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到着
しおりを挟む二日も経たずにバトラー伯爵家へと到着した。
デューク様の指示でスムーズに進むことができたからかもしれない。馬車の中に閉じこもっていた僕には、どのような進行をしていたのか、はっきりとしたことはわからない。
「降りろ」
馬車の扉をノックされる。
言われるまま鞄を手に持ち馬車から出ようとすると、横から手が伸びてきて動きを止めてしまった。
僕の手よりも倍は大きい骨ばった太い指と、手のひらにできたタコが印象的な手をじっと見つめる。
「はやく捕まれ」
「あっ、はい……」
慌てて手を重ねると、その瞬間ふんわりと胸の中に温かさが溢れだす。思わず手の持ち主の方を見ると、赤い瞳と視線が交わって目を見開いた。
「デューク様……?」
「そうだ。とりあえずはやく降りろ。それとも担いでほしいのか?」
「い、いえっ。ごめんなさい」
手をしっかりと掴んで馬車を降りると、デューク様を見上げる。
近くで見ると本当に大きい。まるで熊のようだ。野性味を含ませた美丈夫。
(オリビアと並んだらきっとお似合いだったろうな……)
そんなことを思ってしまうのは、まだ心の整理が上手くできていないからだ。自分がこの人に嫁ぐという実感がない。
「細いな。腹が減っただろう。晩飯にしよう」
手を繋がれたまま屋敷の中へと連れて行かれそうになる。離そうにも、しっかりと手を指に包まれていて振りほどくこともできない。
「……あの……手が……」
「屋敷の中は複雑だ。迷ってもいいなら離せ」
ぶっきらぼうに答えられて口篭ってしまう。迷うのは嫌だ。けれど、手を繋いでいることで感じてしまう、ソワソワとした感覚にも困らされてしまう。
結局離すことができず、そのまま中を案内してもらうことになった。
護衛をしてくれた騎士の方達はいつの間にか居なくなっている。二人きりで屋敷内を進むのは、すごく緊張する。
ぶっきらぼうな低い声音は威圧感があって怖い。それに刃物のように鋭い瞳で見つめられると、酷く喉が乾く感覚がするのだ。
「荷物はそれだけなのか?」
「……そうです」
「後から届くのなら管理してるやつに伝えておく」
「い、いえっ。これで全部です」
「遠慮してるのか?服でも装飾品でも、好きなものを持ち込めばいい。ここは霧骨者しかいないし、そういったことには俺も疎いんだ。これからここに住むことになるんだから気を遣う必要はない」
「そういうわけではなくて……」
僕のものは本当にこれだけなのに、信じてもらえなくて困ってしまう。服や装飾品はなに一つ持ってきていない。今着ている服と、随分昔にお母様から誕生日にもらった服が一つだけだ。洗えば着回せるし、装飾品なんて着けなくても生きていける。
どうせ着飾ったって似合わないから、それくらいが丁度いいんだ。そう言い聞かせて生きてきた。
それをどうやって伝えたらいいのかわからない。
「僕は……」
上手く言葉にできなくて口を閉ざしてしまう。すると、デューク様がおもむろに頭へと大きな手を乗せてきた。それからクシャクシャと髪を掻き混ぜられる。
撫でられていると気がついたのは、デューク様があまりにも優しい顔をしていたから。強面なのに、その瞬間だけは恐怖心を感じなかった。
「欲しいものがあれば言えばいい。どうせ身の回りのものは買わないといけないしな。とりあえず食堂に行くぞ」
「はい……」
欲しいものなんて思い浮かばない。実家でもなにかを欲しいとお願いしたことはなかった。貴族とはいえラミレス男爵家はすごく裕福というわけでもなかった。だから僕に与える分もすべてオリビアに回されていたし、その方が楽だ。
わがままを言ったところで叶わないことはわかっていたし、我慢しろと怒られるくらいなら初めからなにも求めたりなんてしないほうがいい。
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