【完結】黒伯爵さまに生贄として嫁ぎます

楠結衣

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3.黒い出会い

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 あれからセイブル伯爵様と一度も顔を合わせないまま半月が過ぎました。

 うららかな春の陽射しがカーテンの隙間から差し込み、新しい朝のはじまりを告げる鐘の音を聞きながらセイブル伯爵家の侍女と同じ紺色のお仕着せに着替えます。
 オドレーナ様に言われた通り自由に過ごすことを決めた私は侍女のようにセイブル伯爵邸の細々とした仕事を始めることにしました。奥様と呼ぼうとするセイブル伯爵家の皆さまには丁寧にお断りをして名前で呼んでもらっています。

「マーガレット様、今日はなにをされますか?」
「今日は飾りつけのお花を替えようと思っているわ」
「まあ、それは雰囲気が明るくなりそうですね」

 仲良くなった侍女のエラと広い庭を歩きながら庭師長におすすめされた沢山の春の花を摘みました。
 やわらかな彩りの春色を玄関に活けていると優しく漂う春の匂いに笑みがこぼれてしまいます。

「マーガレット様、また侍女の格好をされて……」

 低い声に振り向けばオドレーナ様が眉を寄せて立っていました。

「好きに過ごしていいと言ったのはオドレーナ様でしょう?」
「確かに言いましたが普通なら宝石やドレスを買ったりすると思うでしょう」
「宝石もドレスも身につけても行くところがないもの。それより春の花たちのほうがずっと素敵で綺麗だと思うわーーどうかしら?」

 今しがた活けたものをオドレーナ様に見せて首を傾げます。オドレーナ様の深い緑色の瞳が春の花々に移りました。

「…………綺麗だと思います」
「ありがとうございます。それでは残りの花も活けてまいりますね」

 こうして広いセイブル伯爵邸で色々なことをして過ごしているとあっという間に一日が終わってしまうのです。


 ◇


 降り注ぐ陽射しが強くなってくるとお仕着せが半袖に変わりました。

 セイブル伯爵邸の敷地にある小さな湖のほとりに立つと湖面が輝いています。水がとても澄んでいるので効果の高い薬草が沢山育っているのを少し前に見つけたのです。

「マーガレット様、どれを採ればいいのですか?」
「今日は傷薬になるウンデの葉と痛み止めになるナルベの茎にしましょう」

 他にも色々な薬草が生えていますが見てわかりやすい表面のつるりとした楕円形のウンデの葉と小さな白い花をつけているナルベの茎をエラや他の侍女たちに見せました。
 私もみんなと一緒になって生命力に溢れる鮮やかな色と爽快な匂いのする薬草を夢中で摘んでいると、小さな影が動く気配に気づいて顔をあげます。

「……っ!」

 ふさふさした尻尾の黒いリスに息を飲みました。突然変異をして黒くなった黒リスはとても珍しく見ることができないというのに、私の足元に座ってつぶらな瞳をこちらに向けています。

「黒リスさん、こんにちは」

 くりくりした黒目があまりにも可愛らしくて思わず手を差し出せば、ふさふさの尻尾を揺らして私の手の上に乗ってきました。
 歓喜の声をあげたい気持ちを抑え、驚かさないように愛らしい背中をそっと撫でると黒リスは黒目を細めて気持ちよさそうにするので私もまた同じように目を細めてしまいます。

「マーガレット様、飼うつもりですか?」

 低音の静かな声が頭上から降ってきたので見上げればレモングラス色の髪のオドレーナ様が見えました。

「飼ってもいいのですか?」
「好きに過ごしていいと約束していますし黒リス一匹くらい増えても問題はありません」
「でも黒リスさんに家族がいるかもしれないわ……」

 自分の口から出てきた家族という言葉にシャムロック子爵領にいる家族の顔が浮かんでしまい声が小さくなってしまいます。

「突然変異の黒リスは群れから追い出されたのでしょう。一匹では長く生きることは難しいでしょうね」
「まあ、そうなのね――それなら黒リスさん、私と一緒に暮らしませんか?」

 黒リスさんが賛成というように私の指にすりすり頬ずりをしてくれたので決まりました。

「黒リスさんの名前を決めなくてはだめよね」

 じっと黒リスさんを見つめますが本当にどこもかしこも真っ黒過ぎて、一度しかお会いしていないセイブル伯爵様にそっくりです。

「そうねえ、ナードという名前はどうかしら」
「マーガレット様……?」

 セイブル伯爵様のお名前のレオナードから取った呼びかたに困惑するオドレーナ様ににっこり笑いかけました。

「飼っていいと言ったのはオドレーナ様でしょう?」
「確かに言いましたが普通ならもっと違う名前をつけると思うでしょう」
「真っ黒な黒リスさんはセイブル伯爵様にそっくりなんですもの。それにナードって呼びやすいしお洒落で素敵な名前だと思うわーーどうかしら?」

 手のひらに収まっているナードは名前を気に入ったようにふわふわな顔をすり寄せます。この愛らしい仕草をする様子をオドレーナ様に見せながら首を傾げるとオドレーナ様の深い緑色の瞳に黒い瞳のナードが映りました。

「…………いい名前だと思います」
「ありがとうございます! これから急いでナードの住む場所を整えてまいります」

 こうして広いセイブル伯爵邸で黒リスのナードを飼うために色々なことを整えていると、あっという間に一日が終わってしまうのです。
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