6 / 59
第6話
しおりを挟む
数日後、キャンディがローゼンベルク公爵邸を訪れた。これまでのような甘えたような口調は影をひそめ、どこか張りつめた空気をまとっていた。彼女の中にある感情が、もう隠しきれないほど膨らんでいたのかもしれない。
応接室で向かい合った私に、キャンディはゆっくりと微笑みを浮かべながら、挑むような含みのある言葉を口にした。
「ごきげんよう、ニーナ様。アンドレからお聞きになりました? 先日の舞踏会の夜のこと」
「……ええ、伺っておりますわ」
「そう。あの方、一晩中わたくしのそばに付き添ってくださったの。本当に、お優しい方よね」
その言葉は、もう私の心をかき乱すことはなかった。ロッドがくれた優しい時間と温もりが、私の心を穏やかに整えてくれていたから。今の私は、静かな湖面のように澄んでいて、少々の波風では揺らがない強さを持っていた。
「わたくしとアンドレには、幼い頃からの特別な絆があるの。あなたのような、家柄だけで婚約者になった人にはわからないでしょうけど」
キャンディは、勝ち誇るかのように、最後の切り札を突きつけるような言葉を放った。きっと彼女は、私が感情を爆発させて取り乱す姿を期待していたのだろう。
けれど、私は、ただ静かにその視線を受け止め、しばらく黙って彼女を見つめ返した。そして、小さくため息をつくように息を吐き、穏やかな微笑みを浮かべた。もう、何があっても揺らがない自分がそこにいた。
キャンディは意表を突かれたかのように、目を瞬かせて言葉を失った。私の穏やかな反応がまったくの予想外だったのだろう。その顔には、戸惑いと困惑がありありと浮かんでいた。
「特別な絆、ですって?」
「ええ、そうよ。あなたには……」
「もし、その程度のことで揺らぐような絆なのでしたら、結構ですわ」
「……え?」
「そんなに彼が欲しいのでしたら、どうぞ、差し上げますわ」
私の口からこぼれた言葉は、自分でも驚くほど静かで落ち着いていて、けれど確かな強さをもって空気に溶け込んでいった。それは悲しみでも怒りでもなく、私自身の大切なもの――自尊心と心の軸を守るための、穏やかで揺るぎない決意だった。
私は、誰かの二番目や代わりになるために結婚するのではないのだから。その言葉を聞いたキャンディの表情が、ゆっくりと曇っていくのがわかった。心の中で何かが崩れ落ちていくかのように、彼女の目の色が変わっていく。彼女の描いていた台本が、そっと音を立てて書き換えられていくようだった。
応接室で向かい合った私に、キャンディはゆっくりと微笑みを浮かべながら、挑むような含みのある言葉を口にした。
「ごきげんよう、ニーナ様。アンドレからお聞きになりました? 先日の舞踏会の夜のこと」
「……ええ、伺っておりますわ」
「そう。あの方、一晩中わたくしのそばに付き添ってくださったの。本当に、お優しい方よね」
その言葉は、もう私の心をかき乱すことはなかった。ロッドがくれた優しい時間と温もりが、私の心を穏やかに整えてくれていたから。今の私は、静かな湖面のように澄んでいて、少々の波風では揺らがない強さを持っていた。
「わたくしとアンドレには、幼い頃からの特別な絆があるの。あなたのような、家柄だけで婚約者になった人にはわからないでしょうけど」
キャンディは、勝ち誇るかのように、最後の切り札を突きつけるような言葉を放った。きっと彼女は、私が感情を爆発させて取り乱す姿を期待していたのだろう。
けれど、私は、ただ静かにその視線を受け止め、しばらく黙って彼女を見つめ返した。そして、小さくため息をつくように息を吐き、穏やかな微笑みを浮かべた。もう、何があっても揺らがない自分がそこにいた。
キャンディは意表を突かれたかのように、目を瞬かせて言葉を失った。私の穏やかな反応がまったくの予想外だったのだろう。その顔には、戸惑いと困惑がありありと浮かんでいた。
「特別な絆、ですって?」
「ええ、そうよ。あなたには……」
「もし、その程度のことで揺らぐような絆なのでしたら、結構ですわ」
「……え?」
「そんなに彼が欲しいのでしたら、どうぞ、差し上げますわ」
私の口からこぼれた言葉は、自分でも驚くほど静かで落ち着いていて、けれど確かな強さをもって空気に溶け込んでいった。それは悲しみでも怒りでもなく、私自身の大切なもの――自尊心と心の軸を守るための、穏やかで揺るぎない決意だった。
私は、誰かの二番目や代わりになるために結婚するのではないのだから。その言葉を聞いたキャンディの表情が、ゆっくりと曇っていくのがわかった。心の中で何かが崩れ落ちていくかのように、彼女の目の色が変わっていく。彼女の描いていた台本が、そっと音を立てて書き換えられていくようだった。
1,795
あなたにおすすめの小説
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
あなたとの縁を切らせてもらいます
しろねこ。
恋愛
婚約解消の話が婚約者の口から出たから改めて考えた。
彼と私はどうなるべきか。
彼の気持ちは私になく、私も彼に対して思う事は無くなった。お互いに惹かれていないならば、そして納得しているならば、もういいのではないか。
「あなたとの縁を切らせてください」
あくまでも自分のけじめの為にその言葉を伝えた。
新しい道を歩みたくて言った事だけれど、どうもそこから彼の人生が転落し始めたようで……。
さらりと読める長さです、お読み頂けると嬉しいです( ˘ω˘ )
小説家になろうさん、カクヨムさん、ノベルアップ+さんにも投稿しています。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる