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第十六話
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上るときはあれだけ長く感じた道のりだが、自転車で下り坂をおり、一心不乱にペダルをこげば、祖父母宅にはあっという間に帰りついた。
風呂に入り、寝る支度を済ませるまでも、あっという間に感じた。殆どの時間を地に足つかない気分でやり過ごしたのだ。初めは不安が大きかったが、元の日常に戻った途端、久瀬と特別な関係になれたという実感が、嬉しさとして込み上げ、頬の奥が甘く痛んだ。
隣り合わせでふたつ布団を敷き、うつ伏せに寝転がる。流石に、昨日今日と動き回ったから、足の裏が僅かにピリピリと痛んだ。サラサラのシーツが心地良く、意味もなく足を動かすなどしながら、ぼんやりスマホをいじった。
すると、横の布団で胡坐をかきながら、同じくスマホを弄っていた久瀬が、ドスンと寝転がり、俺の背中を枕にし始めた。もはや、躊躇いや遠慮など無い様子で、俺はそんな変化がいちいち嬉しかった。
「なー、久瀬? 明日はどうする? どっか行きたいとことか、やりたいことある?」
「あー……帰り明後日だったよね」
「うん、午前の新幹線で……実際さぁ、海行って、温泉行って、祭り行ってってなるとさ、もう行くとこもやることもあんまなくなるんだよ。ギリ、車出してもらってイオンとか。あとはもう近くの山で虫取り!」
「虫、むし……いける、かな……」
「や、ごめんごめん、冗談……流石に俺もカブトムシとかクワガタって柄じゃないや。まあ、明日が実質最終日だし、何もせず家でダラダラするのもアリよな。まだやってないゲームもあるし、アニメ一気見したっていいし。あとはまあ……課題消化とか」
課題と聞いて、少し不満そうな、うーん、という声が返ってくる。まあ、課題なんて、帰ってからいくらでも追い込めるし、どうせなら明日まではやりたいことだけしていたい。
「まあでも、家にいるっていうのは、賛成かも。外に出ると、どうしても、声が出せなくなっちゃう時あるし……とりあえず、ラムネの競争と、花火ができたら、あとはもう……でも、ずっとぐうたらするのは、おじいちゃんとおばあちゃんに失礼かな?」
「いやいや、全然。祭りの設営で疲れてるんだなって、寧ろゆっくりしなさいって言うと思うよ」
「そうかな……なにか、お礼が出来たらいいんだけどな……」
「律儀だなぁ、久瀬は」
「お世話になったし……それに、ちょっと、不純な動機かもしれないけど、カイリくんのおじいちゃんとおばあちゃんには、良い子だって覚えててもらいたくて」
「かっ、かわいいかよ……っ」
頭を抱えて悶絶する。ふつうに、十分すぎるくらい、良い子だって思ってるはずだ。もう一人の孫とか言いだしてもおかしくないと思う。俺の願望かもしれないけど。
まあでも、どうせ家にいるなら、畑の手伝いとか、庭の手入れとか、高い場所の掃除とか、体力の必要そうな仕事を手伝って帰るのも、いいかもしれない。毎年来るたびにご馳走を振舞ってもらって、ゆっくりさせてもらっているし、俺にとっても、いい孝行の機会になる。
「じゃあ、明日、ばあちゃんに、何か困ってることないか聞いてみよっか。一緒にさ、なんか、草むしりとか、掃除とか……そうしたら、お礼になるかも」
「うん……うん! そうしよ!」
おお、世界よ……俺の彼氏(で、いいんだよな……?)は、こんなにも健気で可愛くて尊い子です……夢みたいだ……。
俺にはもったいないくらい、いい彼氏なのではなかろうか。でもまあ、俺がいいって言ってくれたしな。ああ、やっぱり、しみじみと嬉しい。
ふくふくと笑いながら、スマホを置き、目を閉じる。きっと、今までの人生で一番に、幸福な寝付きだった。
+++
さて、翌朝、有言実行とばかりに、朝食を貰ってすぐ、俺たちは祖母に取り調べをし、なにか困りごとがないかをあれこれ聞き出した。ほぼせっついたといっても過言ではなかったが、やはり、そこはかとなく気になってはいたが、祖母の身長と体力ではなかなか手がでない、といったような作業が沢山あった。
電気がつかなくなってしまったガレージの電球の取り換え、台所の戸棚の、高い場所にある不要物の処分、裏庭の畑の大玉スイカの収穫、壊れてしまった古い家具の解体・運び出しなど……朝から昼前にかけて、久瀬と協力しながら、あれこれこなしていく。
現役男子高校生の二人でもこれだけ重労働だと感じるなら、いくら元気とはいえ、祖父母ならほよど大変だっただろう。祖母はしきりに感謝してくれ、祖父も追加の手当を、などと言い出したので、制止するのがまた骨折りだった。
作業がひと段落し、汗だくになったので、風呂に入らせてもらうことにした。どちらが先に、という譲り合いすらも億劫で、俺たちは思い切って二人で一緒に入ることにした。
おととい、一緒に温泉に入った仲だ。今更恥じることなどない、筈だった。しかし、裸になって、温泉に比べると手狭な風呂に二人きりになって、水を浴びて……久瀬が、何を言うでもなく、背後からぴっとりとくっついてきた。そして、少しあやしい動きで、俺の腹筋の凹凸を撫でながら、耳を食んできた。
「っあ、あの……えと、久瀬……? ちょと、こそばい、かも」
「いや?」
「や、いや、というか……なんか」
変な気分になる、というか。これはちょっと、だめなのではないだろうか。いけないことのような気がする……いや、これは、いけないことなのだろう、間違いなく。少なくとも、祖父母の家でやるようなことではない、と思う。
でも、やっちゃいけない、という意識が、余計に、久瀬の体温を意識させ、皮膚の感覚が過敏になっていくのがわかった。疲労感もあってか、目の奥がジン、と痺れ、意識の輪郭がトロリと溶けていく。もっと触ってほしい、という気持ちが、確かに芽生え始める。
「でも、僕ら、こういうことしてもいい仲でしょ?」
「でも、ここじゃ、ちょっと……」
「……うん、そうだね。でも、あと、少しだけ」
暑い日だ。お湯は出さなかった。でも、俺は、すっかりのぼせた気になって、久瀬に身を委ねた。久瀬は、そんな俺の、頭からてっぺんまでを丁寧に洗って、なにもかも面倒を見てくれたのだった。
そんなことで、フラフラと夢見心地で居間に現れた孫だったが、祖父母は手伝いで疲れて眠いのだろうと、さして不自然には受け取らなかったようだった。どうにか気を取り直し、昼食の川魚の塩焼きと唐揚げ、マカロニサラダなどを、ありがたくカッ食らった。
午前中たっぷり作業して、腹を空かせ、昼飯にがっつく。その次にやってくるのは、抗いようのない睡魔だった。俺と久瀬は、昼下がりの薄暗い畳の間、扇風機の下で、折り重なるようにして、あっけなく入眠した。
チリリン、と、ふと、風鈴の音色で目を覚ます。久瀬は俺の腹を枕にして、すうすうと安らかな寝息を立てていた。頭元に落ちていたスマホで時間を確認、二時間も、ぐうすか昼寝を貪ったらしかった。
俺は、慎重に体を起こし、ゆっくり、久瀬の頭を俺の膝に移動させた。そして、うとうとスマホを弄りながら、久瀬のサラサラの髪に指を絡ませ、ぽわぽわと曖昧に撫でた。
「ようさん寝たねえ、ありがとうね……おやつどきやけど、スイカ食べんね?」
「あ……久瀬が起きたら、もらう。ありがと」
「うちわ、いる?」
俺は少し迷って、頷いた。祖母はうれしそうにふくふくと笑い、持ってきてくれ、少しだけ離れた場所に、自分も座った。俺に扇風機の風が遮られているだろうから、久瀬の首元から上半身にかけて、やんわりとうちわを扇いでやった。
「じいちゃんは?」
「昨日の祭りの後始末やて。業者さんにね、返さんといかんもんがあるきに、確認せんとあかんのやて」
「大変だな……」
「なんもなんも、おしゃべりが得意なひとやから、じいちゃんはね。アンタぁは、じいちゃんに似たんかねぇ、ミズキくんと話しとるときのカイちゃん、昔のじいちゃんにそっくりやわ」
「……やっぱ、違う? 久瀬といるときの俺」
「そげな嬉しそうな顔すんのやねぇって、ばあちゃんまで嬉しくなった。ほんに、ええ子なんやなって。また、連れてきんしゃいね。も、あげな大変なことはせんでもよかけど……また、ばあちゃんのご飯食べにおいで」
「うん……わかった。また、連れてくるよ」
きっと、久瀬も、一緒に来てくれるだろう。来年は、受験で難しいかもしれないけど、一日だけでも、顔を出せたらいい。その時に、久瀬も一緒に来れたら、もっといい。
祖母はニコニコと笑みを深め、うんうんと頷いて、また、どこかへはけていった。もしかしたら、スイカを切りに行ったのかも。
「……また、一緒に、来てもいいの?」
「うん。久瀬が、よければ。また、一緒に来よう」
久瀬が寝返りを打ち、仰向けになった。俺の顔を見上げる形だ。俺は少し照れくさくなって、片手で久瀬の顎を覆うみたいにして、むにむにと頬を揉んでやったのだった。
さて、昼寝から再起動、祖母に切ってもらったスイカをしゃくしゃくと食べながら、縁側で胡坐をかいてボーッと過ごし、気付けばあっという間に夕方。外に出ていた祖父も帰ってきて、居間からテレビのニュースの声も聞こえてくる。
心地良い風が吹き込んで、肌を撫でた。なんとなく、今夜は雨が降らないだろうと思った。
いつもより遅めの時間に夕飯、今日は瓶ビールを出して、祖父と祖母も晩酌がてらといった様子だ。鶏肉とごぼうの炊き込みご飯のおにぎりと、豚のしゃぶしゃぶサラダ、少し濃い目の味付けをした鯛の煮付けに、冷ややっこ。どこか居酒屋風のような感じがして、どれもこれも、やっぱり美味しかった。
ゆっくりと、祖母の夕食を楽しんで、和やかに談笑をしているうちに、すっかり夜も深まった。俺は祖父に買ってもらった花火セットを庭に持ち出し、水を入れたバケツと、ろうそくをセッティング。その間に久瀬には、ラムネと、氷水をたっぷり入れたボウルを用意してもらった。
満を持して、ようやく、最後の夜に、久瀬と二人で花火。ろうそくの前、久瀬が恐る恐る、最初の一本に火をつけた。すると、間もなく、ぶしゃ、と吹き出すみたいに、オレンジ色の火が夜闇に舞い始めた。
「わー‼ 久瀬、炎色反応、炎色反応! オレンジ色だよ、元素は?」
「もー! せっかく綺麗なのに今そう言うこと言わないで! カルシウムでしょ!」
ケラケラ笑いながら、俺も久瀬の花火から火を貰う。金色っぽい光が吹き出し始めたので、ナトリウム! と叫び、久瀬にスパーンと頭を叩かれた。花火の魔力だろうか、笑っても笑っても足りなかった。
半分くらい、あっという間に花火を消費して、地面に置く形の花火に点火して、フウと息をつく。笑いすぎて喉が渇いた。ラムネの出番だ。
「あら、綺麗ねぇ」
丁度いいところに祖母がやってきた。縁側にちょこんと座り、ラムネを一本手に取るのにならって、俺と久瀬もボウルから瓶を引き上げる。
「ばあちゃん、俺ら今から早飲み競争するから、よーいどん、って言って」
「んまあ、早飲み競争ね! アッハッハ……はぁ、はいはい、わかりましたよ」
ラムネを開封するのに少々まごつきながらも、準備が整う。俺と久瀬が並んで、まるで駆け足競争をするみたいな体勢で瓶を前に掲げると、祖母は、よーい、と片手をあげながらしばらく焦らして、ドン、と言いながら片手を振り下ろした。
「え、待って、全然出てこないんだけど、なんで⁉ うわむず! ビー玉邪魔!」
案の定、久瀬はビー玉が飲み口を塞ぐのに四苦八苦し、瓶の上げて下げてを繰り返した。俺はその間に半分を口に入れて、飲みこみながらカラカラと瓶を揺らし、また一気に煽った。
「はい、完飲~! おえ、くるしっ」
「早い早い早い! 待って、見てよ、僕まだ半分」
俺は炭酸が胃から食道を圧迫するのに苦しみ、ドンドンと胸を叩きながらほくそ笑む。ぐふっ、と込み上げるものを何とか穏便におさめ。大袈裟に腕組みした。
「久瀬クン、これにはコツがあるんですよ……ビー玉をうまく瓶の凹みに引っ掛けるのがポイントなんですねぇ」
「え、へこみ? どこ?」
空っぽになった自分のラムネを掲げ、指先でコツコツと示す。すると、久瀬はすぐさまその感覚を掴み、するすると残り半分を飲み干した。実に雅やかな風情があった。何故か負けたような気にさせられた俺であった。
さて、ラムネ競争を終えた俺たちは、残りの花火も瞬く間に消化していき、最後に、ふたりで向かい合ってしゃがんで、線香花火で締めることとした。
パチッ、ピシッ、孵化直前の魚の卵みたいに蠢いていた小さな火の玉から、少しずつ、火花が弾け出す。地味なようだが、興奮を落ち着かせるには丁度よく、じんわりと染み入るような趣があって、俺は好きだった。
「なんか、昨日見た花火を、夜空から摘んできたみたい」
「待って……ちょっと、あの、そういうロマンチックなこと言うならちゃんと予告してもらえませんか? スマホが間に合わないでしょうが。もっかいお願いできる?」
「もう言わないよ、残念でした」
久瀬の声でそう言うこと軽率に言われたら、こっちは破壊力のあまり吹き飛ぶことしかできないのだが。ああ、一生の不覚だ。どうして人間は声から忘れていくのか。構造的欠陥すぎるだろう。
俺の落胆を嘲笑うみたいに、ポトリと火種が地面へ落ちていった。俺が大袈裟にふさぎこんで見せれば、久瀬はクスクスと笑った。そして、ふと、息を飲んだ。繊細な息遣いだった。
次の瞬間、久瀬の線香花火の火種も、ぽと、と、短い盛りを終えた。たちまち、染み入るような暗闇が、肩にのしかかる。慰めるみたいに、柔らかい風がやってきて、俺と久瀬の間を駆け抜けていった。
「楽しかったな、ぜんぶ。……寂しいな」
零れ落ちたような久瀬の声色に、たまらず、俺も泣きそうになった。きっと、この夏は、またとない。この先、どんな未来が待っていても、ふとした瞬間に、胸を甘く締め付けるものとして、鮮烈に湧き上がるのだろう。
「本当に、楽しかった。何度目か分からないけど……一緒に来てくれてありがとう、久瀬。また、一緒に来ような」
暗闇で、あまり見えなかったけれど。久瀬は、確かに、頷いた。どうしてか、この瞬間、沸き上がったものは、嬉しさではなく、喉を震わせるような、切なさだった。
風呂に入り、寝る支度を済ませるまでも、あっという間に感じた。殆どの時間を地に足つかない気分でやり過ごしたのだ。初めは不安が大きかったが、元の日常に戻った途端、久瀬と特別な関係になれたという実感が、嬉しさとして込み上げ、頬の奥が甘く痛んだ。
隣り合わせでふたつ布団を敷き、うつ伏せに寝転がる。流石に、昨日今日と動き回ったから、足の裏が僅かにピリピリと痛んだ。サラサラのシーツが心地良く、意味もなく足を動かすなどしながら、ぼんやりスマホをいじった。
すると、横の布団で胡坐をかきながら、同じくスマホを弄っていた久瀬が、ドスンと寝転がり、俺の背中を枕にし始めた。もはや、躊躇いや遠慮など無い様子で、俺はそんな変化がいちいち嬉しかった。
「なー、久瀬? 明日はどうする? どっか行きたいとことか、やりたいことある?」
「あー……帰り明後日だったよね」
「うん、午前の新幹線で……実際さぁ、海行って、温泉行って、祭り行ってってなるとさ、もう行くとこもやることもあんまなくなるんだよ。ギリ、車出してもらってイオンとか。あとはもう近くの山で虫取り!」
「虫、むし……いける、かな……」
「や、ごめんごめん、冗談……流石に俺もカブトムシとかクワガタって柄じゃないや。まあ、明日が実質最終日だし、何もせず家でダラダラするのもアリよな。まだやってないゲームもあるし、アニメ一気見したっていいし。あとはまあ……課題消化とか」
課題と聞いて、少し不満そうな、うーん、という声が返ってくる。まあ、課題なんて、帰ってからいくらでも追い込めるし、どうせなら明日まではやりたいことだけしていたい。
「まあでも、家にいるっていうのは、賛成かも。外に出ると、どうしても、声が出せなくなっちゃう時あるし……とりあえず、ラムネの競争と、花火ができたら、あとはもう……でも、ずっとぐうたらするのは、おじいちゃんとおばあちゃんに失礼かな?」
「いやいや、全然。祭りの設営で疲れてるんだなって、寧ろゆっくりしなさいって言うと思うよ」
「そうかな……なにか、お礼が出来たらいいんだけどな……」
「律儀だなぁ、久瀬は」
「お世話になったし……それに、ちょっと、不純な動機かもしれないけど、カイリくんのおじいちゃんとおばあちゃんには、良い子だって覚えててもらいたくて」
「かっ、かわいいかよ……っ」
頭を抱えて悶絶する。ふつうに、十分すぎるくらい、良い子だって思ってるはずだ。もう一人の孫とか言いだしてもおかしくないと思う。俺の願望かもしれないけど。
まあでも、どうせ家にいるなら、畑の手伝いとか、庭の手入れとか、高い場所の掃除とか、体力の必要そうな仕事を手伝って帰るのも、いいかもしれない。毎年来るたびにご馳走を振舞ってもらって、ゆっくりさせてもらっているし、俺にとっても、いい孝行の機会になる。
「じゃあ、明日、ばあちゃんに、何か困ってることないか聞いてみよっか。一緒にさ、なんか、草むしりとか、掃除とか……そうしたら、お礼になるかも」
「うん……うん! そうしよ!」
おお、世界よ……俺の彼氏(で、いいんだよな……?)は、こんなにも健気で可愛くて尊い子です……夢みたいだ……。
俺にはもったいないくらい、いい彼氏なのではなかろうか。でもまあ、俺がいいって言ってくれたしな。ああ、やっぱり、しみじみと嬉しい。
ふくふくと笑いながら、スマホを置き、目を閉じる。きっと、今までの人生で一番に、幸福な寝付きだった。
+++
さて、翌朝、有言実行とばかりに、朝食を貰ってすぐ、俺たちは祖母に取り調べをし、なにか困りごとがないかをあれこれ聞き出した。ほぼせっついたといっても過言ではなかったが、やはり、そこはかとなく気になってはいたが、祖母の身長と体力ではなかなか手がでない、といったような作業が沢山あった。
電気がつかなくなってしまったガレージの電球の取り換え、台所の戸棚の、高い場所にある不要物の処分、裏庭の畑の大玉スイカの収穫、壊れてしまった古い家具の解体・運び出しなど……朝から昼前にかけて、久瀬と協力しながら、あれこれこなしていく。
現役男子高校生の二人でもこれだけ重労働だと感じるなら、いくら元気とはいえ、祖父母ならほよど大変だっただろう。祖母はしきりに感謝してくれ、祖父も追加の手当を、などと言い出したので、制止するのがまた骨折りだった。
作業がひと段落し、汗だくになったので、風呂に入らせてもらうことにした。どちらが先に、という譲り合いすらも億劫で、俺たちは思い切って二人で一緒に入ることにした。
おととい、一緒に温泉に入った仲だ。今更恥じることなどない、筈だった。しかし、裸になって、温泉に比べると手狭な風呂に二人きりになって、水を浴びて……久瀬が、何を言うでもなく、背後からぴっとりとくっついてきた。そして、少しあやしい動きで、俺の腹筋の凹凸を撫でながら、耳を食んできた。
「っあ、あの……えと、久瀬……? ちょと、こそばい、かも」
「いや?」
「や、いや、というか……なんか」
変な気分になる、というか。これはちょっと、だめなのではないだろうか。いけないことのような気がする……いや、これは、いけないことなのだろう、間違いなく。少なくとも、祖父母の家でやるようなことではない、と思う。
でも、やっちゃいけない、という意識が、余計に、久瀬の体温を意識させ、皮膚の感覚が過敏になっていくのがわかった。疲労感もあってか、目の奥がジン、と痺れ、意識の輪郭がトロリと溶けていく。もっと触ってほしい、という気持ちが、確かに芽生え始める。
「でも、僕ら、こういうことしてもいい仲でしょ?」
「でも、ここじゃ、ちょっと……」
「……うん、そうだね。でも、あと、少しだけ」
暑い日だ。お湯は出さなかった。でも、俺は、すっかりのぼせた気になって、久瀬に身を委ねた。久瀬は、そんな俺の、頭からてっぺんまでを丁寧に洗って、なにもかも面倒を見てくれたのだった。
そんなことで、フラフラと夢見心地で居間に現れた孫だったが、祖父母は手伝いで疲れて眠いのだろうと、さして不自然には受け取らなかったようだった。どうにか気を取り直し、昼食の川魚の塩焼きと唐揚げ、マカロニサラダなどを、ありがたくカッ食らった。
午前中たっぷり作業して、腹を空かせ、昼飯にがっつく。その次にやってくるのは、抗いようのない睡魔だった。俺と久瀬は、昼下がりの薄暗い畳の間、扇風機の下で、折り重なるようにして、あっけなく入眠した。
チリリン、と、ふと、風鈴の音色で目を覚ます。久瀬は俺の腹を枕にして、すうすうと安らかな寝息を立てていた。頭元に落ちていたスマホで時間を確認、二時間も、ぐうすか昼寝を貪ったらしかった。
俺は、慎重に体を起こし、ゆっくり、久瀬の頭を俺の膝に移動させた。そして、うとうとスマホを弄りながら、久瀬のサラサラの髪に指を絡ませ、ぽわぽわと曖昧に撫でた。
「ようさん寝たねえ、ありがとうね……おやつどきやけど、スイカ食べんね?」
「あ……久瀬が起きたら、もらう。ありがと」
「うちわ、いる?」
俺は少し迷って、頷いた。祖母はうれしそうにふくふくと笑い、持ってきてくれ、少しだけ離れた場所に、自分も座った。俺に扇風機の風が遮られているだろうから、久瀬の首元から上半身にかけて、やんわりとうちわを扇いでやった。
「じいちゃんは?」
「昨日の祭りの後始末やて。業者さんにね、返さんといかんもんがあるきに、確認せんとあかんのやて」
「大変だな……」
「なんもなんも、おしゃべりが得意なひとやから、じいちゃんはね。アンタぁは、じいちゃんに似たんかねぇ、ミズキくんと話しとるときのカイちゃん、昔のじいちゃんにそっくりやわ」
「……やっぱ、違う? 久瀬といるときの俺」
「そげな嬉しそうな顔すんのやねぇって、ばあちゃんまで嬉しくなった。ほんに、ええ子なんやなって。また、連れてきんしゃいね。も、あげな大変なことはせんでもよかけど……また、ばあちゃんのご飯食べにおいで」
「うん……わかった。また、連れてくるよ」
きっと、久瀬も、一緒に来てくれるだろう。来年は、受験で難しいかもしれないけど、一日だけでも、顔を出せたらいい。その時に、久瀬も一緒に来れたら、もっといい。
祖母はニコニコと笑みを深め、うんうんと頷いて、また、どこかへはけていった。もしかしたら、スイカを切りに行ったのかも。
「……また、一緒に、来てもいいの?」
「うん。久瀬が、よければ。また、一緒に来よう」
久瀬が寝返りを打ち、仰向けになった。俺の顔を見上げる形だ。俺は少し照れくさくなって、片手で久瀬の顎を覆うみたいにして、むにむにと頬を揉んでやったのだった。
さて、昼寝から再起動、祖母に切ってもらったスイカをしゃくしゃくと食べながら、縁側で胡坐をかいてボーッと過ごし、気付けばあっという間に夕方。外に出ていた祖父も帰ってきて、居間からテレビのニュースの声も聞こえてくる。
心地良い風が吹き込んで、肌を撫でた。なんとなく、今夜は雨が降らないだろうと思った。
いつもより遅めの時間に夕飯、今日は瓶ビールを出して、祖父と祖母も晩酌がてらといった様子だ。鶏肉とごぼうの炊き込みご飯のおにぎりと、豚のしゃぶしゃぶサラダ、少し濃い目の味付けをした鯛の煮付けに、冷ややっこ。どこか居酒屋風のような感じがして、どれもこれも、やっぱり美味しかった。
ゆっくりと、祖母の夕食を楽しんで、和やかに談笑をしているうちに、すっかり夜も深まった。俺は祖父に買ってもらった花火セットを庭に持ち出し、水を入れたバケツと、ろうそくをセッティング。その間に久瀬には、ラムネと、氷水をたっぷり入れたボウルを用意してもらった。
満を持して、ようやく、最後の夜に、久瀬と二人で花火。ろうそくの前、久瀬が恐る恐る、最初の一本に火をつけた。すると、間もなく、ぶしゃ、と吹き出すみたいに、オレンジ色の火が夜闇に舞い始めた。
「わー‼ 久瀬、炎色反応、炎色反応! オレンジ色だよ、元素は?」
「もー! せっかく綺麗なのに今そう言うこと言わないで! カルシウムでしょ!」
ケラケラ笑いながら、俺も久瀬の花火から火を貰う。金色っぽい光が吹き出し始めたので、ナトリウム! と叫び、久瀬にスパーンと頭を叩かれた。花火の魔力だろうか、笑っても笑っても足りなかった。
半分くらい、あっという間に花火を消費して、地面に置く形の花火に点火して、フウと息をつく。笑いすぎて喉が渇いた。ラムネの出番だ。
「あら、綺麗ねぇ」
丁度いいところに祖母がやってきた。縁側にちょこんと座り、ラムネを一本手に取るのにならって、俺と久瀬もボウルから瓶を引き上げる。
「ばあちゃん、俺ら今から早飲み競争するから、よーいどん、って言って」
「んまあ、早飲み競争ね! アッハッハ……はぁ、はいはい、わかりましたよ」
ラムネを開封するのに少々まごつきながらも、準備が整う。俺と久瀬が並んで、まるで駆け足競争をするみたいな体勢で瓶を前に掲げると、祖母は、よーい、と片手をあげながらしばらく焦らして、ドン、と言いながら片手を振り下ろした。
「え、待って、全然出てこないんだけど、なんで⁉ うわむず! ビー玉邪魔!」
案の定、久瀬はビー玉が飲み口を塞ぐのに四苦八苦し、瓶の上げて下げてを繰り返した。俺はその間に半分を口に入れて、飲みこみながらカラカラと瓶を揺らし、また一気に煽った。
「はい、完飲~! おえ、くるしっ」
「早い早い早い! 待って、見てよ、僕まだ半分」
俺は炭酸が胃から食道を圧迫するのに苦しみ、ドンドンと胸を叩きながらほくそ笑む。ぐふっ、と込み上げるものを何とか穏便におさめ。大袈裟に腕組みした。
「久瀬クン、これにはコツがあるんですよ……ビー玉をうまく瓶の凹みに引っ掛けるのがポイントなんですねぇ」
「え、へこみ? どこ?」
空っぽになった自分のラムネを掲げ、指先でコツコツと示す。すると、久瀬はすぐさまその感覚を掴み、するすると残り半分を飲み干した。実に雅やかな風情があった。何故か負けたような気にさせられた俺であった。
さて、ラムネ競争を終えた俺たちは、残りの花火も瞬く間に消化していき、最後に、ふたりで向かい合ってしゃがんで、線香花火で締めることとした。
パチッ、ピシッ、孵化直前の魚の卵みたいに蠢いていた小さな火の玉から、少しずつ、火花が弾け出す。地味なようだが、興奮を落ち着かせるには丁度よく、じんわりと染み入るような趣があって、俺は好きだった。
「なんか、昨日見た花火を、夜空から摘んできたみたい」
「待って……ちょっと、あの、そういうロマンチックなこと言うならちゃんと予告してもらえませんか? スマホが間に合わないでしょうが。もっかいお願いできる?」
「もう言わないよ、残念でした」
久瀬の声でそう言うこと軽率に言われたら、こっちは破壊力のあまり吹き飛ぶことしかできないのだが。ああ、一生の不覚だ。どうして人間は声から忘れていくのか。構造的欠陥すぎるだろう。
俺の落胆を嘲笑うみたいに、ポトリと火種が地面へ落ちていった。俺が大袈裟にふさぎこんで見せれば、久瀬はクスクスと笑った。そして、ふと、息を飲んだ。繊細な息遣いだった。
次の瞬間、久瀬の線香花火の火種も、ぽと、と、短い盛りを終えた。たちまち、染み入るような暗闇が、肩にのしかかる。慰めるみたいに、柔らかい風がやってきて、俺と久瀬の間を駆け抜けていった。
「楽しかったな、ぜんぶ。……寂しいな」
零れ落ちたような久瀬の声色に、たまらず、俺も泣きそうになった。きっと、この夏は、またとない。この先、どんな未来が待っていても、ふとした瞬間に、胸を甘く締め付けるものとして、鮮烈に湧き上がるのだろう。
「本当に、楽しかった。何度目か分からないけど……一緒に来てくれてありがとう、久瀬。また、一緒に来ような」
暗闇で、あまり見えなかったけれど。久瀬は、確かに、頷いた。どうしてか、この瞬間、沸き上がったものは、嬉しさではなく、喉を震わせるような、切なさだった。
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これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
【完結】君とカラフル〜推しとクラスメイトになったと思ったらスキンシップ過多でドキドキします〜
星寝むぎ
BL
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✩友人たちからドライと言われる攻め(でも受けにはべったり) × 顔がコンプレックスで前髪で隠す受け✩
スカウトをきっかけに、KEYという芸名でモデルをしている高校生の望月希色。華やかな仕事だが実は顔がコンプレックス。学校では前髪で顔を隠し、仕事のこともバレることなく過ごしている。
そんな希色の癒しはコーヒーショップに行くこと。そこで働く男性店員に憧れを抱き、密かに推している。
高二になった春。新しい教室に行くと、隣の席になんと推し店員がやってきた。客だとは明かせないまま彼と友達になり――
【完結】口遊むのはいつもブルージー 〜双子の兄に惚れている後輩から、弟の俺が迫られています〜
星寝むぎ
BL
お気に入りやハートを押してくださって本当にありがとうございます! 心から嬉しいです( ; ; )
――ただ幸せを願うことが美しい愛なら、これはみっともない恋だ――
“隠しごとありの年下イケメン攻め×双子の兄に劣等感を持つ年上受け”
音楽が好きで、SNSにひっそりと歌ってみた動画を投稿している桃輔。ある日、新入生から唐突な告白を受ける。学校説明会の時に一目惚れされたらしいが、出席した覚えはない。なるほど双子の兄のことか。人違いだと一蹴したが、その新入生・瀬名はめげずに毎日桃輔の元へやってくる。
イタズラ心で兄のことを隠した桃輔は、次第に瀬名と過ごす時間が楽しくなっていく――
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
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純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
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📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
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🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
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なにとぞ、よしなに♡
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