星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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三年目

非日常の中、日常に触れて 1

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 マスクをした爽太はこの日、ロケ撮影の現場へ向かう新幹線に乗り込んだ。古橋に促され、指定席の窓際に座る。

 持っていたファイルからスケジュール表と台本を取りだし、ロケの内容を確認し始めた。すでに何度も読み込み、そのほとんどを暗記している。

 目的地に到着するまで、撮影時のシミュレーションを頭の中で延々と繰り返すつもりだ。

「緊張してます?」

 荷物を上に乗せ終えた古橋が、となりに座る。ちょうど新幹線の扉が閉まり、車両が動き始めた。

「そりゃそうだろ」

 爽太は台本に視線を落としたまま口を開く。

「国営放送だし、MCがあのライオンさんだよ? 下手なことできないよ」

 純から譲ってもらった仕事で、爽太が失敗するわけにはいかない。

 そしてそれ以上に、この仕事に力を入れる理由がある。

「これで、最後かもしれないしな」

「最後?」

 ある程度区切りのいいところで顔を上げ、出したテーブルの上にスケジュール表と台本を置いた。そこには、ロケで自身がどう振る舞うべきか、余白にびっしりと書き込まれている。

「この仕事が終わったら、本気で考えようと思ってるんだ。……アイドルを辞めようって」

 古橋の返事はない。直線のような目で、じっと爽太を見据えている。

「ほんとうは、デビューしてからもずっと、センターに戻りたくて、売れたくて、必死だった。でも、なにをしても俺はただ、そこにいるだけ。ただ、端っこで踊ってるだけの、名無しでしかない」

 爽太は窓に顔を向ける。流れていく景色を、ぼうっと眺めた。

「俺がいてもいなくても同じ。だったら、辞めたところで誰も困らないじゃん。なにもない俺が、ただ、グループにしがみついてるだけ。それこそ、惨めでしょうがないだろ」

「イノギフの和田爽太を、求めるファンがいたとしても?」

「……純みたいなこと聞くんだな?」

 古橋に顔を向ける。古橋は真剣な顔で爽太を見返していた。下手に同情もせず、励ますこともない。

 純に当たり散らしたときのことを思い出す爽太は、ため息をついて背をもたれる。その瞳は、虚空を見つめた。

「純の、言うとおりだよ。俺は純のこと、見下してたんだ。しょせんぽっと出の、二世の劣等生だって」

 あの場では必死に否定したものの、あまりにも図星で頭が真っ白になっていた。最後のほうは純になにを言ったのか、よく覚えていない。

「今なら、わかる。ダンスを教えてたのは、俺が安心したかったからだって。俺のほうが先輩で、まだ、アイドルとして落ちぶれてないって思いたかったから」

 爽太の目が、閉じる。

「でもさ、あいつ、気づいてたんだよ、絶対。わかってて俺と一緒にいてくれてたんだ」

 すべてを見透かす琥珀色の瞳が、まぶたの裏に映し出された。

 眉間にしわをよせながら出す声が、かすかに震え出す。

「純と一緒にいるたびに、思い知らされるんだ。俺よりぽっと出の二世のほうが、技術的にも人間的にも、上なんだって。あいつは、爪を隠す、能ある鷹だよ。みんな気づいてないだけ。ほんとうはダンスだって下手じゃない。ライブで大きなミスもしない。周囲からの悪意に負けたりしない。それどころか俺は生放送で助けてもらってる。そんなやつが、大成しないはず、ないんだ」

 開いた爽太の目は、先ほどよりも潤んでいた。なにかを決意するようなため息は、やはり震えている。

「俺はもう、あの頃と同じ純粋な気持ちでアイドルを続けることはできない。ファンが応援してくれる和田爽太ではもういられないんだ。でも、純が譲ってくれたこの仕事くらいは、先輩としてちゃんと結果を残さなきゃいけない。終わりよければすべてよしって言うし」

 身を起こし、テーブルに置いていた台本に手を伸ばす。つかんで持ち上げようとしたが、古橋に手で押さえられ、できなかった。

「星乃さんのことですから、きっと、和田さんが辞めようとしていることも見透かしてるんでしょうね」

 爽太の表情が変化を見せることはない。いつもどおりの口調で返す。

「だろうね。なんとなく、そう思うよ。いつだって、俺のこと、なんでもかんでも見抜いてくるんだから」

「そんな星乃さんから、伝言を預かってます」

 古橋の目は弧の字に曲がり、口角が上がる。

「完璧にとか、結果残さなきゃとか考えなくてもいい。台本ももう読まなくていい。いつもどおりのやり方で、仕事にむきあえばいいから。……ですって」

「はあ?」

 爽太は怪訝けげんな目つきで、先ほどよりも語気を強めた。

「矛盾してるだろ、それ。俺はいつも、台本をちゃんと読み込んでやってるんだ。それをあいつだって知らないはずないのに……!」

 反論も意味はなく、古橋は手をのけようとしない。その強情さに、あきらめて手を離す。ロケ番組への不安をくすぶらせたまま、おとなしく車窓の景色をただ眺めることにした。



          †



 新幹線での移動を終え、ホテルに直行。ロケの打ち合わせをして一泊し、スタッフとともにマイクロバスで現場に向かう。

 到着したのは、観光地として人々がにぎわう城下町だ。文化財として指定された城跡じょうせきは、周辺一帯を公園として整備されている。その西側にある武家屋敷の跡地で、オープニングを撮影することになっていた。

 爽太やスタッフが立つ精巧な石畳の両側は、昔ながらの土塀や門で覆われている。その向こう側に風情のある日本家屋が建ち並んでいた。まるで、江戸時代に戻ったかのような光景だ。

 からりとした晴天に恵まれたが、季節は冬。コートを羽織らなければ震えるほどに寒い。朝の冷え込みに比べれば、高く昇る太陽のおかげでだいぶマシになっている。

「あ」

 先に待機していた爽太のもとに、大物司会者のライオンがスタッフに先導されながらやってきた。背は低いがガタイがよく、メガネをかけた真面目なおじいちゃん、といった風貌だ。

「ライオンさん、今日はよろしくお願いします」

 爽太が先に頭を下げる。

 相手は音楽番組の司会を長年務め、バラエティ番組の司会も務める大御所だ。Innocence giftイノセンスギフトが新曲を出すたびにライオンの音楽番組でパフォーマンスを披露させてもらっている。

「ああ、和田くん。よろしくお願いします」

 年齢も芸歴も格下である爽太に、ぺこりと頭を下げ返した。

 自分以外にメンバーがいない、ライオンと二人だけでの散歩収録。初めての経験に、おのずと力が入る。

「まあまあ、そんな緊張するなよ。難しく考えなくていいんだ。俺たちはただ、ぶらぶらしときゃいいんだから」

 となりに立ったライオンに、背中をぽんとたたかれる。とはいえ、緊張が消えるわけではない。へまをするわけにはいかないと、さらに身構えた。

「台本通りに進めようとか思わなくていいから。俺も好き勝手やらせてもらってるし、そもそも台本通りにはいかないんだから」

 その言葉の意味を、すぐに身をもって知ることになる。
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