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4.地下室の秘密
しおりを挟むセイブル伯爵邸の庭で大きな花を咲かせていた向日葵も種が実りはじめました。
すっかりセイブル伯爵邸に住むことに慣れた黒リスのナードのお気に入りは、お仕着せを着た私の肩に乗ることです。
今日もナードを肩に乗せてセイブル伯爵邸のあちこちを掃除してまわります。高いところの埃はナードがするすると登りふさふさの尻尾で払ってくれますし、手の届かないところも難なく入ってくれる頼もしい相棒です。
「ナードのおかげで高いところも綺麗になったわ、ありがとう」
肩に乗るナードに話しかけているとナードが耳をピンっと立てると肩を下りて急に走り出しました。
「あっ、ナードそっちは駄目よ……っ!」
ナードを追っていくと絶対に行ってはいけないと言い含められていた地下室の階段が見えてきて焦ります。
「ナード! 待って! そこは駄目なの! 止まって……っ!」
左右に揺れる黒い尻尾を必死に追いかけますがナードは地下室の僅かにひらいていた扉の隙間から入ってしまいました。
黒い噂が頭をよぎります。もしもナードになにかあったらと思うと不安で胸が苦しくてたまりません。
私は重そうな扉の前で深く息を吸い込みゆっくり吐き出してから扉をひらきました。
「…………えっ」
目の前に残酷な光景が広がることを覚悟していたのに明るくてぬくもりのある家具が置かれた部屋に拍子抜けしてしまいます。光の入らない気の滅入るような地下室だと思っていた部屋にはナードと笑顔の子供たちがいて驚きました。
私は訳がわからないまま子供たちを見つめていると後ろから低く這うような声が聞こえました。
「マーガレット様」
「は、はひ……っ!」
凍てつくような声に噛んでしまいます。恐る恐る振り返れば怒った様子のオドレーナ様が立っていました。
「あ、あの、約束を破ってしまい、本当に申し訳ありません……」
あれほど言われていた地下室に入ってしまったことを謝罪します。オドレーナ様がなにか言いかけようとした時に子供たちの明るい声が響きました。
「あっ、オドレーナさんだ!」
「今日はお姉ちゃんもいるよ!」
「もしかして黒リスの飼い主なんじゃない?」
子供たちに囲まれた私にナードが戻ってきました。
「みんな本当にありがとう。走っていなくなってしまったから心配していたのよ」
「この黒リス、すごく懐っこくてかわいいね」
「そうなの。ナードって言うのよ」
次々に話しかけてくる子供たちの姿にシャムロック子爵領に置いてきた弟エリックの小さかった頃を思い出して笑顔がこぼれてしまいます。
「お姉ちゃんもおやつ一緒に食べようよ!」
「ナードにもっと触りたいよ」
「ねえねえ、オドレーナさんいいでしょう?」
子供たちの言葉に私はオドレーナ様を窺いました。
オドレーナ様は子供たちの期待を込めたまなざしに見つめられると緑の瞳をやわらかく細めて笑います。はじめて見たオドレーナ様の笑顔に私の心拍数が上がったような気がしました。
「…………いいでしょう」
「あ、ありがとうございます……。おやつの準備を手伝います」
こうしてセイブル伯爵邸の立ち入り禁止の地下室で子供たちとおやつを食べていると、あっという間に一日が終わってしまいます。
◇
木々が鮮やかに色付いたセイブル伯爵邸でどんぐりが落ちはじめ、袖を通すお仕着せも長袖に変わりました。
「マーガレットお姉ちゃん、このどんぐりもいいの?」
「ええ、ナードはツブラジイとマテバシイというどんぐりが好きなの」
コロンとした形のツブラジイと小ぶりなマテバシイを拾って子供たちに見せると宝物を探すみたいに楽しそうに探しはじめます。
夏の終わりに地下室で出会った子供たちは奴隷の子でした。
黒い噂の通りセイブル伯爵様は奴隷商人のお得意様で幼い子供の奴隷を買っていましたが、地下室で手足を切り刻んでいるのではなく病気や怪我をした子供を治療していたのです。
「マーガレット様、また子供に手伝いをさせているのですか?」
落ち着いた声音に振り返ればオドレーナ様が苦笑いを浮かべていました。
「好きに過ごしていいと言ったのはオドレーナ様でしょう?」
「確かに言いましたが、普通は地下室から子供を連れ出すとは思わないでしょう」
「薬草も調薬も日々進化をしているのよ。それに子供たちは部屋に閉じ籠っているより外にいるほうがずっと似合うし健康的だと思うわーーどうかしら?」
オドレーナ様の慈愛に満ちた瞳がどんぐりを楽しそうに集める子供たちに注がれます。
地下室にいた子供たちは日光を浴びると白斑が広がる病気を患っていて生命を脅かす危険はないものの差別を受けていました。
子供たちのお世話をしたいと言ってもオドレーナ様に邪魔になるからと迷惑そうに断られましたが、シャムロック子爵領でこの病気に効く薬草と特別な煎じかたを見つけたことを伝えてからオドレーナ様と一緒に子供たちを見ています。
「…………感謝しています」
「どういたしまして。そろそろ戻らないと子供たちが疲れてしまいますよね――迎えに来てくださってありがとうございます」
言葉数が少なく素っ気ない態度のオドレーナ様ですが、子供たちに接する優しいまなざしを見ていると胸の奥がそわそわ落ち着かなくなりました。
風に揺れている緑色の髪から視線をそっと外して子供たちのところへ向かいます。
こうして広いセイブル伯爵邸で子供たちと過ごしているとあっという間に一日が終わってしまいました。
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