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28話 美しい顔を失った母と娘の生活
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「ローラ、今日も一日終わったわね」
夜の帳が下り、窓の外の景色が黒一色に染まる頃、母は静かに言った。部屋には小さな間接照明だけが灯り、昼間の明るさを忘れさせる穏やかな空気が流れている。
「うん、お母様」
ローラの声もまた、静かで控えめだ。かつては陽光のように明るく、人々を惹きつけた美しい顔は今は見る影もない。まるで蝋が溶けるように、ゆっくりと、しかし確実にその形を失って醜く変貌してしまったのだ。二人の顔は酷い状態になっていた。
アリシアの意向で、ローラは数年の求刑に免れた。美しい顔を失った母と娘に、同情的な立場から減刑や無罪を嘆願する運動まで起こった。それほど顔は、人間にとって重要な役割を果たしているのだ。美人な母と娘の顔が破壊されたということが、大多数の人に大きなインパクトを与えたのもあるかもしれない。
ローラと母は、憑き物が落ちたように爽やかな顔になっていた。性格も以前とは真逆になって、明るく気立てのいい素直で心優しい性格になっていた。今は、母と娘の二人で仲良く笑顔で肩を寄せ合って質素な生活だけど、真面目に生きて幸せに暮らしていた。
顔に問題があるので昼間の外出は、二人にとって悪夢だった。街ですれ違う人々の視線が、まるで鋭い刃物のように突き刺さる。好奇心、哀れみの気持ち、そして嫌悪。様々な感情が入り混じった視線に晒されるたびに、二人の心は深く傷ついた。いつしか、明るい陽の下を歩くことはなくなり、昼間はカーテンを閉め切った部屋の中でひっそりと過ごすようになった。
買い物は近所の人に頼んだり、宅配サービスを利用したり。必要なものは、夜の静けさの中でこっそりと手に入れた。夜の街は、二人にとって唯一の安息の場所だった。人影もまばらで、誰に見られる心配もない。冷たい夜風が頬を撫でる感触は、昼間の張り詰めた緊張から解放してくれる優しい慰めだった。
「ねえ、お母様。この前頼んだ新しいアロマオイル、すごくいい香りだと思わない?」
ローラはそう言って、小さなガラス瓶を手に取った。琥珀色の液体が、ほのかな光を反射している。
「ええ、本当にいい香りね。心が安らぐわ」
母も微笑んだ。顔の醜さは隠せないけれど、その声には穏やかな温かさが宿っている。二人で過ごす夜の時間は、静かで、そして何よりも安らかだった。互いの存在が何よりも心の支えとなっていた。
「たまには、どこか遠くへ行きたいと思わない?」
ふと、ローラが呟いた。それは、抑えきれないほどの切ない願いだった。かつては自由に飛び回っていた蝶が、今は見えない糸に繋がれて、狭い部屋の中に閉じ込められているような感覚。美しい顔を失った今、外の世界は二人にとって危険で残酷な場所になってしまったけれど、それでも心のどこかで広い世界への憧れが消えることはなかった。
「そうね…でも、今の私たちには難しいかもしれないわ」
母の声には、諦めのような響きが混じっていた。現実を考えると、二人が人目を避けて生きる以外の選択肢は、なかなか見つからない。
「でも…もし、もしもいつか、私たちのことを理解してくれる人が現れたら……」
ローラは、まるで夢を見るような瞳で言った。顔の醜さではなく、内面の美しさを見てくれる人がいるかもしれない。そんな淡い期待が、彼女の心をかすかに照らした。
「ローラ……」
「お母様……」
「ローラ、私がずっと一緒にいるから大丈夫だからね」
母は娘の頬にそっと手を触れた。その手は少し震えている。
ローラの瞳から、堪えきれなくなった涙がこぼれ落ちた。一粒、また一粒と、醜く変形した頬を伝い落ちる雫は、まるで彼女の心の痛みを映し出しているようだった。
「ぐすっ…お母様の言う通りです。二人で、支え合って生きて…いきましょう」
「男なんて考えたら駄目。この顔じゃ、きっと悲しいことになるから」
ローラの涙声は震えて、言葉の端々には深い悲しみが滲んでいた。自嘲気味に笑うローラの表情は痛々しいほどだった。かつては多くの男性を魅了したであろう美しい面影は、今は見る影もない。その事実が、彼女の心を深く蝕んでいた。恋愛という言葉は、今のローラにとって遠い世界の出来事のように感じられた。誰かに愛されることなど、もう二度とないのではないかという絶望感が彼女を包み込んでいた。
母は、そんな娘の肩を優しく抱き寄せた。
「ローラ……」
言葉少なに、ただ娘の悲しみに寄り添うように。母もまた、かつては美しい女性だった。だからこそ、娘の苦しみが痛いほどよく分かった。顔が変わってしまったことの悲しみ、人目を避けて生きなければならない苦しみ、そして何よりも誰かに愛されるという喜びを諦めざるを得ないかもしれないという絶望。
「そんなこと、まだ分からないわ」
母は、かすかに声を震わせながら言った。
「顔が変わっても、あなたの心は変わらない。優しくて、温かくて、誰よりも美しい。いつか、きっと、あなたの内面の美しさに気づいてくれる人が現れるわ」
それは、現実味のない、まるで童話のような言葉だったかもしれない。それでも、母は娘に希望の光を灯したかった。恋愛することを諦めてほしくなかった。
「そんな都合のいいこと、あるはずないわ。みんな、結局は見た目なのよ。美しいものに惹かれるの。醜い私たちなんて……」
「ローラ!」
ローラは顔を上げて、涙で濡れた瞳で母を見つめて言うと、母は少し強い口調で言った。
「そんな風に言わないで。確かに、見た目は大切かもしれない。でも、それだけが全てじゃない。本当に大切なのは、心よ。一緒にいて安らげる、互いを理解し合える、そんな心の繋がりこそが人を結びつけるのよ」
母の言葉は、娘の閉ざされた心に、ゆっくりと染み渡っていくようだった。それでも、ローラの表情はまだ曇っていた。美人から醜女になった心の傷は、そう簡単に癒えるものではない。母は言葉を続けた。
「それに…もし、本当にあなたのことを大切に想ってくれる人が現れたとしたら、その人はきっと、あなたの顔が変わっても何も変わらないはずよ。むしろ、あなたが苦しんでいることを知ったら支えになりたいと思うわ」
母の言葉は、ローラにとって希望というよりも、むしろ試練のように感じられた。もし、本当にそんな人が現れたら? その時、自分は素直にその気持ちを受け入れられるだろうか? 醜い顔を見せることに、どれだけの勇気がいるだろうか?
「お母様……ありがとう…でも、まだ怖い…」
ローラは再び、母の胸に顔を埋めた。
「ええ、分かっているわ。無理にとは言わない。でも、いつか、ほんの少しでもいいから、そう思える日が来るといいわね」
母は、娘の背中を優しく撫でながら言った。二人の間には、言葉を超えた深い愛情と信頼があった。たとえ顔が変わってしまっても二人の絆は決して揺るがない。
夜は静かに更けていく。部屋には、先ほどのアロマの優しい香りがまだ漂っている。ローラは、母の温もりに包まれながら静かに涙を流し続けた。それは悲しみの涙であると同時に、ほんのわずかな希望の光を見つけたことへの、静かな感動の涙でもあったのかもしれない。
たとえ今は、恋愛など考えられないとしても。いつか、この醜い顔の奥にある本当の自分を見てくれる人が現れるかもしれない。そんな淡い期待を胸にローラは母と共に、明日もまた、人目を避けて生きるのだろう。それでも二人の心は、互いを想う温かい気持ちで繋がっていた。そして、その繋がりこそが彼女たちにとって何よりも大切な宝物だった。
夜の帳が下り、窓の外の景色が黒一色に染まる頃、母は静かに言った。部屋には小さな間接照明だけが灯り、昼間の明るさを忘れさせる穏やかな空気が流れている。
「うん、お母様」
ローラの声もまた、静かで控えめだ。かつては陽光のように明るく、人々を惹きつけた美しい顔は今は見る影もない。まるで蝋が溶けるように、ゆっくりと、しかし確実にその形を失って醜く変貌してしまったのだ。二人の顔は酷い状態になっていた。
アリシアの意向で、ローラは数年の求刑に免れた。美しい顔を失った母と娘に、同情的な立場から減刑や無罪を嘆願する運動まで起こった。それほど顔は、人間にとって重要な役割を果たしているのだ。美人な母と娘の顔が破壊されたということが、大多数の人に大きなインパクトを与えたのもあるかもしれない。
ローラと母は、憑き物が落ちたように爽やかな顔になっていた。性格も以前とは真逆になって、明るく気立てのいい素直で心優しい性格になっていた。今は、母と娘の二人で仲良く笑顔で肩を寄せ合って質素な生活だけど、真面目に生きて幸せに暮らしていた。
顔に問題があるので昼間の外出は、二人にとって悪夢だった。街ですれ違う人々の視線が、まるで鋭い刃物のように突き刺さる。好奇心、哀れみの気持ち、そして嫌悪。様々な感情が入り混じった視線に晒されるたびに、二人の心は深く傷ついた。いつしか、明るい陽の下を歩くことはなくなり、昼間はカーテンを閉め切った部屋の中でひっそりと過ごすようになった。
買い物は近所の人に頼んだり、宅配サービスを利用したり。必要なものは、夜の静けさの中でこっそりと手に入れた。夜の街は、二人にとって唯一の安息の場所だった。人影もまばらで、誰に見られる心配もない。冷たい夜風が頬を撫でる感触は、昼間の張り詰めた緊張から解放してくれる優しい慰めだった。
「ねえ、お母様。この前頼んだ新しいアロマオイル、すごくいい香りだと思わない?」
ローラはそう言って、小さなガラス瓶を手に取った。琥珀色の液体が、ほのかな光を反射している。
「ええ、本当にいい香りね。心が安らぐわ」
母も微笑んだ。顔の醜さは隠せないけれど、その声には穏やかな温かさが宿っている。二人で過ごす夜の時間は、静かで、そして何よりも安らかだった。互いの存在が何よりも心の支えとなっていた。
「たまには、どこか遠くへ行きたいと思わない?」
ふと、ローラが呟いた。それは、抑えきれないほどの切ない願いだった。かつては自由に飛び回っていた蝶が、今は見えない糸に繋がれて、狭い部屋の中に閉じ込められているような感覚。美しい顔を失った今、外の世界は二人にとって危険で残酷な場所になってしまったけれど、それでも心のどこかで広い世界への憧れが消えることはなかった。
「そうね…でも、今の私たちには難しいかもしれないわ」
母の声には、諦めのような響きが混じっていた。現実を考えると、二人が人目を避けて生きる以外の選択肢は、なかなか見つからない。
「でも…もし、もしもいつか、私たちのことを理解してくれる人が現れたら……」
ローラは、まるで夢を見るような瞳で言った。顔の醜さではなく、内面の美しさを見てくれる人がいるかもしれない。そんな淡い期待が、彼女の心をかすかに照らした。
「ローラ……」
「お母様……」
「ローラ、私がずっと一緒にいるから大丈夫だからね」
母は娘の頬にそっと手を触れた。その手は少し震えている。
ローラの瞳から、堪えきれなくなった涙がこぼれ落ちた。一粒、また一粒と、醜く変形した頬を伝い落ちる雫は、まるで彼女の心の痛みを映し出しているようだった。
「ぐすっ…お母様の言う通りです。二人で、支え合って生きて…いきましょう」
「男なんて考えたら駄目。この顔じゃ、きっと悲しいことになるから」
ローラの涙声は震えて、言葉の端々には深い悲しみが滲んでいた。自嘲気味に笑うローラの表情は痛々しいほどだった。かつては多くの男性を魅了したであろう美しい面影は、今は見る影もない。その事実が、彼女の心を深く蝕んでいた。恋愛という言葉は、今のローラにとって遠い世界の出来事のように感じられた。誰かに愛されることなど、もう二度とないのではないかという絶望感が彼女を包み込んでいた。
母は、そんな娘の肩を優しく抱き寄せた。
「ローラ……」
言葉少なに、ただ娘の悲しみに寄り添うように。母もまた、かつては美しい女性だった。だからこそ、娘の苦しみが痛いほどよく分かった。顔が変わってしまったことの悲しみ、人目を避けて生きなければならない苦しみ、そして何よりも誰かに愛されるという喜びを諦めざるを得ないかもしれないという絶望。
「そんなこと、まだ分からないわ」
母は、かすかに声を震わせながら言った。
「顔が変わっても、あなたの心は変わらない。優しくて、温かくて、誰よりも美しい。いつか、きっと、あなたの内面の美しさに気づいてくれる人が現れるわ」
それは、現実味のない、まるで童話のような言葉だったかもしれない。それでも、母は娘に希望の光を灯したかった。恋愛することを諦めてほしくなかった。
「そんな都合のいいこと、あるはずないわ。みんな、結局は見た目なのよ。美しいものに惹かれるの。醜い私たちなんて……」
「ローラ!」
ローラは顔を上げて、涙で濡れた瞳で母を見つめて言うと、母は少し強い口調で言った。
「そんな風に言わないで。確かに、見た目は大切かもしれない。でも、それだけが全てじゃない。本当に大切なのは、心よ。一緒にいて安らげる、互いを理解し合える、そんな心の繋がりこそが人を結びつけるのよ」
母の言葉は、娘の閉ざされた心に、ゆっくりと染み渡っていくようだった。それでも、ローラの表情はまだ曇っていた。美人から醜女になった心の傷は、そう簡単に癒えるものではない。母は言葉を続けた。
「それに…もし、本当にあなたのことを大切に想ってくれる人が現れたとしたら、その人はきっと、あなたの顔が変わっても何も変わらないはずよ。むしろ、あなたが苦しんでいることを知ったら支えになりたいと思うわ」
母の言葉は、ローラにとって希望というよりも、むしろ試練のように感じられた。もし、本当にそんな人が現れたら? その時、自分は素直にその気持ちを受け入れられるだろうか? 醜い顔を見せることに、どれだけの勇気がいるだろうか?
「お母様……ありがとう…でも、まだ怖い…」
ローラは再び、母の胸に顔を埋めた。
「ええ、分かっているわ。無理にとは言わない。でも、いつか、ほんの少しでもいいから、そう思える日が来るといいわね」
母は、娘の背中を優しく撫でながら言った。二人の間には、言葉を超えた深い愛情と信頼があった。たとえ顔が変わってしまっても二人の絆は決して揺るがない。
夜は静かに更けていく。部屋には、先ほどのアロマの優しい香りがまだ漂っている。ローラは、母の温もりに包まれながら静かに涙を流し続けた。それは悲しみの涙であると同時に、ほんのわずかな希望の光を見つけたことへの、静かな感動の涙でもあったのかもしれない。
たとえ今は、恋愛など考えられないとしても。いつか、この醜い顔の奥にある本当の自分を見てくれる人が現れるかもしれない。そんな淡い期待を胸にローラは母と共に、明日もまた、人目を避けて生きるのだろう。それでも二人の心は、互いを想う温かい気持ちで繋がっていた。そして、その繋がりこそが彼女たちにとって何よりも大切な宝物だった。
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