見つからない願い事と幸せの証明

鳴海

文字の大きさ
10 / 18
Side カイル

01

しおりを挟む
 物心ついた頃から、俺は自分が世界に愛されていることに気付いていた。
 なにをしても上手くいく。苦労するということがない。

 俺はいつでもどんな時でも、優しい空気に包まれていた。なぜだか分からないけど、そのことを俺は幼い頃からなんとなく自然に理解していた。

 父には会ったことがない。俺が生まれる前に、既に死んでいたらしい。だけど、俺には優しい母がいてくれたから、寂しいと思うことはなかった。
 母が言うには、父はとても素晴らしい人だったらしく、形見のペンダントを母からもらった俺は、いつもそれを肌身離さず首から下げていた。

 片親で寂しいと思ったことはない。母はさる侯爵家で乳母の職についている関係から、その貴族の領地の屋敷で、俺と一緒に住み込みで暮らしていた。

 母の職場である領主館には、他にもたくさんの使用人が働いている。俺は彼らからとても可愛がられたし、彼らの子供たちとも仲良くやれていた。

 そんな風に、人から好かれる性質であるはずの俺をやたらと嫌い、困らせる存在が一人だけいる。母が乳母として育てている俺と同い年の乳兄弟、侯爵子息のレオポルトだ。

 母の手により、俺とレオは生まれてすぐから今までの五年間、ずっと一緒に育てられてきた。血の繋がりは一切ないけれど、気持ちの上では本当の兄弟のように俺はレオを思っている。

 思っているんだけど……このレオ、とにかく我儘ばかりを言う。流石はお貴族様と言わんばかりに横暴で自己中心的。

 食事が不味いと怒り狂い、テーブルの上の皿を全て床に落としては料理人を罵り、作り直し命じることなんて日常茶飯事。
 館の外壁に泥を投げて汚しまくったり、干してある洗濯物を地面に落として泥だらけにしたりなんてことを、特に理由もなく暇つぶしでやってしまう。

 使用人の子供の持つ手作り玩具を取り上げて、足で踏んで壊して捨てたことだって何度もあるし、その時に泣いてしまった子供を見て、すごく意地の悪い顔をして笑っていた。

 なにが気に入らないのかレオは常にイライラしていて、暇さえあれば使用人たちを怒鳴り散らしていた。正直、この館で働く者たちにとって、レオは厄介者、嫌われ者以外の何者でもなかった。

 そんなレオのことを俺はというと、ずっと一緒に育っているせいか、嫌いとまではいかないけれど、困った子だなぁとは思っていた。いや、正直に言うと、嫌いになりかけていたかもしれない。

 なにせ、俺に対する当たりがものすごく強い。この館の中で、レオに最も嫌なことをされているのは俺だと思う。少し前まではとても仲が良かったのに、いつも一緒に楽しく遊んでいたのに、どうしてなんだろう。

 レオは薄茶色の髪と目をしている小柄な子で、顔形の綺麗に整ったとても可愛いらしい少年だ。だけど、いつも怒っていたり、嫌味で皮肉っぽい表情ばかりしているせいか、すっかり歪んで醜い顔になってしまっている。

 勿体ないなぁと思う。俺、昔のレオの顔はとても好きだったのに、今は見る影もない。

 レオの態度があまりにも酷いから、俺は母に言ったことがある。レオのことをもっと叱って欲しいって。あまりにも酷すぎるって。
 そしたら母は悲しそうな顔で言った。

「レオポルト坊ちゃんはね、とても寂しいの。寂しくて、それをなんとか紛らわそうとして、あんなことをしてしまうの。そして、坊ちゃんが寂しいのはわたしたちのせいなの。わたしたちのために、レオポルト坊ちゃんは犠牲になってくれているのよ。だからね、カイル。あなたには坊ちゃんと仲良くしてあげて欲しい。坊ちゃんが少しでも寂しくないように、いつも一緒にいてあげて」

 俺には母が言っていることの意味がまったく分からなかった。

 犠牲? 母と俺のためにレオが?

 そんなことあるはずがない。レオの犠牲になっているのは俺の方だ。いつも理由なく嫌な思いをさせられてばかりいる。いくら乳兄弟だからって、俺にも我慢の限界があるんだ。

 最近の俺はレオを避けるようになっていた。嫌いではないけれど、一緒にいても良いことはなにもない。むしろ、嫌味を言われたり水をかけられたり、物を投げつけられて怪我をしたりと碌なことがない。これ以上一緒にいたら、本当に嫌いになってしまうに違いない。

 でも、俺がレオを嫌ったら、母はきっと悲しむだろう。だから、せめてこれ以上は嫌わないでいられるように、レオを避けて近寄らないようにしたのだった。

 だから今日もレオから逃げ出した俺は、捕まらないようにこっそり木に登ると、座り心地のいい場所を見つけて本を読んでいたんだけど……残念、見つかってしまった。

「カイル! そんなところでなにやってるんだよ! 早く降りてこい。僕は馬に乗りたい気分なんだ。今すぐ四つん這いになって僕の馬になれ!」

 木の下でレオがギャーギャー言っている。まったく、付き合っていられない。

 俺は聞こえないフリをして本を読み続けていた。すると、俺のいるところに来るつもりなのか、レオが木に登り始めた。

 俺は心配になって本を閉じた。レオは運動神経が鈍い。運動神経だけでなく、なにをやっても不器用だ。そのレオがこの木に登れるとは思えない。レオに見つかっても大丈夫なように、わざと登りにくい木を選んだのだから当然だ。

「レオ、待って。もう登るのはやめて、落ちちゃうよ」
「うるさいうるさいっ! お前に登れるんだ、僕にだって登れるに決まってる。バカにするな!」

 俺の言うことを聞かず、レオは少しずつ上に登ってくる。

 見ると、レオの腕は小刻みに震えていた。レオはひ弱だ。もうほとんど腕に力が入らなくなっているに違いない。いつ落ちてもおかしくない。

「レオ、やめて。本当にお願いだから木から降りて! 俺も今すぐに降りるから! 馬にでもなんにでもなるから!」
「だまれっ! すぐにお前のところまで行って――――あっ!」 

 レオの小さな身体が、まるで地面に吸い寄せられるように落ちていった。すぐに地面とぶつかり、そのままグッタリとして動かなくなる。

 俺は慌てて木から降りると、すぐにレオに駆け寄った。声をかけても返事はない。息はしているようだけど、弱々しくて顔色も真っ白だった。このままでは死んでしまうと思った。

「ど、どうしよう。レオッ、レオッ!!」

 無意識に、俺はレオを抱きしめて必死になって祈っていた。
 レオが死にませんように。レオが助かりますように。レオがまた元気になりますように。
 何度も何度も心から祈った。

 祈りを続けている内に、なんだか体から力が抜けていくように感じた。少しずつ体が重くなる。力がまったく入らない。

 ああ、これは魔法だ。俺は今、レオに治癒魔法をかけているんだ。
 なぜだか分からないけれど、理屈抜きにそう思えた。

 かけ始めたのはいいけれど、どうやって止めたらいいのか分からない。そもそも、治癒魔法のかけ方だって知らなかったくらいなんだから。

 なんで俺は魔法なんて使えるんだろう。よく分からない。でも、とにかくレオが助かればいい。
 そんなことを考えている内に、俺は意識を失った…………。




 目が覚めると、俺は自分の部屋のベッドで横たわっていた。驚いたことに、すぐそばでレオが椅子に座り、ベッドに上半身をうつ伏せた状態で眠っているのが見えた。

 スースーと小さな寝息が規則正しく聞こえてきて、俺はホッとして大きな息を吐いた。どうやらレオは大丈夫みたいだ。木から落ちた影響がどこにも見られない。怪我をしている様子はない。

 それより、俺はどうしたんだろう。
 最後に覚えているのは、レオを抱きしめて必死に祈っていたこと。その後の記憶はまったくない。

 なにがあったのかな。首を捻りながらレオを見る。レオの寝顔を見るのなんて久し振りだ。長い睫毛。小ぶりだけど形の良い小さな鼻と口。

 寝ているせいか、その顔はいつもみたいに歪んでおらず、とても可愛らしくて愛くるしい。

 レオが我儘になる以前、いつも仲良く遊んでいて、可愛い笑顔を俺に惜し気もなく見せてくれていた頃を思い出す。懐かしくて、思わずその柔らかそうな薄茶色の髪に触れ、昔よくやっていたように優しく撫でた。そうしたら、レオが突然目を覚ました。

 まずい。
 勝手に触ったといって、うるさく文句を言われるかもれない。

 そんなことを思っていた俺の予想は、見事に覆されることになった。驚くべきことに、レオがものすごく良い子になっていたからだ。

 木から落ちる前とは、まるで別人のよう!

 俺が無事で良かったと大喜びして泣く。助けてくれてありがとうと何度も頭を下げて礼を言う。挙句の果てに俺に抱きついてきた。

 なんだ、これ。もしかして、木から落ちたショックでレオはおかしくなってしまったのか。

 俺は本気でそう疑ったんだけど、レオが言うにはそんなことはなくて、ただ、これまでの自分の行いを反省したということらしい。

 レオは泣きながら俺に謝り続け、感謝し続け、しまいには俺を大好きだと叫んだ。

 そんなレオの顔は、まだ俺たちが仲良くしていた頃の、俺がすごく大好きだった可愛い可愛いレオの顔をしていて、気が付くと、俺はレオの顔中にキスしまくっていた。

 あー、かわいい。すごくかわいい。

 俺からのキスを素直に受け、くすぐったそうにしながらも気持ち良さそうにしているレオは、なんてかわいいんだろう!

 頬に残るレオの涙がとても綺麗で、俺はそれを全部キスで吸い上げた。勿体なくて一粒だって零せない。レオの顔中余すところなくキスをした。本当は舐めまわしたかったけど、それは流石に我慢した。

 そうこうしているうちに、レオはキスされて恥ずかしいのか真っ赤になり、その顔を隠すために俺の胸に顔を埋めてきた。そのまま動かず、こんな質問をしてくる。

「ねえ、カイル。これからも僕と仲良くしてくれる……?」
「うん、仲良くする」

 俺は即答した。

「それに、もう絶対に離さないから!」

 当たり前だ。こんな可愛いレオを離すはずがない。
 言いながら胸の中のレオをぎゅっと抱きしめると、レオも抱きしめ返してくれた。

 俺はこっそりレオの髪の匂いを嗅いだ。
 あー、いい匂い。たまらない。

 それにしても、あんなに性格の悪かったレオがこんなに可愛くなるなんて……。
 ちょっと信じられないと思いつつ、もしこれが本当のことなら、やっぱり俺は世界に愛されているんだなと、改めてそう思った。
 やはり世界は、俺にとって都合がいい方向に進んでいくようだ。

 とはいえ、レオが可愛いのは今だけかもしれない。命の恩人である俺に対する罪悪感から、今だけ良い子のフリをしているだけなのかもしれない。
 そう疑ってしまうくらい、レオの豹変振りは凄まじい。

 本当にレオの性格が良くなったのか。それとも、そういうフリをしているだけなのか。今後じっくりと観察して判断しようと思った。



 そして、その後のレオを見ていて思ったことは。

 喜ばしいことに、レオの変貌は嘘や騙しではなく、本物だったらしい。
 その証拠にあの翌日、レオは館の使用人たちすべてをホールに集め、全員に頭を下げて謝罪した。

 これまでの自分は間違っていた、皆には本当に迷惑をかけてきた、申し訳ない。これからは悔い改めるから許して欲しいと、レオは真面目な顔で謝っていた。

 普通、貴族は使用人に頭を下げたりしないものらしい。してはいけないらしい。そういう意味では、レオは間違ったことをしたのかもしれない。けれど、俺はレオを立派だと思った。


 その後のレオは本当に別人のようだった。

 いつもにこやかに笑顔を見せる。誰にでも親切で優しく、思いやりもある。特に俺に対する特別扱いは凄まじかった。

 傍にいて、ただ見ているだけで、レオが俺のことを大好きだって感情が誰にでも伝わってしまうくらい、レオは俺に可愛らしい笑顔を頻繁に見せてくる。その大きな瞳をキラキラ輝かせ、可愛らしい頬を赤く染めて俺をうっとり見つめるんだ。

 最近始まったレオのための貴族教育の数々だけど、俺もレオの従者見習い候補として、一緒に学ばせられている。

 世界に愛されている俺は、やっぱりなにをやっても上手くいく。座学も剣術も魔法も体術もマナーもダンスだって、たいして真面目にやらなくても、それなりに上手にできてしまう。
 そんな俺を見て、レオは大はしゃぎしながら褒めてくる。

「すごい、すごいね、カイル! カイルはなにをやっても上手だね。すごいなぁ」
「そんなことないと思うけど、普通だよ」
「違うよ、カイルはきっと天才なんだ! 本当にすごいな。僕、心から尊敬するよ」
「そ、そうかな?」
「うん、そうだよ。カイルはすごいよ! 僕、カイルと仲良くしてもらえて本当に幸せ。カイル、大好き!」

 俺は今すぐレオを抱きしめてキスしまくって、ついでに体中を舐めまわしたい衝動を抑えるのに苦労した。
 はぁ~、なんなの、レオ。どうしてそんなに可愛いの? 天使なの?

 それにしても、レオの言っていることはまるっきりのお世辞ではなく、俺の持つ才能は本当にすごいものらしい。レオのために侯爵家が呼び寄せた貴族教育の先生たちが、口を揃えて俺を天才だと褒め称えるのだから、きっと間違いないのだろう。

 そんな俺と比べてレオはどうかと言うと……う~ん。

 前々から気付いていたことではあるけれど、レオはなにをやっても不器用で要領が悪い。見ていて可哀想になるくらい、理解が遅くてドン臭くって失敗ばかりする。

 ただ、レオのいいところは、それだけなにをやっても上手くいかないのに、だからと言ってやる気をなくしたり、自棄になったり、不貞腐れたりしないところだ。
 失敗しても、上手くいかなくても、何度でも何度でもやり直すし、挑戦し続ける。
 たまに泣きそうな顔をして悔しそうにしているけれど、それでも絶対に諦めない。

 上手くやれるからといって、どんなことも適当にやっている俺と比べたら、レオの方が何倍も立派だと俺は思う。

 けれどもそんな俺にレオは言うんだ。

「カイルは僕の憧れの人だよ。なんでも上手にできるカイルは本当にすごいね。乳兄弟になれて本当に良かった。だって、そのおかげでいつも一緒にいられるんだもの」

 はぁ~、もうこれ、俺にどうしろって言うんだよ。
 こんな可愛いレオにキスできないなんて、どんな試練だよ。
 ある意味拷問だよ。

 機会があれば見逃さず、レオの体を頭の先端から足の指先まで、余すことなくすべて舐めまわしてやろうと俺は心に誓った。




 俺が八才の時、美しく優しかった母が病気で亡くなった。
 亡くなる寸前、母が今際の際に俺に残した言葉がこれだった。

「自分の心の赴くまま、自由に生きてちょうだい。それがわたしの願いよ。愛しているわ、カイル」

 泣く俺の隣でレオも泣いていた。

 母とレオに血の繋がりはない。けれどもレオにとって俺の母は、本物の母親と同じように、いや、それ以上に大切な存在だったんだと思う。

 母を失ったことによる、俺とレオの悲しみの大きさは同じだった。だから、辛さや喪失感を共有し合えたし、同じ立場でお互いを慰め合うこともできた。二人でいたから、この辛さを乗り越えることができたんだと思う。

 母の葬儀は、領主館の全権を預かって領主代行の任についている、ベテラン執事のラッセが取り仕切ってくれた。たかだか乳母のためとは思えないほど、とても立派な葬儀だった。心から感謝している。

 この葬儀に、なぜかレオの母親である侯爵夫人が参列した。

 初めて会った侯爵夫人はとても美しい人で、一目見ればレオと血縁であることが分かってしまうくらい、二人は驚くほどよく似ていた。

 以前にレオが言っていた。物心ついて以来、自分の母親には一度も会ったことがないと。ということは、レオは今回、自分の母親に初めて会ったことになる。

 なんといっても八年振りだ。再会、というよりはほぼ初対面かもしれないけど、いずれにしても、さぞ感動的な再会になるのだろうと思っていた俺の予想は、見事にはずれることになった。

「久しぶりですね。元気にしていましたか?」
「はい、母上もお元気そうでなによりです」

 二人の会話はたったこれだけ。しかも、その後は目も合わせようとしない。

 そのクセ、侯爵夫人は俺にはやたらとかまってきた。侯爵夫人がなぜだか連れてきた数人の貴族と思しき人たちも、やたらと俺に話しかけ、変に想いのこもった気持ちの悪い視線を向けてくる。

 俺は適当に作り笑顔で対処したけれど、内心はかなり腹を立てていた。侯爵夫人のレオに対する態度、あれはなんだ。あれが八年振りに会った息子に取る態度なのか。

 以前、母が言っていたことを思い出す。

『レオポルト坊ちゃんはね、とても寂しいの。寂しくて、それをなんとか紛らわそうとして、あんなことをしてしまうの。そして、坊ちゃんが寂しのはわたしたちのせいなの。わたしたちのために、レオポルト坊ちゃんは犠牲になってくれているのよ。だからね、カイル。あなたには坊ちゃんと仲良くしてあげて欲しい。坊ちゃんが少しでも寂しくないように、いつも一緒にいてあげて』

 母が言ったことの、後半の犠牲の部分の意味は未だによく分からないけど、前半部分は今なら分かる。

 寂しかったレオ。それはそうだろう。生まれてから一度も家族にも会えず、ずっと放っておかれていたのだから。寂しくて、気持ちが荒んでも仕方がない。悲しくて辛くって、周りにあたり散らかしたくもなるだろう。むしろ、そうなるのも当たり前だと思う。
 だって、あの頃レオは、まだたったの五才だったのだから。

 そして今回、侯爵夫人は初めて会ったに等しい実の息子には愛情を示そうとせず、乳母の息子である俺にばかりかまおうとする。

 平然としているものの、レオは今どんなに悲しいだろう。どんなに寂しいだろう。
 レオがあまりにも可哀想で、俺の心がズキンと痛んだ。

 俺の母がとても優しい人だっただけに、この世の中にあんな冷たい母親がいることが、俺には信じられなかった。レオに冷たくあたる侯爵夫人に激しい怒りが湧いた。


 葬儀後、侯爵夫人と貴族たちが王都に帰るまでの数日間、俺はなぜか領都見学をする彼らに同行させられた。やたら甘やかされて、やたら美味い物を食べさせられて、やたら馴れ馴れしくされた。
 まるで、彼らが俺の身内であるかのようなその態度は、俺にとって不快なものでしかなかった。

 彼らがやっと王都へと帰ってホッとした俺は、すぐに執事のラッセのところに向かった。そして、胸の内を洗いざらいぶちまける。

「ラッセさん、あれはどういうことなんですか! どうして奥様はレオにあんなに冷たいんですか?! 久し振りに会った実の息子ですよね?! そのクセ、俺には気持ち悪いほど優しくて……俺には理解できません。あれじゃレオがかわいそうだ!」

 シルバーグレーの髪をきっちり整えた隙のない敏腕執事のラッセは、俺に困ったような顔を向けた。

「お前も覚えているだろう。坊ちゃんが五才くらいまで、酷い癇癪持ちで我儘放題に振舞っていたことを。当然、あの当時のことは王都の旦那様と奥様に報告してある。奥様はあの頃のことを強く印象に持たれているのだろうなぁ。その後、坊ちゃんの性格が穏やかになったことも報告しているが、一度落ちた信用を取り戻すのは難しい。すでに旦那様方の中で、坊ちゃんの本質は自分勝手で我儘だと決定付けられているのだろう」
「そ、そんな……だって、今のレオは全然違うのに! すごく頑張り屋で良い子なのに! ラッセさんだってそう思うでしょう?」
「そうだな、でもそれは、一緒に暮らしているわたしたちにだから分かることだ。遠く離れている旦那様方にいくら手紙で報告しても、なかなか真実は伝わらない。わたしが坊ちゃんを褒める報告をしても、庇っているのだと思われているのかもしれないしなぁ。それにな、坊ちゃんが旦那様方に見限られている理由は他にもある」
「他にも? え、なんですか。俺には思いつかないけど」

 ラッセがなにか含みのある視線を俺に向けた。

「え、俺? 俺がなにかしましたか?」
「お前は今、坊ちゃんと一緒に貴族教育を受けているだろう?」
「はい」
「その結果は定期的に旦那様に報告している。坊ちゃんと一緒に学んでいるお前なら分かるな。教師たちから送られる坊ちゃんの成績報告がどの様なものなのか」
「…………」

 俺はなにも言えなくなった。

 確かに、レオはなにをやっても上手くやれない。不器用だし要領が悪い。きっと、最悪の成績報告がされていることだろう。人間性をはかるための教科がもしあれば、間違いなくレオの評価は最高だろうが、残念ながらそんなものはない。

「王都に送られる報告書の中には、お前の成績報告も含まれている。そうなると、どうしても坊ちゃんとお前の成績は比べられる。二人の成績を見比べた旦那様方がどんな感想を抱くか、お前なら分かるな、カイル」

 俺は愕然とした。まさか、俺の存在がレオが両親に蔑ろにされる原因の一つだったなんて。そんなこと考えたこともなかった。
 青褪める俺を慰めるように、ラッセは言葉を続ける。

「お前のことだけじゃない。王都にいらっしゃるご長男様はとても優秀な方らしい。その双子のお嬢様も、末の弟君も、皆とても優秀だそうだ。そんな中で、共に暮らしていないせいで大した愛情も持っておらず、しかも、性格が悪い上に成績も最悪だと報告される息子のことを、旦那様方が可愛く思えるはずがないだろう。さっさと見限ってしまうのも仕方のないこととも言える。そもそも、貴族とは家族愛に執着しないところがあるからな」

 色々と話してもらった礼を言い、俺はラッセのいた執務室を出ると、とぼとぼと自室に向かって歩き出した。今聞いたことがあまりにも衝撃すぎて、なかなか気持ちが落ち着かない。

 まさか、レオが両親に冷たくされている原因の一つが俺だったなんて。
 勿論、俺だけが原因ではないけれど、それでもレオに申し訳なくてたまらない気持ちになった。

 そして、侯爵夫妻がレオを愛さないでいる理由が、とんでもなく理不尽というワケではないことに、やるせない気持ちになってしまう。

 しかし、だからといって納得できるわけでもない。

 レオはあんなに頑張っているのに。
 昔はどうであれ、今は誰にでも優しく親切にできる、とても思いやりのある良い子なのに。
 あんなにあんなにあんなに、天使みたいに可愛いのに。
 領主の息子でありながら、使用人の子供たちと一緒に洗濯物を干したり、イモの皮むきしたりだって、嫌な顔ひとつせずに自分から率先してするんだぞ。
 そんなことも知らないくせに!
 レオのこと、なにも知らないくせに!!

 考えていると、怒りが込みあげてきた。

 いいよ、ああいいさ。
 お前たちがいらないっていうんなら、俺がもらう。
 お前たちはレオの本当の素晴らしさに気付くこともなく、見限り、手放して、後で後悔することになればいい。そうだ、絶対に後悔させてやる。

 世界に愛されている俺の望むことなら、絶対に叶えることができるはずだ。


 俺はまず、自分に力を付けることにした。
 成し遂げたいなにかがあるのなら、まずは自分が力を手に入れないと。

 これまで適当にやっていた貴族教育、あれにもっと力を入れようと思った。特に魔法は役に立ちそうだし、一生懸命に勉強することにしよう。

 そうやって俺が成績を上げると、侯爵夫妻は増々レオをデキの悪い無能と決めつけて見限るだろう。

 そう、それでいい。お前らがレオの本当の価値に気付く必要はない。
 お前たちこそが磨く前の宝石の価値に気付けない無能なんだ。そして、それが磨けばどれほど光り輝くか、そのことに気付くことなく俺に奪われればいい!



 夜、俺は枕を持ってレオの部屋を訪れた。

 優しいレオは、俺が母を亡くした悲しみにくれていると思い、温かく俺をベッドに迎え入れてくれた。
 俺を大好きと言い、抱きしめてくれた。慰めようとして、三年前に俺がしたように、今度はレオが俺の顔中にキスの雨を降らせてくれた。

 ああ、俺も好きだよ、レオ。
 誰よりもレオが大好きだ。

 俺を大好きだと言ってくれて、ずっと一緒にいると言ってくれたこと、俺は絶対に忘れないから。言質は取ったから。もう撤回はできないからね。

 レオからのキスがあまりにも気持ち良くて、俺も我慢できずにレオにキスをした。俺から顔中にキスをされ、くすぐったがるレオはなんて可愛いんだろう。これに勝る宝がこの世にあるとは思えない。


 この日以来、夜眠る時、俺は必ずレオと同じベッドで眠ることにした。唯一の肉親を亡くした俺の心細さを感じ取り、レオはなにも言わずに受け入れてくれる。

 本当は心細いんじゃなく、ただレオと一緒に寝たいだけなんだけどね。

 とにかく、レオの優しさをいいことに、俺は一緒に寝ることがさも当たり前であるかのように振舞い続けた。それを続ける内に、レオにとって二人で一緒に寝ることは、おかしなことでもなんでもなく、ごく普通のことになっていった。

 俺たちは今、毎晩二人で同じベッドに入り、仲良く手をつないで目を閉じる。



 チョロい。でも、そういうところが可愛いぞ、レオ。


しおりを挟む
感想 327

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

婚約者の心の声が聞こえるようになったが手遅れだった

神々廻
恋愛
《めんどー、何その嫌そうな顔。うっざ》 「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」 婚約者の声が聞こえるようになったら.........婚約者に罵倒されてた.....怖い。 全3話完結

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

処理中です...