【完結】黒伯爵さまに生贄として嫁ぎます

楠結衣

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5.雪だるま

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 静かに降り積もる雪でセイブル伯爵邸の庭は白銀の世界に覆われました。

 朝の到来を告げる鐘の音と共に新雪に照り返された眩しい光がカーテンの隙間から滑りこみ、冬の寒さに身を震わせながらお仕着せに防寒着を重ねます。
 冬眠をしない黒リスのナードは尻尾をふさふさに膨らませて子供たちと遊ぶのを待ち切れない様子に頬が緩みました。

「マーガレットお姉ちゃん、雪だるま作りたい!」
「ねえねえお姉ちゃん、雪合戦しようよ!」
「もちろんよ! 全部やりましょう……っ!」

 白斑の目立たなくなった子供たちに手を繋がれてセイブル伯爵邸の庭に向かいます。
 素直で遠慮のない子供たちの姿を見ているとやはりシャムロック家の弟エリックの幼い頃を思い出して笑みがこぼれてしまいました。

「マーガレット様、まさか庭に出るつもりですか?」

 冷えた声色に顔を上げれば子供たちを待っていたオドレーナ様が難しい顔をして立っています。

「好きに過ごしていいと言ったのはオドレーナ様でしょう?」
「確かに言いましたが、熱があるときは休むものでしょう」
「…………えっ? たしかに雪が降ったからいつもより寒く感じてはいるけれど熱はないと思うし、それに長い時間は遊ばないから大丈夫だと思うわーーどうかしら?」

 子供たちのひんやりする手を握りながらオドレーナ様に首を傾げて同意を求めました。深い緑色の瞳が近づいてきて私の金色の瞳を覗き込まれると胸の奥がざわつきます。

「…………わかりました」
「ありがとうございます。では、いってきまーー、きゃっ」

 突然の浮遊感に頭が真っ白になりました。
 子供たちの手を握っていたはずの私はオドレーナ様になぜか横抱きにされています。

「お、オドレーナ様!?」
「危ないから暴れないでください。あなたが自分のことに無頓着なことがわかりました。今日はゆっくり休んでもらいます」

 オドレーナ様は安定した足取りで私の来た道を戻り寝室に連れて行きました。侍女のエラたちにいくつも指示を出し、私が薬を飲むのを見届けて部屋を出ていこうとするオドレーナ様を引き留めます。

「あ、あの、オドレーナ様、子供たち雪で遊ぶのを昨日からとても楽しみにしていて……」
「わかりました。あなたの代わりに雪合戦をして雪だるまを作ってきますから安心して寝てください」

 子供たちに言い聞かせるみたいに微笑みながらまっすぐ見つめられると慣れない笑顔で頬に熱が集まってしまいました。

「……あ、ありがとうございます」

 オドレーナ様が部屋から出ていき、しばらくすると雪遊びをする子供たちの賑やかな声が聞こえてきたので、その声を子守唄に目をとじました。
 次に目を覚ました時にエラが子供たちからお見舞いですと運んできたお皿に小さな雪だるまが乗っています。

「すごくかわいい……。熱が下がったらお礼にクッキーとケーキを焼こうかしら……?」
「きっとオドレーナ様も子供たちも喜びますよ。マーガレット様が寝ている間もオドレーナ様は何度もマーガレット様の具合を聞きにきていたんですよ」

 エラの言葉に下がりかけた熱が上がりそうになりました。視線を彷徨わせて無言になってしまった私にエラはにっこり笑いながらお皿の横に隠れていたメモを一枚手渡してきます。
 そこにはとても綺麗な字で『早く元気になるように! オドレーナ』とだけ書いてありました。その素っ気ないひと言がとてもオドレーナ様らしくて、くすりと笑いながらブラックインクで書かれた文字をそっと撫でるとあたたかさを感じます。
 雪だるまは溶けてしまいましたがオドレーナ様のメモは鍵がかかる一番上の引き出しに仕舞いました。

 こうしてセイブル伯爵邸に嫁いでから初めてなにもしないで過ごしているとゆっくり一日が過ぎていきす。


 ◇


 雪もすっかり溶けて昼と夜の長さが等しくなる春の最初の日になりました。
 クルール王国では、春のはじまる日が過ぎて最初の満月の夜に月光を浴びた精霊の卵から精霊が生まれると言い伝えられていることから『精霊の日』と呼ばれています。

「マーガレットお姉ちゃんはなにを描くの?」
「やっぱりナードかしら。でも緑色に金色を塗ってもかわいいと思っているのよ」
「ぼくもナードを描きたい!」

 精霊の日が近づくと精霊の卵を模したものをみんなで作ります。
 絵を描いたり色を塗って家の中に飾り付けて春の訪れをお祝いするのですが、なんといっても精霊の日のお楽しみは自分で作った精霊の卵をひとつだけ選んで庭に隠しておき、翌朝精霊になっているかを探しにいく精霊の卵探しエッグハントでしょう。

 想いを込めて作られた精霊の卵は、月光を浴びると精霊になるため翌朝に庭をどんなに探しても精霊の卵は見つかりません。
 見つからなかった子供は一年間精霊の加護を受けて健やかに過ごせると言われ、子供たちは精霊の卵探しエッグハントをするのを楽しみにしてしています。

「マーガレット様、また精霊の卵を作ってるんですか?」

 穏やかな声に振り向けばオドレーナ様がからかうような顔をして立っていました。

「好きに過ごしていいと言ったのはオドレーナ様でしょう?」
「確かに言いましたが、普通なら毎日精霊の卵は作らないでしょう」
「一番素敵に描けた精霊の卵を庭に隠して精霊が生まれてきてほしいもの。それに今日の精霊の卵はすごく上手にできたと思うのよーーどうかしら?」

 鮮やかな緑色の森を金色のどんぐりを持った黒リスナードを描いた精霊の卵を指差します。オドレーナ様の緑色のまなざしが彩られた精霊の卵を見てから私を見つめました。

「…………かわいいと思います」
「あ、ありがとうございます……。では乾いたら子供たちと隠しにいってきますね」

 こうしてみんなの想いを込めて作った精霊の卵をセイブル伯爵邸の広い庭に隠して過ごしていると、あっという間に夜になってしまいます。
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