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第12話
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ついに、結婚式の前日がやってきてしまった。
屋敷の中は、最後の準備で朝から慌ただしい空気に満ちている。侍女たちが行き交い、明日のために運び込まれた花々の甘い香りが廊下に漂っていた。
夜には、両家の家族だけが集うささやかな食事会が開かれた。
「マリア、立派になったな。幸せになるんだぞ」
「いつでも帰ってきていいのよ」
お父様は涙ぐみ、お母様は私の手を強く握りしめた。
私の隣では、カミーユ姉様が、どこか儚げな、それでいて美しい笑みを浮かべていた。
「マリア、本当におめでとう。あなたなら、きっと素晴らしい大神官夫人になるわ」
その言葉に、胸がちくりと痛む。
正面の席では、ヒューゴ様がワイングラスを傾けながら、いつもの皮肉っぽい口調で言った。
「せいぜい、あの偽善者に騙されんことだな。何かあれば、いつでも兄を頼れ。力づくで奪い返しに来てやる」
「もう、ヒューゴったら縁起でもない」
姉様は穏やかな声でたしなめるけれど、私はヒューゴ様の言葉が、どんな祝福よりも心強く感じられた。
結局、ヒューゴ様の調査でも、姉様とフレッド様の関係を裏付ける決定的な証拠は見つからなかった。私の考えすぎだったのかもしれない。そうであってほしい。最後の最後まで、私は大好きだった姉を信じたかった。
食事会が終わり、私は明日の式に備えて、神殿の近くに用意された宿舎へと向かうことになっていた。フレッドも、大神官として神殿で最後の祈りを捧げるため、すでに向かっているという。
「じゃあ、行ってまいります」
家族に見送られ、馬車に乗り込もうとした、その時だった。
「あっ……!」
私は思わず声を上げた。自室の化粧台の引き出しに、母様から結婚祝いとして譲り受けた、お守りのサファイアのブローチを忘れてきてしまったのだ。あれがないと、なんだか落ち着かない。
「申し訳ありません、すぐに戻ります!」
「お供しますわ」
「ううん、大丈夫よ。すぐそこだもの」
侍女に一声かけ、私は一人、屋敷へと駆け足で引き返した。
深夜の屋敷は、水を打ったように静まり返っていた。皆、明日に備えて、もうそれぞれの部屋で休んでいるのだろう。私は足音を忍ばせながら、自室へと向かう。
その途中だった。
普段はほとんど使われていない、離れの賓客用浴室の方から、微かに声が聞こえてきたのは。
水音。そして、男女の楽しそうな笑い声。
――誰? こんな時間に?
心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
嫌な予感が、冷たい蛇のように背筋を這い上がってくる。まさか。そんなはずはない。だって、姉様は自分の部屋にいるはずだし、フレッド様は神殿にいるはずだ。
「……まさか、ね」
自分に言い聞かせながらも、私の足は、吸い寄せられるように声のする方へと向かっていた。足が震えて、うまく力が入らない。
浴室の重厚な扉が、ほんの少しだけ、開いていた。中から漏れる光が、暗い廊下に細い筋を作っている。
呼吸を殺し、震える手で壁に寄りかかりながら、その隙間から中を、そっと覗き込んだ。
湯気が立ち込める、広い浴室。大理石の大きなバスタブ。
そして、その中で……戯れる、二つの影。
嘘だ。
嘘だと言って。
お願いだから。
だが、私の最後の願いは、無慈悲に打ち砕かれた。
湯の中から現れたのは、紛れもなく、私の婚約者である大神官フレッドと、そして、私のたった一人の、敬愛する姉、カミーユの姿だった。
屋敷の中は、最後の準備で朝から慌ただしい空気に満ちている。侍女たちが行き交い、明日のために運び込まれた花々の甘い香りが廊下に漂っていた。
夜には、両家の家族だけが集うささやかな食事会が開かれた。
「マリア、立派になったな。幸せになるんだぞ」
「いつでも帰ってきていいのよ」
お父様は涙ぐみ、お母様は私の手を強く握りしめた。
私の隣では、カミーユ姉様が、どこか儚げな、それでいて美しい笑みを浮かべていた。
「マリア、本当におめでとう。あなたなら、きっと素晴らしい大神官夫人になるわ」
その言葉に、胸がちくりと痛む。
正面の席では、ヒューゴ様がワイングラスを傾けながら、いつもの皮肉っぽい口調で言った。
「せいぜい、あの偽善者に騙されんことだな。何かあれば、いつでも兄を頼れ。力づくで奪い返しに来てやる」
「もう、ヒューゴったら縁起でもない」
姉様は穏やかな声でたしなめるけれど、私はヒューゴ様の言葉が、どんな祝福よりも心強く感じられた。
結局、ヒューゴ様の調査でも、姉様とフレッド様の関係を裏付ける決定的な証拠は見つからなかった。私の考えすぎだったのかもしれない。そうであってほしい。最後の最後まで、私は大好きだった姉を信じたかった。
食事会が終わり、私は明日の式に備えて、神殿の近くに用意された宿舎へと向かうことになっていた。フレッドも、大神官として神殿で最後の祈りを捧げるため、すでに向かっているという。
「じゃあ、行ってまいります」
家族に見送られ、馬車に乗り込もうとした、その時だった。
「あっ……!」
私は思わず声を上げた。自室の化粧台の引き出しに、母様から結婚祝いとして譲り受けた、お守りのサファイアのブローチを忘れてきてしまったのだ。あれがないと、なんだか落ち着かない。
「申し訳ありません、すぐに戻ります!」
「お供しますわ」
「ううん、大丈夫よ。すぐそこだもの」
侍女に一声かけ、私は一人、屋敷へと駆け足で引き返した。
深夜の屋敷は、水を打ったように静まり返っていた。皆、明日に備えて、もうそれぞれの部屋で休んでいるのだろう。私は足音を忍ばせながら、自室へと向かう。
その途中だった。
普段はほとんど使われていない、離れの賓客用浴室の方から、微かに声が聞こえてきたのは。
水音。そして、男女の楽しそうな笑い声。
――誰? こんな時間に?
心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
嫌な予感が、冷たい蛇のように背筋を這い上がってくる。まさか。そんなはずはない。だって、姉様は自分の部屋にいるはずだし、フレッド様は神殿にいるはずだ。
「……まさか、ね」
自分に言い聞かせながらも、私の足は、吸い寄せられるように声のする方へと向かっていた。足が震えて、うまく力が入らない。
浴室の重厚な扉が、ほんの少しだけ、開いていた。中から漏れる光が、暗い廊下に細い筋を作っている。
呼吸を殺し、震える手で壁に寄りかかりながら、その隙間から中を、そっと覗き込んだ。
湯気が立ち込める、広い浴室。大理石の大きなバスタブ。
そして、その中で……戯れる、二つの影。
嘘だ。
嘘だと言って。
お願いだから。
だが、私の最後の願いは、無慈悲に打ち砕かれた。
湯の中から現れたのは、紛れもなく、私の婚約者である大神官フレッドと、そして、私のたった一人の、敬愛する姉、カミーユの姿だった。
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