん。パンに干し果物を練り込んだやつと、こっちは豆のスープ。優しい味にしてあるから、焦らずゆっくり食べて」

 二人は戸惑いながらも、その温もりに手を伸ばした。口に運ぶたび、少しずつ顔色が明るくなっていく。

「……美味い」

 小さな声で、テオがぽつりと呟いた。

「リアの料理、懐かしいな」

 アイザックも、ほとんど無意識のように静かに口にした。
 その様子を見ていたリアは、嬉しいような苦しいような、何とも言えない感情に包まれていた。抱きしめたくなるほどの懐かしさと、遠くへ来てしまった寂しさと――そんな両方に胸がギュッとなった。
 段々と、この場所に馴染み始めている自分を、二人はどう思っているのだろう。馴染むことは、裏切ることなのだろうか。

「リア」

 ふいに、アイザックが顔を上げて、まっすぐ彼女を見た。

「ここでの暮らし、楽しいか?」

 問いかけの奥にあるものに、リアは息を呑んだ。そして、目を逸らさずにゆっくりと、でも確実に頷いた。

「今は楽しいよ。怖いことも、不安なことも、分からないことも多いけど……それでも、皆助けてくれるから」

 アイザックは何も言わず、視線を落とした。テオもまた、静かにパンを噛みしめていた。
 窓の外では、初夏の風が白い花を揺らしていた。その音が、何かを包みこむように、そっと彼らの間に流れていた。

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