ヒロインは始まる前に退場していました

サクラ マチコ

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閑話

〈閑話〉メネクセス王国 30

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 大陸歴588年 土の季節
 ~ファイルヒェン視点~


 昨年末、〔土竜の盾〕と共に皇国へ向かった。

 こちらから皇帝への謁見申し込みをした際、あちらからすれば大国から攻められるとでも思ったのだろう。戦争の準備ができないようにするためか、国のトップ同士が顔を合わせるにはあり得ない程、近々の日程を寄越してきた。
 王宮の馬車はギルド馬車と同じくらい頑丈なものだし、魔馬がいるとはいえ、急いでも国を渡るのに一月半はかかる。皇国内の地理に明るくないと思えば三か月弱はかかる事が容易に想像できるだろうに、手紙の返信にあったのは四か月後の日程だったのだ。
 通常であれば、返信後すぐに出発が必要と想像できるだろうに、あちらが焦っているのがよく分かる内容だった。

 ガルデニアの影たちの持っていたマジックバッグから過去の悪事が次々に見つかり、出発するのはギリギリになってしまった。侯爵の取り調べは父と兄嫁が任せてくれというので、任せて国を出た。

「しかし、あの風魔法は反則級だったな」
「だろ? ドゥーア先生が教えてくれたのが初めてだったんだけどな、ヴィオはこれを見て、自分たちにも追い風を当てれば早く走れるんじゃないかって考えて『追い風走法』っつーのを教えてくれたんだよ」

〔土竜の盾〕の皆が交代で馬車に風魔法を使い、魔馬には回復魔法を使っていたおかげで、わずか五週間という速さで皇国に到着したのだ。



「しっかし、あの皇帝陛下ってのは不憫な奴だったな。完全にお飾りだっただろう?」
「そうね、皇国では教会の方が力を持っているしね。悪さをする奴でも教会に手を出すことは絶対にないと言われていたわ。教会から破門されたら、この国では生きていけないとさえ言われているのよ」

 謁見を終えた帰りの馬車の中、顔をしかめたテリューの言葉に全員が頷いた。この国出身のネリアが言うのであればそういう事なんだろう。

「ですが、今回の事を受けて、教会と皇族の関係にも変化がありそうですね。我が国の国宝であるネックレスも戻りましたし、他国から聖属性持ちの子供を攫っていた事も明らかになりました。まさか教会の独断で行っていたとは思っておりませんでしたが、これで今後の交渉もやりやすくなりました。ありがとうございます」
「メガネ、お前のそういうところが駄目なんだと思うぞ」
「テリュー、もうそういう相手だと思って諦めるしかないと思うぞ。俺は諦めた」

 宰相のオスマンは外交という事で同伴していた。皇帝とのやり取りのほとんどはコイツが行い、俺は後ろで頷いて『その通りだ』と相槌を打つだけだった。
 まあ堅苦しい言葉と、遠回しな言葉を並べて喋るのは面倒だったし、貴族同士のやり取りにおいては優秀なんだよ。

 俺の手元に戻ってきたアイリスのネックレスは、ネリアが教えてくれたように、裏側には魔石がつけられていた。ただ、白かった筈の魔石の色はほとんど色を失っていた。

「あの家族の処分は任せてしまって良かったのか?」
「ああ……。ヴィオと年も近いし、本人の態度次第では娘の事は見逃そうと思っていたが、あれじゃあな。水晶も光らなかったことが分かったし、これまでの態度を聞けば自滅するのは分かり切っている。皇帝があの家族を教会との交渉をする切り札に使うかもしれんが、どのみち救いはないだろうからな」

 皇帝と謁見後、例の子爵家族が呼び出された。
 娘が持っていたネックレスを確認すれば、俺が首から下げているネックレスに引き寄せられたことで、確実にアイリスが持っていた物だと判明。自分の物だと言い張っていたが、衛兵に取り押さえられて取り返すことができた。
 子爵夫人はアイリスの正体を知り、自分のしでかしたことが俺にすべて知られていたと悟り気絶したが、子爵自身は「自分は知らなかった、腕の良い薬師だと思って保護していただけだ、娘は母親の後を追って衰弱死した」などと主張していたが、ヴィオが生存しており、本人が子爵と娘にやられたことを全て覚えていたと告げれば、白目をむいて気絶しやがった。

 その後、ネックレスについていた魔石の事には触れず、国宝のネックレスが持ち主を護るために聖結界を纏わせていたのだと皇帝に告げたことで、聖女と呼ばれた娘の再鑑定が行われた。勿論ネックレスを持っていない状態でだ。
 再鑑定の結果、青と黄色に染まった水晶玉は光も少なく、エーロス・アスヒモス自身には水属性と木属性しか適性は無く、魔力も少ないことが分かった。

「しっかし、あの時の取り乱し方は酷かったな」
「そりゃそうよ、あの国では聖属性だけが絶対で、それ以外の魔法は使い方すら知らない人がほとんどだもの。聖属性持ちは優遇されるけど、それ以外の人は自分の能力だけで生きていく必要があるわ。
 それなりの爵位持ちならまだしも、辺境の子爵でしょう? しかも没落待ったなしの。余程努力しないとスキモノジジイの愛妾か、どこかの屋敷の下働きが良いところよ。まあそんな未来ももうないだろうけど」
「うっわぁ~、処刑されなくても地獄が待ってるって事か……」
「まあそうだろうな。彼女を取り込むために贈り物、いや、貢物を贈った家からは返金請求もされるだろうしな。あの子爵夫妻としても牢屋にいる方が安全なんじゃないか?」

 ネリアの告げる言葉は、この国の当たり前なのだろう。護衛として馬車を先導する騎士達にも途中で話を聞いたが、属性魔法を使える者はいないという。剣などの武器でしか戦わないと聞いて驚いたが、人間同士の争いではそれで十分制することができるという。
 確かに、空から来る魔鳥や、魔法を使ってくる敵が居なければそうかもしれない。盾で攻撃は防げるし、遠距離は弓で充分だ。
 皇帝は今後聖結界を無くすつもりなのだろうか、もしそうであれば、この国の人達は生き残ることができるのだろうか……。

 いや、属国にする事もないこの国の事を考えても仕方がない事だな。
 この国の事は、この国の人間たちでどうにかすべきことだから。
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