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弟の夢を叶えてあげたい
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伯爵家の屋敷に着くと、そのまま三人でホールへと向かった。フィーロとダンスをする約束を果たすためだ。
ゼンにとっては弟と過ごす時間こそ最高の癒やしの一時だった。
「体調はもうよろしいのですか?」
眉を垂らして心配そうに顔を覗き込んできたフィーロに、ゼンはゆっくりと頷いて大丈夫だと伝えた。
いつもなら止められないほどに話をするのが大好きなフィーロが、帰りの馬車の中でもゼンのことを心配してずっと静かにしていた。
それが心をむずがゆくさせるほどに嬉しいけれど、申し訳なさも感じていた。
「シャノンに癒してもらったから平気だ。そんな顔をしていないで踊ろう」
「っ、はい!」
手を差し出すとフィーロが勢い良く握り返してくれた。
二人のことをシャノンが穏やかな笑みを浮かべながら見つめている。
音楽もない。観客もいない。
広いホールの真ん中で、フィーロに合わせてステップを踏む。時折フィーロが鼻歌を口ずさむ。その音を聞きながら、ゼンは軽やかに踊る。
「背が随分伸びてきたな」
「料理長からミルクを飲んだら背が伸びると聞いて毎日飲んでいるんです」
「俺のことをすぐに追い越してしまうかもしれないな」
「お兄様にはまだ届かないけれど、シャノンをもうすぐ越せそうなんです」
嬉しそうに報告してくれるフィーロは、伯爵家に来たときとは別人のようだ。
常に周りに怯えていて、やせ細っていた。青い瞳には怯えが見え隠れしていて、その姿を見るのが辛かったけれど、今はもうその面影もない。
「きっとすぐ越せるようになる」
弟の成長が自分のことのように嬉しくてたまらない。フィーロと出会ってからまだ日は浅くても、大切で愛おしい兄弟であることに変わりはないし、失いたくない宝物だと思う。
「こうして踊っているとお兄様がすごく近くに感じられます。嬉しいです!」
楽しそうな笑い声を上げながら目の前をくるりと回るフィーロは、無邪気で天真爛漫で天使のようだ。
時折自分とゼンを比べては落ち込んでいることは知っていた。
だから身近に感じてもらえることがゼンにとっても嬉しい。
「ルーカスとの婚約破棄が行われない限り俺はいつか伯爵家を出て行くことになるだろう。そうなったとき家督を継ぐのはフィーロだ。だから俺は、お前を貴族社会のことや家業を継ぐための勉強を教えてくれる貴族学校に通わせたいと思っている」
「僕が貴族学校に?」
貴族学校に入学するほとんどの生徒が、将来家を継ぐことを視野に入れた者ばかりだ。中には卒業後、エリートコースである魔術協会や騎士団へ入るための試験を受ける者も多い。
「伯爵家を継ぐことや、俺と同じように魔術協会へ入ることだけが選択肢ではない。きっとフィーロのやりたいと思えることや向いていることが見つかるはずだ」
フィーロは十五歳だから今から申請をすれば二年生から入学することが可能だ。一年は無駄にすることになるけれど、四年間学校で学べばフィーロにとってもいい刺激になるはず。
ダンスが少しずつゆっくりになっていく。
「お父様は許してくださるでしょうか……」
不安げに揺れている瞳を見返しながら、ゼンは安心させるように笑みを浮かべた。
「フィーロが行きたいと望むのであれば、あの人は俺が説得する。時間はまだあるからよく考えてみてくれ」
「……っ、行きたいです!」
フィーロが大きな声で即答した。まさかこんなにも早く答えを出すとは思っておらず驚いてしまった。
「もう少し考えなくていいのか?」
「はい!前に言いましたよね。僕、お兄様の隣に立てるような人になりたい。自分を誇れるような人になりたいんです。だから僕は貴族学校に行って色々なことを学びたいです!」
意志の強い眼差しに圧倒されてしまう。
動きを止めると、ゼンは繋いでいた手を離してフィーロの頭をクシャリと一度だけ優しくなでた。
「お前の気持ちはよくわかった。俺に任せておけ」
フィーロの夢のためにできることならなんだってしてあげたい。それが兄であるゼンの役目だから。
嬉しそうにはにかむフィーロは、昔よりも少しだけ大人の顔をするようになった気がする。
近づいてきたシャノンへ視線を向けたフィーロが、彼の両手を取った。
「シャノン、僕、頑張る。だから僕がシャノンに釣り合うくらい立派な人になるところを傍で見ていてね!」
「はい。ずっと見ています」
二人が信頼し合っていることが見て取れて嬉しくなった。
──俺ももう少しだけルーカスを信頼するべきなのかもしれないな。
あの二人のように結末ばかりに目を向けるのではなく、今この瞬間に起こっていることに目を向けていくべきなのだろう。
フィーロがシャノンの手を引き、同時にゼンの手も掴んだ。
シャノンとゼンも手を繋ぐと、三人で輪になってホールの真ん中をくるくると回る。
「へへ。僕、ずっとこんなふうに楽しく過ごしていきたいな」
フィーロの言葉にゼンとシャノンは笑みを浮かべた。
温かな日差しが照らすなか、三人の笑い声がホール内にずっと響いていた。
ゼンにとっては弟と過ごす時間こそ最高の癒やしの一時だった。
「体調はもうよろしいのですか?」
眉を垂らして心配そうに顔を覗き込んできたフィーロに、ゼンはゆっくりと頷いて大丈夫だと伝えた。
いつもなら止められないほどに話をするのが大好きなフィーロが、帰りの馬車の中でもゼンのことを心配してずっと静かにしていた。
それが心をむずがゆくさせるほどに嬉しいけれど、申し訳なさも感じていた。
「シャノンに癒してもらったから平気だ。そんな顔をしていないで踊ろう」
「っ、はい!」
手を差し出すとフィーロが勢い良く握り返してくれた。
二人のことをシャノンが穏やかな笑みを浮かべながら見つめている。
音楽もない。観客もいない。
広いホールの真ん中で、フィーロに合わせてステップを踏む。時折フィーロが鼻歌を口ずさむ。その音を聞きながら、ゼンは軽やかに踊る。
「背が随分伸びてきたな」
「料理長からミルクを飲んだら背が伸びると聞いて毎日飲んでいるんです」
「俺のことをすぐに追い越してしまうかもしれないな」
「お兄様にはまだ届かないけれど、シャノンをもうすぐ越せそうなんです」
嬉しそうに報告してくれるフィーロは、伯爵家に来たときとは別人のようだ。
常に周りに怯えていて、やせ細っていた。青い瞳には怯えが見え隠れしていて、その姿を見るのが辛かったけれど、今はもうその面影もない。
「きっとすぐ越せるようになる」
弟の成長が自分のことのように嬉しくてたまらない。フィーロと出会ってからまだ日は浅くても、大切で愛おしい兄弟であることに変わりはないし、失いたくない宝物だと思う。
「こうして踊っているとお兄様がすごく近くに感じられます。嬉しいです!」
楽しそうな笑い声を上げながら目の前をくるりと回るフィーロは、無邪気で天真爛漫で天使のようだ。
時折自分とゼンを比べては落ち込んでいることは知っていた。
だから身近に感じてもらえることがゼンにとっても嬉しい。
「ルーカスとの婚約破棄が行われない限り俺はいつか伯爵家を出て行くことになるだろう。そうなったとき家督を継ぐのはフィーロだ。だから俺は、お前を貴族社会のことや家業を継ぐための勉強を教えてくれる貴族学校に通わせたいと思っている」
「僕が貴族学校に?」
貴族学校に入学するほとんどの生徒が、将来家を継ぐことを視野に入れた者ばかりだ。中には卒業後、エリートコースである魔術協会や騎士団へ入るための試験を受ける者も多い。
「伯爵家を継ぐことや、俺と同じように魔術協会へ入ることだけが選択肢ではない。きっとフィーロのやりたいと思えることや向いていることが見つかるはずだ」
フィーロは十五歳だから今から申請をすれば二年生から入学することが可能だ。一年は無駄にすることになるけれど、四年間学校で学べばフィーロにとってもいい刺激になるはず。
ダンスが少しずつゆっくりになっていく。
「お父様は許してくださるでしょうか……」
不安げに揺れている瞳を見返しながら、ゼンは安心させるように笑みを浮かべた。
「フィーロが行きたいと望むのであれば、あの人は俺が説得する。時間はまだあるからよく考えてみてくれ」
「……っ、行きたいです!」
フィーロが大きな声で即答した。まさかこんなにも早く答えを出すとは思っておらず驚いてしまった。
「もう少し考えなくていいのか?」
「はい!前に言いましたよね。僕、お兄様の隣に立てるような人になりたい。自分を誇れるような人になりたいんです。だから僕は貴族学校に行って色々なことを学びたいです!」
意志の強い眼差しに圧倒されてしまう。
動きを止めると、ゼンは繋いでいた手を離してフィーロの頭をクシャリと一度だけ優しくなでた。
「お前の気持ちはよくわかった。俺に任せておけ」
フィーロの夢のためにできることならなんだってしてあげたい。それが兄であるゼンの役目だから。
嬉しそうにはにかむフィーロは、昔よりも少しだけ大人の顔をするようになった気がする。
近づいてきたシャノンへ視線を向けたフィーロが、彼の両手を取った。
「シャノン、僕、頑張る。だから僕がシャノンに釣り合うくらい立派な人になるところを傍で見ていてね!」
「はい。ずっと見ています」
二人が信頼し合っていることが見て取れて嬉しくなった。
──俺ももう少しだけルーカスを信頼するべきなのかもしれないな。
あの二人のように結末ばかりに目を向けるのではなく、今この瞬間に起こっていることに目を向けていくべきなのだろう。
フィーロがシャノンの手を引き、同時にゼンの手も掴んだ。
シャノンとゼンも手を繋ぐと、三人で輪になってホールの真ん中をくるくると回る。
「へへ。僕、ずっとこんなふうに楽しく過ごしていきたいな」
フィーロの言葉にゼンとシャノンは笑みを浮かべた。
温かな日差しが照らすなか、三人の笑い声がホール内にずっと響いていた。
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