見つからない願い事と幸せの証明

鳴海

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Side カイル

08

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 歴史ある教会での神聖で厳かな結婚式。

 まるで絵画のように美しい新郎新婦。

 愛し子の願いを聞き、

 人間に姿を見せてくれたたくさんの美しい妖精たち。

 そんな妖精たちや凛々しく気高い聖獣に祝福を受け、

 美しい新婦が嬉しそうに微笑んだ。

 その新婦に寄りそう新郎もまた幸せそうに微笑んでいて、

 この国の未来は安泰だなと、

 俺は思ったのだった。


 そんな俺の隣には、

 この世で最も大切に想う人がいて

 幸せそうな新郎新婦を見て、

 まるで自分のことのように彼も幸せそうに微笑んだ。



 ああ、俺は彼がいなければ幸せにはなれない。

 彼が幸せに笑っていること。

 その笑顔を自分が作ったという自負。

 それこそが俺が幸せであることの証明なのだと、

 愛しい彼を見つめながら思ったのだった。





************* 






 俺には前世の記憶がある。

 物心ついた時には既にそれは俺の頭の中にあって、だから俺は愛するレオに再会できる日を、幼い頃から毎日毎日ひたすら楽しみに待ち続けていた。

 精霊王への願い事だから、必ず俺とレオは会えるはず。
 そして、これもまた精霊王への願い事で、俺たちは同じ年齢でこの世界に生まれているはずだ。

 前世の魔法を使えるファンタジーな世界と違い、今回俺が生まれてきたのは、科学技術の解明と共に文化を発展させてきた、かなり現実的で少し堅苦しい世界だった。

 俺が生まれた国は日本という小さな島国で、過去に大きな戦争を経験して以来、二度と戦争はしないという誓いを立てた比較的治安の良い国だ。
 俺は安堵した。レオと幸せに生きるには、戦争のない平和な国が望ましいに決まっている。

 生まれ変わったこの世界でもレオを幸せにするためと思い、小さい頃から俺は勉強にスポーツに意欲的に励んできた。前回に引き続き、あらゆる面が高スペックで容姿も良かったこともあり、男女問わず俺には友達も多かった。

 父親はIT系のサラリーマンで母親は信用金庫に勤めている。三つ年上の姉が一人。中流の中でも若干高め、といったくらいのごく普通の家庭に生まれ育った。ペット可の分譲マンションに住んでいる。

 俺はずっとレオとの再会を楽しみに待っていた。
 いつ会えるんだろう。今度こそレオが家族に恵まれているといいなと思う。まあ、もし家庭環境がまた複雑だったとしても、俺がドロドロに愛してあげて、寂しい思いなんて少しもさせないからいいけどね。

 早く会いたい。レオが傍にいてくれないと、心にぽっかり穴があいているようで、寂しくて仕方がない。なにをしていても楽しさが半減している気がする。
 そう思いつつ、俺はレオとの幸せな将来のため、時間を無駄にせずにひたすら勉強し、スポーツに励み、人脈作りに勤しんだ。

 それほど楽しみに待っているのに、俺は中学生になってもまだレオと再会できずにいた。
 あのクソ精霊王、なにやってんだよ。
 ギリギリ歯ぎしりしながらも、俺は日々の努力を怠らず、レオに会える日を待ち続けた。

 高校生になると、周りの女たちがうるさくなった。好きだなんだと呼び出されては告られるし、バレンタインのチョコは山のよう。クラスの仲の良い友達だと思っていた女たちも、隙があれば腕を組んできたり、胸を押し付けてきたりと面倒くさいし邪魔くさい。

 別に女の子が嫌いなワケじゃない。俺がレオ一筋ってだけの話だ。

 そう言えば、俺は男で転生したけど、レオはどっちなんだろう。
 まあ、どっちでもいいかな。レオがレオの魂を持ってくれてさえいれば、俺はそれで十分なのだから。

 体を鍛えようとして始めたバスケットで、俺のいるチームが全国大会に出場した。テレビで試合を見ていたタレント事務所のやつが家に来て、芸能人にならないかとスカウトされた。

「全く興味ありません」
「有名になりますよ。テレビや雑誌でも引っ張りだこになること請け合いです」
「テレビや雑誌……」
「興味出ました? どうです、やってみますか?」
「やります! 俺をテレビに出させて下さい」

 高校生の間はモデルの仕事をメインでやった。少しずつ実績を作り、大学生になった頃には、モデルと俳優の両方の仕事をするようになった。

 俺は前世では創造主の愛し子だった男だ。今の世界では違うだろうが、それでもやはりなにかが違うのか、前世と同じでなにをやっても上手くいく。

 顔は爽やか系イケメンだし、身長は日本人にしてはかなり高い方。カリスマオーラがある上に人付き合いは柔軟にこなせる。頭も良くて、大学の成績だって優秀だ。
 見た目以外の他の部分でも、あらゆることを俺は上手くこなせてしまう。だって、物心ついた頃からレオのために努力を欠かすことなく生きてきたんだ。これだけ頑張っていて、それで頭悪くて性格も悪くてスポーツもできなかったら救いようがない。

 俺はレオのためならなんだってやれるし、どんな努力も厭わない。
 それらの努力が芸能界で仕事をする上でも生かされて、その結果、偉い人には気に入られ、ファンもどんどん増えていき、少しずつ知名度も高くなっていった。


 大学では弁護士を目指して法学部に通った。
 大学生をしながらの芸能活動はなかなか大変だ。特に俳優の仕事は拘束される時間が長いだけでなく、仕事以外の時間もセリフを覚えたりする必要があって苦労する。

 勉強するのは楽屋での空き時間か、夜、仕事が終わってから睡眠時間を削ってやるしかない。心身共に疲れはするけど、でも俺は芸能活動をやめるつもりはない。

 だって、もしかしたら。
 テレビや雑誌に出ていれば、どこかでレオが俺に気付いてくれるかもしれない。気付いたら、レオはきっと俺に会いに来てくれる。

 きっとレオも同じ気持ちのはずだ。俺と一緒じゃなければ、レオだって幸せになれないに決まってる。
 今頃どんなに寂しい思いをしていることか。
 どんなに俺に会いたがっていることか。

 俺に会えずにいるレオの悲しみを想像しただけで、あまりにも可哀想で胸が引き裂かれてしまいそうになってしまう。
 早く、早く見つけなければ。俺も辛いしレオだって辛い。


 俺は二十才で司法試験に合格した。前世での天才設定はやっぱり現世でも引き継いでいるらしく、ちょっと真面目に勉強したら、大した苦も無く合格できてしまった。

 あまりにも簡単だったせいか不安になった。弁護士になったくらいで、俺は果たしてレオを幸せにできるのだろうか。

 他の収入の手段を考えていた時、テレビで株とFXトレーダーの特集をしている番組を見た。これだと思い、徹底的に勉強した。
 単位を取るためだけに大学へ通い、時々俳優やモデルとしての仕事を受ける。そして、それ以外の時間は株とFXに費やした。

 芸能活動で得た金は、すべて投資につぎ込んだ。日を追うごとにトレーダーとしての腕が上がり、収入はうなぎ上りに増えていく。
 正直、収入面だけで考えると、芸能活動よりもトレーダーをやっている方が何倍もの金になる。しかし、俺が芸能活動をしているのはテレビに映るため。テレビに映りたいのはレオに見つけてもらうため。
 レオ、どこにいる? 俺はここだ。ここにいるよ。


 やがて俺は大学を卒業した。
 最近ではすっかりイケメン俳優として、世に名前を知られるようになった。

 けれど、こんなことには意味がない。レオが見つけてくれないのなら、俺なんて大した有名人じゃないってことだ。まだまだ努力が足りていないに違いない。
 俺は精力的に仕事に取り組んだ。俳優としての評価がメキメキ上がっていく。


 レオはまだ見つからない。

 トレーダーとしても、毎日相場をチェックして取引をしている。

 レオがいないと遊んでも少しも楽しくない。だから殆ど出かけない。金が入っても使い道がなく、俺の銀行通帳の数字がとんでもないことになっていく。

 これまで誰とも付き合ったことがない。当たり前だ。だって、好きなのはレオだけなのだから。レオ以外と付き合いたいとは思わない。空いた心の穴は他人では埋められないのだ。

 俺は三十才になり、四十才になり、五十才になった。
 まだレオには会えないでいる。

 持っている全ての通帳の合計は、既に何百億となっている。放っといても勝手に利息が増えてしまう。相変わらず使い道がなく、日に日に金は増えていくばかりだ。

 そうだ、どこかの安い無人島でも買おうか。
 そこを俺とレオが二人だけで住める素晴しい場所に変えていこう。ヴァルトーシュに移り住み、皆で村を作り、少しずつ住みやすくしていき、改良を加え、大きな町へと成長させた。
 あの時のように、島を住みやすく変えていこう。

 いや、待て待て。それは俺一人でやっていいことじゃない。
 レオの意見を聞かなければ。レオが喜ぶ島にしなければなんの意味もない。島を買うのだって、レオの意見を聞いてから買った方がいいだろう。一人で選んでもつまらない。なにをするのも決めるのも、やはり二人でやった方が楽しいに決まっている。

 そんなことを夢見がちに考えながら、俺はレオに見つけてもらうため、芸能人としての仕事も真面目に続けていた。最近では国内の仕事だけじゃなく、海外映画のオファーも受けるようにしている。

 考えてみれば、レオが日本に生まれているとは限らないもんな。もしかしたら、外国にいるから今まで会えなかったのかもしれない。
 そう思って海外映画の仕事を受ける。仕事で頻繁に渡航する。それでもやっぱりレオにはまだ会えない。

 レオ、レオ、元気にしているか? 病気はしていないか?
 会いたくて会いたくてたまらない。心からレオだけを愛しているよ。


 俺は六十才になり、七十才の誕生日をも迎えてしまった。
 残念ながら、まだレオには会えずじまいだ。しかし、絶望はない。精霊王が再会を約束してくれた以上、俺たちは絶対に会えるはずなのだから。

 今まで待ち続けてきたけれど、楽しいばかりの人生だった。
 今日は会えるだろうか。いや、明日かな。再会の瞬間を想像するだけで、俺の心はいつも幸せで満ち溢れる。

 ああ、レオ。やっぱりレオはすごいな。俺を想像だけでこんなに幸せにしてくれる。
 愛している、愛している、心から誰よりも愛している。

 今どこでなにをしてる? 辛い思いはしていないか? 寂しい思いはしていないか?
 傍にいてあげられず、なかなか見つけてあげられずに本当にごめん。許して欲しい。
 頼むから、愛想をつかすのだけは勘弁してくれ。
 だって、心から愛しているんだ。レオに嫌われたら生きる意味がなくなってしまう。

 俺の年齢は八十を過ぎた。
 近頃は体の節々が痛んで少し辛い。けれど、健康を考えて毎日の散歩は欠かさない。
 レオに会えた時、情けない姿は見せたくないからな。俺にだって見栄はあるんだ。

 勿論、どんな俺でもレオは好きだと言ってくれるだろうことは分かっている。それでもやっぱりレオにだけは、少しでもカッコいい俺を見てもらいたい。

 そう、料理だってレオのために練習した。だから、言ってくれればなんだって作れるよ。
 レオはなにを食べたい? この世の中ではなにが好物だ?
 レオの好きな物なら、なんだって作ってあげたいよ。
 ああ、レオの喜ぶ顔が見たいなぁ。


 最近はもう仕事は一切していない。
 でも、心配しないでくれ。金だけは腐るほどにあるからな。
 いつだってレオをお嫁さんにもお婿さんにも貰えるから。不自由は絶対させないから。
 世界一幸せにしてあげるから。

 だから、どうか神様。お願いですから神様!
 早く。早く、一秒でも早くレオに会わせてくれませんか。

 おいでよ、レオ。早く俺に会いにおいで。俺に会いに来てよ。
 レオが恋しい。恋しくてたまらない。
 誰よりもなによりも大切にするから。
 だから早く、愛していると直接レオに伝えさせて?
 そして、俺にも笑顔で愛していると言って欲しい。


 今日は少し体が痛むから、散歩はちょっとサボろうかな。
 でも、明日は必ず行くからね。だって、どこでレオと会えるか分からないから。

 再会したら、たくさんキスをしよう。たくさん抱きしめ合おう。
 そして、精霊王の悪口を二人で言いまくろうな。

 眠い。なんだか今日はすごく眠いな。
 眠いのに、誰かが呼んでる声がするからゆっくりと眠れない。
 誰の声だろう、どこかで聞いた懐かしい声。
 聞いているだけで幸せになってくるような、そんな懐かしい声だけど。
 ずっと聞いていたいのに、

 今はあまりにも眠いから、

 少し静かにしてもらえないか……?


 ……………。


 ………………。








***************** 


「カイルッ、ねえ、カイル!!」

 体を大きく揺すられる感触に、俺は閉じていた目を開けて体を起こした。目の前には、心配そうに俺を見つめる二十才になったレオの美しい顔がある。

 ああ、レオ、なんて綺麗なんだ。昔から容姿が整っていたことは言うまでもないが、すっかり大人になったレオは、以前よりもさらに美しさに磨きがかかり、俺に日々愛されているせいか、とんでもなく色っぽくもある。
 けれど、笑うと途端に可愛くなって、子供の頃のレオを思い出させる無邪気さがそこにある。
 どれもこれも、俺の大好きで大切なレオだ。

 そんな愛してやまない俺のレオが、たった今、俺のために心配そうに眉を下げ、少しオロオロしている様子が見て取れる。

「カイル、大丈夫? 怖い夢でも見た? うなされていたようだったから、まだ夜中だけど起こしてみたんだ」
「……俺、うなされてたか?」
「う、うん。きっと疲れちゃったんだよ。素晴らしい結婚式だったけど、たくさんの人がいたし。僕が誰かから害されないようにって、カイルはずっと気を張ってくれていたから」

 言われて俺は思い出した。結婚式……そうか。そうだった。
 ボンヤリしていた俺の意識が、やっとハッキリしてきた。

 今日はヴァルトーシュ国王の結婚式に、レオと二人で参列したんだった。
 式はそれはそれは盛大かつ荘厳で、生まれ変わったこの国の、新しい王の門出に相応しい、とても素晴らしいものだった。
 近隣諸国からも多くの貴賓が参加しており、皆一様に若く有能な王と、その伴侶となった美しい妃に溢れんばかりの祝いの言葉を贈っていた。

 俺とレオも心からの祝いの言葉を二人に贈った。
 レオは妖精たちに頼んで、一瞬だけ彼らの姿を式の参加者の目に見えるようにしてもらっていた。
 人の目に見えるようになった色とりどりに光る妖精たちは、新郎新婦を祝いつつ、教会の中を可憐に美しく舞う姿を惜しみなく披露していた。
 聖獣であるロルフからも、新郎新婦に祝いの言葉をかけてもらった。

 挙式後のパーティーが終わる頃には、時刻はもうかなり遅くなっていて、俺たちは予定されていた通り、今夜は城の客室に泊めてもらうことになった。
 見慣れない、やけに豪華絢爛な部屋のベッドで寝ているのは、そのためだったか……。

 それにしても。

「ふー……」

 俺は片手で顔を覆い、大きく息を吐いた。なんだか異常に精神が疲れている。
 レオの言葉じゃないけれど、確かになんらかの夢を見ていたことは覚えている。けれど、その内容までは覚えていない。
 覚えていないのに、胸が痛むほどにレオが恋しくて恋しくてたまらない。レオが好きで大切で、焦がれるように愛しくて、気が付くと俺の目からはボロボロと涙が零れ落ちていた。

「カイル?!」
「レオ、ごめん。ちょっとだけ、抱きしめさせてもらってもいい?」
「いいよ! 勿論いいけど……でも、どうしたの?! 大丈夫?」
「分からないけど、すごくレオを抱きしめたくてたまらない。レオが恋しくてたまらないんだ」

 両腕を広げると、そこにレオが躊躇なく飛び込んできて、体を預けてくれた。
 温かい体温。大好きなレオの匂い。
 どうしてだろう、ただ抱きしめただけで、すごく安心できて、ものすごく幸せが心に満ち溢れる。まるで、長年離れ離れになっていた恋人に、やっと会えたような、そんな不思議な充足感がそこにあった。

 俺の様子がおかしいことにレオも気付いているのだろう。甘えるように、俺の胸に頬を摺り寄せてきてくれた。

「大丈夫だよ、カイル。ずっと一緒にいるよ」
「ああ、そうだな、レオ。俺、どうしたんだろうな。ごめんな、心配かけて」
「慣れない部屋で寝たせいで、嫌な夢でも見たのかもしれないね」
「夢を見ていたのは確かだけど、どんな夢を見ていたのか覚えていないんだ。ただ、夢を見ていた俺は、ものすごく寂しくて、でもたまらなく幸せだったんじゃないかと思う。俺は何かを待っていて、待っているのになかなかそれが来なくて、来なくて寂しいんだけど、待っていることは幸せだった。そんな、説明しづらい変な夢を見ていたみたいだ」
「今もまだ寂しいの?」
「まだ少し変な気分だけど、かなり落ち着いてきた。こうやってレオを抱きしめていれば、妙な気持ちも全部どこかへ吹き飛んでしまう」
「だったら、今夜はもうこのままずっと、抱きしめ合っていようよ。僕も好きだよ、こうしてカイルと抱きしめ合うこと。それだけじゃないよ。カイルに好きだって言ってもらうのも好きだし、カイルが幸せそうに笑っているのを見るのも大好き。カイルの全部が好きだ」
「俺だって同じだ。俺はレオがいなければ幸せになれない。レオがいてくれるから俺は幸せでいられる。レオの全てが好きだ。愛しているよ、レオ。生きている限り、俺の全てでレオを愛すると誓うよ」

 レオを抱きしめたまま、俺はベッドに体を倒して横になった。そして、そのままレオと愛し合った。
 それは快楽を得るよりも、自分の気持ちを相手に伝えることを目的とした、優しい優しい営みだった。ただひたすら互いを慈しみ、愛する気持ちを伝えるために触れ合った。
 お互いを癒すように、優しさで愛する人を包み込むために、俺たちは交じり合い、溶け合った。
 愛を言葉でもたくさん伝え、大切と想う気持ちを何度も口にして、唇が触れ合うだけの口付けに想いを乗せて、愛する人に自分の心を真摯に何度も何度も伝え続けた。
 とても温かく優しい時間が二人を包み込んでいた。
 体よりも心が快感に震えるような、そんな穏やかで心癒される営みだった。


 翌朝、少し早めに目を覚ました俺は、安全のために結界を何重にも張った部屋に眠っているレオを残すと、ロルフに後を任せて、転移魔法で精霊王のいる泉へと向かった。

 泉に到着すると、俺が来ることをまるで知っていたかのように、既に姿を現していた精霊王が水辺まで来ていた。そしてなぜか、俺を見た途端に頭を下げた。

『すまぬ、許して欲しい』

 意味が分からず俺が首を傾げていると、少し元気のない顔で精霊王が話し始めた。

『昨夜、お前に夢を見せた。お前が本当にレオポルトを愛しておるのか、それを確かめるための夢だった』
「なんだか妙な夢を見た気がしてたけど、あなたの仕業か。それで? 俺がレオを愛していることは証明されたか?」
『ああ、お前は我が引くほどレオポルトを愛しておったわ……というか、少し認識を改めさせられた』
「?」

 またもや俺が首を傾げると、精霊王は口をへの字に曲げた。

『昨夜あの夢をお前に見せるまで、お前の執着がレオポルトを捕えて離さない、それがお前たちの愛の形だと我は思うておった。しかし、それは誤りであった。カイルよ、囚われたのはお前の方であったのだな』
「俺が囚われた? どういう意味だ」
『前に話したな。我が愛し子は自分の持てる感情のほぼ全てを、お前を愛することに使うと決めたと。他人を憎んだり羨んだり、怒ったり悲しんだりする暇があれば、その時間も手間も全てお前のために使うと決めた、と』
「ああ」
『普通、人が誰かを愛する時、そこには必ず打算がある。相手のためと言いつつ、したことのすべては実は自分のための行いであることが大半だ。喜ぶ顔を見て自分が幸せになるから、ありがとうと言われて自分が嬉しいから、相手の助けになれることで自分が満足できるから。結局は皆、自分のために相手に親切にしたり、優しくしたりするものだ。それが当然のことなのだ』 
「まあ、そうだな。俺だってそうだ」
『けれど、あの子は違う。レオポルトはお前の幸せのためだけに行動する。そこに打算は一切ない。ただひたすらお前のことだけを考え、お前のためになることのみを考えて行動する。それほどの献身的な愛を、お前は五才の頃からレオポルトに与えられ続けてきた。それほどの完全なる愛を与えられ続けたお前が、少しでも打算の含まれる愛に満足できるわけがない。お前はきっと、もうレオポルト以外を愛することはできぬだろう。なぜなら、わずかでも打算の含まれた愛に、もはやお前は満足できなくなっているからだ。だから言ったのだ、囚われたのはお前の方だと』

 それを聞いた俺は、一瞬だけ呆けたものの、言われた内容を理解した途端に笑いだしてしまった。
 笑い続ける俺に、精霊王が慌てふためく。

『ど、どうした。ショックでおかしくなったか?!』
「だって……だって、可笑しくて!」
『だから、なにがだ?!』
「だってそれってさ、俺以外の愛撫で満足できないように、俺がレオの体を調教したことと同じだろう? そう思うと可笑しくって!」

 そう、俺たちは方法は違ったかもしれないが、同じやり方で相手を縛っていたんだ。そして俺は、レオがそこまでして俺を縛ってくれたことが、嬉しくて嬉しくて仕方がない。

「最高だな、レオ! 流石は俺が愛した人なだけはある」
『お前と違って、あの子は意識してお前を縛ったわけではないからな。そこは間違えるな!』
「分かってるさ。なんだっていいんだ。レオが俺を愛してくれているなら、なんだって、どんな方法だって、俺には喜びでしかない」

 俺が満足そうに笑うと、精霊王は眉間の皺を深くしてブツブツと文句を呟いた。

『本来であれば、昨日の結婚式の新郎はお前であってもおかしくなかった。あの式を見て、お前の心が少しでも揺らぎ、レオポルトへの執着が薄れるようであれば、そんな不誠実な奴からあの子を奪い取ってやろうと思い、あの夢を見せたのだが……少しも揺らがなかった。つまらぬっ!』
「俺がレオ以外の人間に心を動かすなんてある筈がないだろう? そう言えば、俺に見せた夢というのは、どういうものだったんだ? うなされたらしくて、レオに心配をかけてしまった」
『いや、あれは……すまぬ、あんな夢を見せたことは反省しておる。詫びとして、来世でお前たち二人が出会う年齢を五才より前としてやる。これで手打ちとして欲しい。そもそも、お前はこれを頼みに我の元へ来たはずだ。夢の内容を覚えておらぬゆえ、自分では分からなかったであろうがな』
「朝、目が覚めた時、あなたに会ってなにかを頼まなければならない、それを絶対にしなければならないと、そんな強い焦燥に駆られてここに来た。けれど、なにを頼むべきなのかは分からなかった。そうか、俺は来世のことを頼みに来たんだな」

 確かに、来世で俺とレオが出会う年齢について、精霊王が五才より前と約束してくれた途端、俺の中にあった焦りが途端になくなった。そのことからも、精霊王の言ったことが本当のことだと分かる。

「助かったよ。これですっきりとした気持ちでレオの元へ帰れる」

 礼を言い、転移魔法を使おうとしたところで、俺はあることを思い出して魔法の発動を止めた。そして、あらためて精霊王に礼を述べる。

「俺たちの住んでいた侯爵領から、早々に妖精たちを引き上げてあの土地をダメにしてくれたこと、心から礼を言います。ありがとうございました!」

 俺が意地悪くニヤリと笑ってみせると、精霊王もニヤリと恐ろし気に笑った。

『精霊の愛し子を外へと追いやったのだ。あれは当然の報いよ。あの土地には少なくとも今後百年、妖精を戻すことはない』
「長年の溜飲が下がった思いだ。本当なら俺の手でぶっ壊してやりたかったけど、レオが悲しむからな」
『愛し子たるレオポルトがいたことにより、これまであの土地には通常より多くの妖精たちが住んでおった。が、既に彼らはヴァルシュ公爵領を中心としたヴァルトーシュ全土を住処と変えておる。あとはお前たちの努力次第よ。今住むあの土地を更なる発展へと導くため、今後も励むがよい。そして、我が愛し子のこと、これからも頼んだぞ』

 俺は頭を深く下げて精霊王に礼を示すと、今度こそ場を辞してレオの元へと転移したのだった。



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