星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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三年目

譲られた誇り 2

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「純!」

 千晶とは違う、嫌悪と憤怒。

 廊下から出てきた爽太が、遠目から不快げに純をにらみつけている。純は背負っていたリュックをおろし、緑色のイヤーマフを取り出した。

「ごめん。ちょっと行ってくる。集中できないだろうからこれつけてて」

「お?」

 リュックはイスに置いたまま、器用に月子の頭と耳に装着し、爽太のもとへ向かう。

 なにがあったのか聞く前に、廊下の影からこちらを見る古橋と田波の姿をとらえた。眉尻を下げて困惑している表情から、なにがあったのか大体のことを察する。

「あの仕事、もともと純のものだったんだって?」

 爽太は声を荒らげないよう、きわめて冷静にふるまおうとしていた。

「あの仕事?」

「とぼけんなよ。今日話したロケ番組だっつの」

 純は古橋を見る。

 古橋は首を振り、田波はただただ戸惑っていた。二人ではない。だからといって会長もわざわざ爽太本人に伝えるとは思えない。

「誰から聞いた?」

「社長だよ」

「あー……」

 それなら合点がいく。おおかた偶然社長と爽太が会い、世間話の流れでそのような話になったのだろう。会長とは違って社交的であり、口数も多い人だから。

「純が、俺に仕事、譲ったってことだよな?」

 失望と、困惑でにじむ声色。

「なんでそんなことしてくんの?」

 ――なんで、純まで俺のこと見下してくんの?

 落ち着きながらも、その内ではドロドロとした劣等感を膨らませている。

 こうなるから伝えるべきではなかったのだ。

「会長からわざわざ指名されてたんだろ? 受けろよ、おまえが。断んなよ」

 ――純に仕事を譲られるほど。俺は落ちぶれちゃいないのに。

「俺は、爽太がいいと思ったんだ」

 いつものはかない笑みを消し、琥珀色の瞳をまっすぐに向ける。悪びれもせず、謝るでもない純に、爽太はさらにムッとした表情を浮かべた。

「俺よりも、今の爽太に合ってる仕事だと思ったんだ。爽太だって自分でそう思うだろ。この仕事で、得るものは多いって」

「だからって、こんなおこぼれみたいなのは嫌なんだよっ」

「形はどうあれ、これは、爽太が望んでた仕事だよ。誰とも比べられない、坂口千晶のバーターでもない、イノギフの端っこでもない。イノギフの和田爽太としての仕事。爽太だけの実力で評価される仕事なんだ」

「でも……俺が求められた仕事じゃない!」

「そうだね。誰でもいい仕事だ。どうしても爽太がやりたくないんだったら俺がやるよ」

 爽太の喉に言葉が詰まる。純と目を合わせることにも耐えられず、視線を落とした。

 それをわかっていながら純はなお、まっすぐに見つめ続ける。

「俺は、やりたくないから譲るわけじゃない。自分の立場で売れてるなんて断言する気もない。調子に乗ってるわけでもない。でも爽太は今、こう思ってるんだろ? 星乃純ごときに、仕事を譲られたって」

「……違う」

「違わないよ。かつてセンターをやってたほどの自分に、星乃純程度が務まるような仕事を回されたって。星乃純劣等生ごときが断った仕事をあてがわれたと思うから、腹が立ってしょうがないんだろ?」

 爽太は口を閉ざす。否定も肯定も返さない。

「別に、無理強いはしないよ。俺の代わりにやれなんて言ってない。……やるかやらないかは爽太が選べばいい。自分に回された仕事をつかむか。プライドを優先して仕事を蹴飛ばすか」

 爽太はゆっくりと視線をあげ、おそるおそる、琥珀色の目を見つめる。

「違う。俺はそんな、最低な、やつじゃない」

 唇をわなわなと震わせながら、必死に、声を出した。

「最初から、言ってくれれば、それで、よかったんだ。これじゃ俺だけ、なにも知らずに喜んで、バカみたいで」

「ほんとに? さっきみたいに感情任せになって俺を責めない自信はある?」

 その言葉にこわばる爽太の全身は、さまざまな感情や思考でぐちゃぐちゃににじんでいた。

「なんなんだよ、おまえ。最初から、なにもかもお見通し、みたいな顔して……」

 純は爽太の言葉にうなずくことも、反論もしない。言葉の裏にある、仕事を受け入れる、という返事は、しっかりと受け取った。

「そうだね。ごめん。俺は、この仕事で爽太が結果を残すってわかってるんだ。仕事を譲った俺を許すか許さないかも、爽太が今悩んでいることも、このロケが終わってから考えなよ。じっくりね」

 純はいつものほほ笑みを浮かべて身をひるがえし、月子のもとへ戻っていく。

 その後ろ姿を見ることができない爽太は、再び目を伏せた。見かねた古橋が近寄り、声をかける。

「和田さ」

「俺って、本当に嫌なヤツ。純が、嫌がらせでこんなことするようなやつじゃないって、わかってるのに。……こんなんだから、だめなんだな。俺」

 悲痛な声に、古橋も田波も、それ以上かける言葉が見つからなかった。

 テーブルに戻る純は、目を見開く。月子の耳に当てたはずのイヤーマフが外れ、首にかかっていた。

 となりに腰を下ろすと、月子は箱からトリュフチョコレートを取り出し、口に入れる。

「純ちゃんにしては。珍しい物言いね」

「……聞かないでほしかったんだけどな」

「言ったそばから離れていった純ちゃんが悪い」

 高慢にほほ笑む月子はイヤーマフを首から外し、まじまじと見つめる。

「いいね、これ。私も欲しい」

「結構カラバリあるよ。月子ちゃんの好きなラベンダー色も売ってるかも」

「純ちゃんが嫌じゃなきゃおそろいにしちゃおうかな」

「いいよ。月子ちゃんが気にしないなら」

 純は穏やかな笑みで、差し出されたイヤーマフを受け取った。
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