美人な姉を溺愛する彼へ、最大の罰を! 倍返しで婚約破棄して差し上げます

佐藤 美奈

文字の大きさ
1 / 29

第1話

しおりを挟む
結婚式まで、あと二ヶ月。

白いカーテンが朝の光にふわりと揺れ、私の心もふわふわと浮かれていた。鏡の前で、静かに髪を撫でるように整えながら、自然と緩んでしまう頬を両手でぱちんと叩く。だめだめ、まだ結婚したわけじゃないのに。にやけすぎ。

「大神官フレッド様の妻、か……」

マリア・フォン・アルンハイム伯爵令嬢から、大神官夫人へ。その響きに、まだ少しだけくすぐったさを感じてしまうのは、夢が現実になった実感が、まだ私の心に追いついていないからかもしれない。

だって、あのフレッド様だ。民からの信頼も厚く、清廉潔白で、神に仕える身でありながら誰にでも分け隔てなく微笑みかける、慈愛に満ちた人。そんな彼が、数多いる令嬢の中から私を選んでくれたのだ。

『君の瞳を見ていると、心が洗われるようだ。マリア、私のそばにいてくれないか』

神殿の薔薇ばら園で、夕陽に照らされながらそう告げられた日のことを、私は一生忘れないだろう。彼の少しかすれた真摯な声。私の手を取った、ごつごつとして、けれど温かい手。思い出すだけで、胸がきゅんと音を立てる。

けれど。

「最近、会えてないな……」

そう、ぽつりとつぶやいた声は、思っていたよりもずっと寂しげに部屋の空気に溶けていった。

フレッド様は忙しい。大神官という立場は、この信仰深い国において王侯貴族にも匹敵する重責を担う。神殿の務めが立て込んでいるのは当たり前のことだし、私との逢瀬より、民の祈りを優先する方こそ、真に尊敬される聖職者なのだと、頭ではちゃんとわかっている。

うん、わかっている、はず。

初めて会ったのも、神殿が主催する慈善市だった。貴族の子弟も手伝いをするのが慣わしで、私も父に言われて売り子として参加していた。慣れない仕事に失敗ばかりで、売り物のジャムの瓶をひっくり返してしまった私を、誰もが遠巻きに見ているだけだったとき。さっと現れて、静かに後片付けを手伝ってくれたのがフレッド様だった。

『大丈夫かい、お嬢さん。怪我は?』

『だ、大丈夫です! ごめんなさい……』

『気にする必要はないよ。誰にだって失敗はある。さあ、新しい布巾を持ってきたから、一緒に片付けよう』

彼の微笑みは、まるで春の陽だまりのようだった。その日から、私の心はすっかり彼に奪われてしまったのだ。

交際が始まってからも、彼はいつも穏やかで優しかった。デートといえば、華やかな夜会よりも、神殿の庭でハーブティーを飲みながら静かに語り合うような、そんなささやかな時間ばかり。

ある日、私が『たまには街へお出かけとか……してみたい、ですか?』なんておずおずと尋ねると、彼は少し困ったように眉を下げて、私の手を握った。

『すまない、マリア。私はどうも、ああいう華やかな場所は苦手でね。それに、君といると、この静かな時間こそが何よりの宝物だと感じるんだ。君の素朴な魅力に触れると、神殿での慌ただしい毎日も忘れられるよ』

そんなことを言われたら、もう何も言えなくなる。むしろ、この人の特別になれているんだって、胸がいっぱいになった。私のを愛してくれる。着飾った他の令嬢たちにはない、私だけの価値を認めてくれた。そう、信じていた。

だから、今のこの寂しさも、大神官の妻になるための試練みたいなもの。そう自分に言い聞かせる。

それでも……ねえ、もう少しだけ。ほんの少しだけ、私のことも見ていてほしいの。大神官様じゃない、ただのフレッドとして、私の隣で笑っていてほしい。

そんなわがままな願いが、心の深いところで、微かな痛みが波紋のように広がった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きだった幼馴染みに再会→婚約者を捨ててプロポーズした侯爵令息

星森
恋愛
侯爵家の令息エドモンドは、幼い頃に結婚を誓い合った幼馴染コレットへの執着を捨てられずにいた。 しかし再会した彼女は自分を避け、公爵令息アランと親しくする姿ばかりが目に入る。 嫉妬と焦燥に駆られたエドモンドは、ついに“ある計画”に手を染めてしまう。 偶然を装った救出劇、強引な求愛、婚約破棄── すべてはコレットを取り戻すためだった。 そして2人は……? ⚠️本作はAIが生成した文章を一部に使っています。

婚約者に嫌われた伯爵令嬢は努力を怠らなかった

有川カナデ
恋愛
オリヴィア・ブレイジャー伯爵令嬢は、未来の公爵夫人を夢見て日々努力を重ねていた。その努力の方向が若干捻れていた頃、最愛の婚約者の口から拒絶の言葉を聞く。 何もかもが無駄だったと嘆く彼女の前に現れた、平民のルーカス。彼の助言のもと、彼女は変わる決意をする。 諸々ご都合主義、気軽に読んでください。数話で完結予定です。

[完結]不実な婚約者に「あんたなんか大っ嫌いだわ」と叫んだら隣国の公爵令息に溺愛されました

masato
恋愛
アリーチェ・エストリアはエスト王国の筆頭伯爵家の嫡女である。 エストリア家は、建国に携わった五家の一つで、エストの名を冠する名家である。 エストの名を冠する五家は、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家に別れ、それぞれの爵位の家々を束ねる筆頭とされていた。 それ故に、エストの名を冠する五家は、爵位の壁を越える特別な家門とされていた。 エストリア家には姉妹しかおらず、長女であるアリーチェは幼い頃から跡取りとして厳しく教育を受けて来た。 妹のキャサリンは母似の器量良しで可愛がられていたにも関わらず。 そんな折、侯爵家の次男デヴィッドからの婿養子への打診が来る。 父はアリーチェではなくデヴィッドに爵位を継がせると言い出した。 釈然としないながらもデヴィッドに歩み寄ろうとするアリーチェだったが、デヴィッドの態度は最悪。 その内、デヴィッドとキャサリンの恋の噂が立ち始め、何故かアリーチェは2人の仲を邪魔する悪役にされていた。 学園内で嫌がらせを受ける日々の中、隣国からの留学生リディアムと出会った事で、 アリーチェは家と国を捨てて、隣国で新しい人生を送ることを決める。

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

【完結】婚約者は私を大切にしてくれるけれど、好きでは無かったみたい。

まりぃべる
恋愛
伯爵家の娘、クラーラ。彼女の婚約者は、いつも優しくエスコートしてくれる。そして蕩けるような甘い言葉をくれる。 少しだけ疑問に思う部分もあるけれど、彼が不器用なだけなのだと思っていた。 そんな甘い言葉に騙されて、きっと幸せな結婚生活が送れると思ったのに、それは偽りだった……。 そんな人と結婚生活を送りたくないと両親に相談すると、それに向けて動いてくれる。 人生を変える人にも出会い、学院生活を送りながら新しい一歩を踏み出していくお話。 ☆※感想頂いたからからのご指摘により、この一文を追加します。 王道(?)の、世間にありふれたお話とは多分一味違います。 王道のお話がいい方は、引っ掛かるご様子ですので、申し訳ありませんが引き返して下さいませ。 ☆現実にも似たような名前、言い回し、言葉、表現などがあると思いますが、作者の世界観の為、現実世界とは少し異なります。 作者の、緩い世界観だと思って頂けると幸いです。 ☆以前投稿した作品の中に出てくる子がチラッと出てきます。分かる人は少ないと思いますが、万が一分かって下さった方がいましたら嬉しいです。(全く物語には響きませんので、読んでいなくても全く問題ありません。) ☆完結してますので、随時更新していきます。番外編も含めて全35話です。 ★感想いただきまして、さすがにちょっと可哀想かなと最後の35話、文を少し付けたしました。私めの表現の力不足でした…それでも読んで下さいまして嬉しいです。

殿下!婚姻を無かった事にして下さい

ねむ太朗
恋愛
ミレリアが第一王子クロヴィスと結婚をして半年が経った。 最後に会ったのは二月前。今だに白い結婚のまま。 とうとうミレリアは婚姻の無効が成立するように奮闘することにした。 しかし、婚姻の無効が成立してから真実が明らかになり、ミレリアは後悔するのだった。

婚約破棄されてしまいましたが、全然辛くも悲しくもなくむしろスッキリした件

瑞多美音
恋愛
真面目にコツコツ働き家計を支えていたマイラ……しかし、突然の婚約破棄。そしてその婚約者のとなりには妹の姿が…… 婚約破棄されたことで色々と吹っ切れたマイラとちょっとしたざまぁのお話。

婚約破棄されました。

まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。 本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。 ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。 習作なので短めの話となります。 恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。 ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。 Copyright©︎2020-まるねこ

処理中です...