彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む

佐藤 美奈

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第5話

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「彼女は、君たち二人の婚約が決まった時、ひどく荒れていた。私の護衛騎士の一人が、偶然その場に居合わせていたんだ。子爵家の庭で、泣きながらアンドレ卿の名前を叫んでいたと」

そうだったのね。私がアンドレと婚約して幸せの絶頂にいたあの頃、キャンディはずっと深い孤独と苦しみの中にいた。そしてその想いは、いつのまにか憎しみに変わり、その矛先が私に向けられていたのだ。

狩猟も、観劇も、彼女がアンドレの屋敷に泊まったことさえも――今となっては、すべてが計算されたものだったのだとわかる。ただ一つの目的、アンドレを私から遠ざけるために。

そして、アンドレは本当に何も気づいていなかったのだろうか? いいえ、きっと気づいていた。けれども、その事実にも、私の不安にも目を向けようとしなかった。

彼の優しさは、誰も傷つけないように見えて、結局は誰の心も救えない悲しい優柔不断だったのだ。そもそも、あの二人の関係がと呼べるほど純粋なものだったのか私には信じきれない。

「ひどい……」

「アンドレ卿は、人が良すぎるんだ。誰のことも傷つけたくないと思っている。だが、その結果、一番大切な君を傷つけていることに気づいていない」

ロッドの穏やかな言葉が、心の奥に立ち込めていた霧をゆっくりと晴らしていくのを感じた。そうだ、私は決して悪くなかった。ただ、婚約者であるアンドレを心から愛し、その愛が脅かされそうになったことで、不安になっていただけなのだ。

誰かを想う気持ちに嘘も偽りもない。揺れる心も涙も、すべてがまっすぐな愛の証だった。私は、何ひとつ間違っていなかったのだと、今ははっきりとそう思えた。

「もし、私が彼の立場なら」

ロッドがそっと私の手を取った。彼の手は私よりずっと大きくて、優しく包み込むような温もりがあっわ。それなのに、かすかに震えているように感じられた。彼の中にも言葉にできない想いが渦巻いているかのようだった。

「もし、私が君の婚約者なら、君を一人にはしない。何よりも君を優先し、君の心を曇らせるものは全て排除する。……私なら、君を第一に考える」

彼の紫色の瞳が熱を帯びて私を見つめる。そのまっすぐな視線に、思わず胸がふるえた。今まで私の心にはアンドレしかいなかった。彼だけが、私の世界の中心だと疑いなく思い込んでいた。

けれど今、気づかされた。こんなにも近くで、そっと寄り添いながら、私を大切に見守ってくれていた人がいたということに――その存在を、ようやくはっきりと意識した。彼はアンドレとは違う確かなぬくもりを持っていた。
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