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第15話
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「ヒューゴ、よさんか!」
「お止めください!」
父様たちが、必死で彼を羽交い締めにする。
談話室は、怒号と、泣き声と、悲鳴が入り乱れる。
感情が爆発し、混沌の極みに達した場は、修羅場、という言葉ですら生ぬるい。
目の前で繰り広げられているのは、まさに地獄の釜が開いたかのような光景だった。
その狂乱の中心で、私はただ一人、静かに立っていた。
ああ、これが現実だなんて、笑わずにはいられないわ。
誠実でまっすぐな大神官。奥ゆかしく気品を備えた外交官夫人。そして、心優しい姉。
すべての化けの皮が剥がれ落ちた、無様な姿。
私の復讐の第一幕は、今、その幕を開けたのだった。
私の放った記憶水晶の映像が消えた後は、談話室は凍りついたような沈黙と、抑えきれない動揺のざわめきに支配されていた。
その沈黙を最初に破ったのは、当事者である姉、カミーユの高く響く声だった。
「違う! 違うのよ! これは、その、ちょっと、ふざけてただけで――!」
青ざめた顔で、まとまりのない言葉をがなり立てる。その声には、かつての上品さの欠片もなかった。
その言葉に、今度はフレッド様が食ってかかった。
「そうだ、これは誤解だ! そもそも、カミーユが誘惑してきたんだ! 私は大神官という立場上、むげに断れなくて……っ」
フレッド様が、震える指で姉様を指さして喚く。責任をすべてなすりつける気だ。
「は? あなたが迫ってきたんでしょう!? 『今ならバレない』『マリアは鈍感だから気づかない』って言ったのは誰よ!?」
「いや、それはお前が、夫との関係が冷え切っているだなんて、私を試すようなことを言うから……」
みっともない。
本当に、みっともない。
いい年をした大人が、互いに泥を塗りつけ合い、責任を押し付け合う。小さな子供でも、もう少しまともな言い訳をするだろう。
私は、その無様な光景を、ただただ冷たい目で見つめていた。
怒りも、悲しみも、とうの昔に通り越してしまった。もう、この人たちに対して、何の感情も湧いてこなかった。残っていたのは、尽きることのない嫌な気持ちと、押しつぶされるような空しさだけだった。
その時、私の脳裏に、まったく別の光景が、ふわりと浮かんだ。
あれは、私がまだ十歳にもならない頃。大切に飼っていたカナリアのピピが、ある朝、冷たくなって動かなくなってしまった。私は世界の終わりのように泣きじゃくり、食事も喉を通らなかった。
そんな私の手を引いて、庭の隅の、陽当たりの良い場所に連れて行ってくれたのが、カミーユ姉様だった。
『マリア、ここにピピのおうちを作ってあげましょう』
姉様は、自分のドレスが汚れるのも構わずに、小さな穴を掘ってくれた。そして、私が摘んできた野の花で、その周りを綺麗に飾ってくれたのだ。
『大丈夫よ、マリア。ピピは、お星様になったの。これからは空の上から、ずっとあなたのことを見守ってくれるわ。だから、泣かないで』
そう言って、私の頭を優しく撫でてくれた姉様の笑顔は、本当に聖母のようだった。あの温かい手のひらの感触を、私は今でも覚えている。
あの優しかった姉は、どこへ行ってしまったのだろう。
目の前で、耳を塞ぎたくなるような暴言をぶつけている。この女は、本当に、私の知っているカミーユ姉様なのだろうか。
「もうやめて!」
私の声は、自分でも驚くほど静かだった。
けれど、そのたった一言で、二人の品位を欠いた言い争いが、ぴたりと止んだ。まるで時が止まったかのように、全員が私を見る。
「そうだな、マリアの言う通りだ。二人とも見苦しいぞ」
その静寂を破って、ゆっくりと前に歩み出てきたのは、ヒューゴ様だった。
彼の顔は、凍りついた湖面のように一切の感情が消えていた。だが、その奥で、マグマのような激しい怒りが燃えたぎっているのがわかる。
その目は、まっすぐに、ただ一人、カミーユ姉様だけを射抜いていた。
「お止めください!」
父様たちが、必死で彼を羽交い締めにする。
談話室は、怒号と、泣き声と、悲鳴が入り乱れる。
感情が爆発し、混沌の極みに達した場は、修羅場、という言葉ですら生ぬるい。
目の前で繰り広げられているのは、まさに地獄の釜が開いたかのような光景だった。
その狂乱の中心で、私はただ一人、静かに立っていた。
ああ、これが現実だなんて、笑わずにはいられないわ。
誠実でまっすぐな大神官。奥ゆかしく気品を備えた外交官夫人。そして、心優しい姉。
すべての化けの皮が剥がれ落ちた、無様な姿。
私の復讐の第一幕は、今、その幕を開けたのだった。
私の放った記憶水晶の映像が消えた後は、談話室は凍りついたような沈黙と、抑えきれない動揺のざわめきに支配されていた。
その沈黙を最初に破ったのは、当事者である姉、カミーユの高く響く声だった。
「違う! 違うのよ! これは、その、ちょっと、ふざけてただけで――!」
青ざめた顔で、まとまりのない言葉をがなり立てる。その声には、かつての上品さの欠片もなかった。
その言葉に、今度はフレッド様が食ってかかった。
「そうだ、これは誤解だ! そもそも、カミーユが誘惑してきたんだ! 私は大神官という立場上、むげに断れなくて……っ」
フレッド様が、震える指で姉様を指さして喚く。責任をすべてなすりつける気だ。
「は? あなたが迫ってきたんでしょう!? 『今ならバレない』『マリアは鈍感だから気づかない』って言ったのは誰よ!?」
「いや、それはお前が、夫との関係が冷え切っているだなんて、私を試すようなことを言うから……」
みっともない。
本当に、みっともない。
いい年をした大人が、互いに泥を塗りつけ合い、責任を押し付け合う。小さな子供でも、もう少しまともな言い訳をするだろう。
私は、その無様な光景を、ただただ冷たい目で見つめていた。
怒りも、悲しみも、とうの昔に通り越してしまった。もう、この人たちに対して、何の感情も湧いてこなかった。残っていたのは、尽きることのない嫌な気持ちと、押しつぶされるような空しさだけだった。
その時、私の脳裏に、まったく別の光景が、ふわりと浮かんだ。
あれは、私がまだ十歳にもならない頃。大切に飼っていたカナリアのピピが、ある朝、冷たくなって動かなくなってしまった。私は世界の終わりのように泣きじゃくり、食事も喉を通らなかった。
そんな私の手を引いて、庭の隅の、陽当たりの良い場所に連れて行ってくれたのが、カミーユ姉様だった。
『マリア、ここにピピのおうちを作ってあげましょう』
姉様は、自分のドレスが汚れるのも構わずに、小さな穴を掘ってくれた。そして、私が摘んできた野の花で、その周りを綺麗に飾ってくれたのだ。
『大丈夫よ、マリア。ピピは、お星様になったの。これからは空の上から、ずっとあなたのことを見守ってくれるわ。だから、泣かないで』
そう言って、私の頭を優しく撫でてくれた姉様の笑顔は、本当に聖母のようだった。あの温かい手のひらの感触を、私は今でも覚えている。
あの優しかった姉は、どこへ行ってしまったのだろう。
目の前で、耳を塞ぎたくなるような暴言をぶつけている。この女は、本当に、私の知っているカミーユ姉様なのだろうか。
「もうやめて!」
私の声は、自分でも驚くほど静かだった。
けれど、そのたった一言で、二人の品位を欠いた言い争いが、ぴたりと止んだ。まるで時が止まったかのように、全員が私を見る。
「そうだな、マリアの言う通りだ。二人とも見苦しいぞ」
その静寂を破って、ゆっくりと前に歩み出てきたのは、ヒューゴ様だった。
彼の顔は、凍りついた湖面のように一切の感情が消えていた。だが、その奥で、マグマのような激しい怒りが燃えたぎっているのがわかる。
その目は、まっすぐに、ただ一人、カミーユ姉様だけを射抜いていた。
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