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第2話
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その日、久しぶりに姉のカミーユが実家へ帰ってきた。嫁いで隣国に住んでいる姉が、外交官である旦那様のヒューゴ様と一緒に、休暇を利用して帰省したのだ。
「マリア! 元気にしてた?」
馬車から降り立つなり、カミーユ姉様は私をぎゅっと抱きしめてくれた。金の陽を映すように、その姿は凛とした輝きを放っていた。豊かな金髪は太陽の光を弾き、空の色を映したような青い瞳は知性と慈愛に満ちている。子どもの頃から、私はこの完璧な姉が大好きで、そして憧れだった。
「マリア、大きくなったわねえ。というか、少し痩せた? 顔が引き締まって、もう立派な伯爵令嬢って感じ」
「やだ、カミーユ姉様こそ、相変わらず綺麗すぎて直視できないくらいよ……!」
軽口を叩き合いながらも、胸の奥にまた別の、小さな痛みが生まれた気がした。姉に会えたのはすごく嬉しい。嬉しいのに、少しだけ……いや、ほんの少しだけ、寂しかった。
隣に立つと、自分という存在の色が静かに引いていくように思えた。昔からずっと感じていた、このどうしようもない劣等感。
「おいおいカミーユ、うちの可愛い義妹をあまりからかうな。マリア嬢、久しぶり。息災そうで何よりだ」
姉の隣で、旦那様のヒューゴ様がやれやれといった風に肩をすくめる。黒の髪に、冷静な輝きをたたえた灰銀の瞳。外交官という職業柄か、どこか人を食ったような笑みを浮かべているけれど、姉様に向ける眼差しはとろけるように甘い。
「ヒューゴ様もお元気そうで。長旅、お疲れ様でした」
「ああ。なに、このじゃじゃ馬姫のお守りをするのに比べれば、大したことはないさ」
「なんですって、ヒューゴ!」
ぷん、と頬を膨らませる姉様と、楽しそうにそれを見ているヒューゴ様。本当に仲の良い夫婦だ。二人の出会いは、それはもう情熱的だったと聞いている。
隣国の宮廷舞踏会で、カミーユ姉様はとある王子に言い寄られて困っていたらしい。しつこい誘いを断りきれずにいると、当時まだ若き書記官だったヒューゴ様がすっと間に入り、こう言ったのだとか。
『失礼ながら王子。こちらの御婦人は、ダンスのステップもろくに踏めないような田舎娘。あなたの貴重なお時間を無駄にしかねません。ここは私が、彼女の無作法を指導する役目を引き受けましょう』
なんて失礼な、と怒る姉様の手を強引に引いて、彼はバルコニーに連れ出した。
『なんてことするの!』
『どういたしまして。あんな脂ぎった王子のおもちゃにされるより、よほどマシでしょう?』
『あなただって同じよ! 私のこと、田舎娘だなんて!』
『おや、事実では? まあ、その気の強さは嫌いじゃないが』
そんな最悪の出会いから、なぜか二人は惹かれ合い、猛反対する周囲を説き伏せて結婚した。今では、ヒューゴ様は若くして大使の地位をうかがうほどの凄腕外交官だし、姉様はその美貌と聡明さで、隣国の社交界の華として輝いている。
二人の日常は、甘い言葉の応酬というより、テンポのいい軽口のラリーみたいだ。
『ヒューゴ、また書斎にこもっていたんじゃない? 体に悪いわよ。まずはこれを飲んで、少しゆっくりしてみてはどう?』
『君こそ、庭師と庭の改造計画で盛り上がっていたそうじゃないか。そんなに土いじりが好きなら、いっそ農家にでも嫁げばよかったものを』
『あら、それもいいわね。あなたが仕事を辞めて、一緒に畑を耕してくれるなら』
『……お断りだ。君を養うためには、馬車馬のように働くしかないんでね』
憎まれ口を叩きながらも、ヒューゴ様は姉様が用意したティーカップを素直に受け取る。そのやり取りを見ているだけで、こちらの顔が赤くなってしまうほど、深い信頼と愛情が満ちていた。
私も、フレッド様とあんな風になれるだろうか。
静かで穏やかな関係も素敵だけれど、あんな風に、お互いのすべてを受け入れて、軽口を叩き合えるような関係にも、少しだけ憧れてしまう。
「マリア! 元気にしてた?」
馬車から降り立つなり、カミーユ姉様は私をぎゅっと抱きしめてくれた。金の陽を映すように、その姿は凛とした輝きを放っていた。豊かな金髪は太陽の光を弾き、空の色を映したような青い瞳は知性と慈愛に満ちている。子どもの頃から、私はこの完璧な姉が大好きで、そして憧れだった。
「マリア、大きくなったわねえ。というか、少し痩せた? 顔が引き締まって、もう立派な伯爵令嬢って感じ」
「やだ、カミーユ姉様こそ、相変わらず綺麗すぎて直視できないくらいよ……!」
軽口を叩き合いながらも、胸の奥にまた別の、小さな痛みが生まれた気がした。姉に会えたのはすごく嬉しい。嬉しいのに、少しだけ……いや、ほんの少しだけ、寂しかった。
隣に立つと、自分という存在の色が静かに引いていくように思えた。昔からずっと感じていた、このどうしようもない劣等感。
「おいおいカミーユ、うちの可愛い義妹をあまりからかうな。マリア嬢、久しぶり。息災そうで何よりだ」
姉の隣で、旦那様のヒューゴ様がやれやれといった風に肩をすくめる。黒の髪に、冷静な輝きをたたえた灰銀の瞳。外交官という職業柄か、どこか人を食ったような笑みを浮かべているけれど、姉様に向ける眼差しはとろけるように甘い。
「ヒューゴ様もお元気そうで。長旅、お疲れ様でした」
「ああ。なに、このじゃじゃ馬姫のお守りをするのに比べれば、大したことはないさ」
「なんですって、ヒューゴ!」
ぷん、と頬を膨らませる姉様と、楽しそうにそれを見ているヒューゴ様。本当に仲の良い夫婦だ。二人の出会いは、それはもう情熱的だったと聞いている。
隣国の宮廷舞踏会で、カミーユ姉様はとある王子に言い寄られて困っていたらしい。しつこい誘いを断りきれずにいると、当時まだ若き書記官だったヒューゴ様がすっと間に入り、こう言ったのだとか。
『失礼ながら王子。こちらの御婦人は、ダンスのステップもろくに踏めないような田舎娘。あなたの貴重なお時間を無駄にしかねません。ここは私が、彼女の無作法を指導する役目を引き受けましょう』
なんて失礼な、と怒る姉様の手を強引に引いて、彼はバルコニーに連れ出した。
『なんてことするの!』
『どういたしまして。あんな脂ぎった王子のおもちゃにされるより、よほどマシでしょう?』
『あなただって同じよ! 私のこと、田舎娘だなんて!』
『おや、事実では? まあ、その気の強さは嫌いじゃないが』
そんな最悪の出会いから、なぜか二人は惹かれ合い、猛反対する周囲を説き伏せて結婚した。今では、ヒューゴ様は若くして大使の地位をうかがうほどの凄腕外交官だし、姉様はその美貌と聡明さで、隣国の社交界の華として輝いている。
二人の日常は、甘い言葉の応酬というより、テンポのいい軽口のラリーみたいだ。
『ヒューゴ、また書斎にこもっていたんじゃない? 体に悪いわよ。まずはこれを飲んで、少しゆっくりしてみてはどう?』
『君こそ、庭師と庭の改造計画で盛り上がっていたそうじゃないか。そんなに土いじりが好きなら、いっそ農家にでも嫁げばよかったものを』
『あら、それもいいわね。あなたが仕事を辞めて、一緒に畑を耕してくれるなら』
『……お断りだ。君を養うためには、馬車馬のように働くしかないんでね』
憎まれ口を叩きながらも、ヒューゴ様は姉様が用意したティーカップを素直に受け取る。そのやり取りを見ているだけで、こちらの顔が赤くなってしまうほど、深い信頼と愛情が満ちていた。
私も、フレッド様とあんな風になれるだろうか。
静かで穏やかな関係も素敵だけれど、あんな風に、お互いのすべてを受け入れて、軽口を叩き合えるような関係にも、少しだけ憧れてしまう。
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