相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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33 秋の夜長

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 今日は月島の家に泊まることになり、俺は先に風呂へ入らせてもらってから、月島の部屋で一人寛いでいた。
 いや、寛ごうと試みていた。

「お、落ち着かない……」

 俺と入れ替わりで月島が風呂へ向かって以降、俺はそわそわと落ち着かずに動き回っていた。
 『それ』は月島の自宅に足を踏み入れてからずっと感じていたことである。

 至極当然の話なのだが。
 ここは、どこもかしこも月島の匂いがするのだ。
 特にこの部屋は普段月島が眠っているだけあって、一層強く香りを感じる。オマケに今は、落ち着かなさに拍車をかける服装をしていた。

「ああくそ、やっぱり裾が長いな」

 八つ当たり気味に愚痴って寝巻の裾を捲り上げる。
 月島から借りた寝巻は、俺の身体には一回り大きく、足先と指先が辛うじて出ているような有様だ。
 この寝巻からも月島の匂いがするので、まるでアイツに抱き締められている心地がして。

「だあもう!」

 いっそ逆に思い切り匂いに包まれて慣れてやろうかと、ヤケクソになってベッドへと潜り込む。
 勢いのままブランケットを頭までかぶり、やや弾力のある枕を抱き締めて胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
 慣れ親しんだ香りに包まれたことで、もはや条件反射的に多幸感で身体が弛緩していく。

「……ッ」

 くらり、と眩暈のような感覚を覚える。ヤケになっていたとしても、もう少し考えて行動するべきだった。
 俺は真っ赤になった顔で自分の軽率さを反省すると、すごすごとベッドから這い出した。
 勝手にベッドに入ったことが分からないように、無言で寝具を整える。

 ……うむ。
 あとは、緩み切ってしまった顔と身体を何とかすれば、証拠は全て隠滅出来るのだが。

「戻ったぞ。……何をしているんだ? そんな所にうずくまって」
「いや、別に。何でもない」

 頬をつねって冷静になろうとしている間に月島が戻ってきてしまい、床の上に座り込む俺を怪訝そうな表情で見詰めていた。
 適当に咳払いをして誤魔化し、ひとまず床の上からラグの端っこへとにじり寄る。
 月島も、俺に合わせてラグの端に座り込むと、抱えていたアルバムを机に広げてにやりと笑った、
 アレにはもしかして、月島家の家族写真が収められていたりするのだろうか。

「写真は、後でゆっくり見せると言ったからな」
「お、気になってたんだよ。どれどれ」

 渡されたアルバムの中には、生後間もない姿から、高校卒業くらいまでの月島の写真が収められていた。
 写真の中の少年は、まだ幼いながらも確かに月島だと分かる面立ちをしている。
 ページを捲ることに成長していき、現在の姿かたちに近づいていく様を見て、思わず口角が上がっていく。

「うわぁ、お前もちゃんと子どもだったんだな」

 流石に、昔から底意地の悪そうな薄ら笑いを浮かべているなんてことは無かったが、どこか大人びた雰囲気を纏っていた。
 まあ、大人びているとはいえ所詮は子ども。その姿は愛らしいものだったが。

「私にだって幼い時期はあったさ。人を何だと思っているのだ」
「だって月島だし」
「どういう意味だ、それは」
「さあ、な」

 むっとする月島を無視してどんどんページを進めていく。
 写真の中には、月島の弟である玲二の姿も見られた。昔から本当によく似た兄弟だったようだ。

 小学生の頃までは背丈で見分けがついたものの、時が経つに連れどんどん判別が難しくなっていく。
 中学校の入学式で撮ったと思われる写真では、お揃いの制服に身を包んでいることもあり、もはや僅かな身長差以外で見分けることは難しくなっていた。

「それにしてもそっくりな兄弟だな。……でもちょっと、弟君の方がやんちゃそうか?」

 兄と並ばされて不服そうな顔をしている玲二からは、やや卑屈というか、擦れたような印象を受けた。
 それは僅かな違和感だが、一度気付いてしまえば確かな差異となって浮かび上がる。
 今なら見分けられるかもしれない。
 自宅の中で兄弟が並んで座っている写真を見て、おもむろにその片方を指し示す。

「こっちがお前だろ?」
「! ……よく分かったな、偶然か?」
「どうだろうな、試してみるか」

 パラパラとページをめくり、二人が一緒に写った写真を見つけては月島と思われる方を指差していく。何枚か連続で当てたところで、月島は驚いた表情で俺を見た。

「また当たっている。どうやら本当に見分けられているようだな」
「どこが違うと聞かれれば困るが。どうだ、凄いだろ」
「ああ、何か……嬉しいよ」

 自慢げな俺の言葉に、月島は素直に頷く。
 本当に嬉しかったのか、滅多に見られない、はにかんだ笑みを浮かべていた。

「……このページで、最後か」

 何冊かのアルバムを見終えた頃には、それなりに時間が経っていた。
 アルバムを返そうとして思いとどまり、もう一度、冒頭部分を開いて隣に座る男と見比べる。
 写真の中の少年は、五歳の誕生日にケーキの前で屈託のない笑顔を浮かべていた。
 これが二十三年後にはこうなるのか……

「今、何か失礼なことを考えているな?」
「いやぁ、時の流れは無情だなって」
「君だって人のことは言えないと思うが」
「ん?」

 月島の言葉に引っかかるものを感じて首を傾げる。
 俺の視線を受けた月島は、ベッド脇の本棚から見覚えのある冊子を取り出した。

「……!」

 俺の通っていた小学校の卒業アルバムである。思わず言葉を失う。
 こ、この男。まさかとは思っていたが、本当に卒業アルバムまで手に入れていたとは。

「お前、それは……」
「とある筋から譲ってもらった」

 恐る恐る絞り出した問いに、月島はしれっとした顔で付箋の貼ってあるページの一つを開いた。
 そこに印刷されていたのは、小学四年生の時に撮られた俺の写真だ。
 あの頃は今よりも髪が長く、肩口で切り揃えていた。あまり外で遊ぶ方ではなかったから肌も真っ白で、よく言われていたのが――

「女の子みたいだな」
「うるせぇ!」

 月島の手からアルバムを強引に奪って閉じる。
 嫌なことを思い出してしまった。高校に入り、背が伸びてからは言われなくなったものの、当時は随分と揶揄われたものだ。
 しかも、この頃は俺もまだ大人しかった。言われっぱなしで泣き寝入り、などとは今では考えられないものである。

「いやいや、恥じることは無い。初めて見た時は驚いたよ。今の君も可愛らしいけれども、昔の君はまるで天使のように愛らしい。あの柔らかそうな猫っ毛を撫でて、宝石のような瞳をずっと眺めてみたかった」
「だ、ま、れ。絶対言いふらすなよ!」
「心配するな、私は秘密を独占したいタイプでね」
「言ってろ……ん?」

 戯言を紡ぐ月島をきつく睨みつけながら、慌ててアルバムを戻そうとしたところ、ふと他にも見覚えのある冊子があることに気がついた。
 集められていたのは、小学校の卒業アルバムだけではなかった。
 中学も、高校も、大学の物も全て揃っている。どれも付箋が付いているところを見ると、そのページには俺が写っているのだろう。

「おい月島」
「見ての通りだよ」

 俺の疑問を察しているらしい月島が、声のトーンを落として呟く。
 これは、怒られるのを覚悟で後ろめたいことを告白している時の声だ。顔を見ずとも表情が分かる。さぞ、しょぼくれた顔をしているのだろう。

「君の姿をずっと追い求めていた。前に話したようにカズに協力してもらって、集めたのがこれだ。君には、話しておかなければならないと思ってな」
「本当にお前ってヤツは……」

 アルバムを本棚に戻して振り向くと、月島は予想通りの顔をして縮こまっていた。

「その話はもう聞いて、許したハズだ。まあ、改めてビックリさせられたけどな」
「……ありがとう。そう、だったな」

 ほっと胸を撫で下ろした様子の月島に寄り添うように座って、少し体重をかける。
 そして、敢えて責めるような口調で詰め寄った。

「その時に許す条件を付けただろ。夜は長いんだ、お前の話も洗いざらい聞かせてもらおうか」
「そう、だね。私としても、君にもっと私のことを知ってもらいたい。秋の夜長にふさわしい話かどうかは分からないけれども……」

 月島はそこで言葉を区切り、何やら遠い目で天井を仰いだ。

「何から話したものか……こういう話は不得手なのだ」
「なんでもいいよ。どうせ全部話すんだから好きなところから始めろよ」
「うむ……それではとりあえず、基本的な情報から話しておこうか」
「おう。お前が知った俺のことと同じだけ、お前のことも教えてくれよ」

 甘やかな声で促せば、月島は立て板に水を流すように語り始めた。

「ああ。まず誕生日は十一月九日で蠍座、血液型はAB型で、身長は百八十二センチメートルで体重は六十九キロ、スリーサイズは上から……」
「待て待て待て、そういう感じ!? というかお前、何で俺のスリーサイズを把握してるんだ!」

 てっきり昔話が始まると思っていたところ、本当に基本的なプロフィールから語り始めやがったので、つんのめりそうになりながら制止する。

 オマケに、月島が俺のスリーサイズまで把握していることを知らされてしまった。
 一体いつ、どこで知ったというのか。流石にそこまで知っている人間はいない。というか俺自身も知らない。
 ということは、この男が直接情報を仕入れた訳であって、その方法は……?

「ああ、それは君が寝ている間にネクタイで……」
「いい、やっぱ聞きたくない。いくら恋人同士でも知らなくていいこともあると思うんだ」
「君、さっきは洗いざらい話せと言ってなかったか?」
「加減しろ。夜、お前の隣で安心して眠れなくなるような話はやめろ」
「それは塩梅が難しいな……」

 先程、何やら恐ろしい話を聞きかけたことは、全力で記憶から追いやる。
 どうりで月島に用意された服がぴったりだった訳だ。気付きたくなかった。

「ええい、話を戻すぞ。細かい数字なんか列記されても覚えられないし、求めてもいない! 来歴を話せ、来歴を」

 深く考えてしまう前に話題を元に戻す。
 大袈裟に身振りを交えながら迫ると、月島はしばし考え込んでから再度口を開いた。

「来歴、か。ええと、両親と弟の四人家族で、生まれも育ちもこの家だ。前に言った通り弟とは上手くいっていなかったものの、両親との関係は良好だった。特に大きな怪我や病気をすることもなく、理系の高校、大学に進学後、君と同じく新卒で現在の会社へ就職。持っている資格は……痛っ」
「誰が履歴書を読み上げろと言った?」

 君が求めている来歴とはこういう話だろ? とでも思っていそうな面を見て無性に腹が立ち、つい額を指で弾いてしまった。
 俺が知りたいのはそんな上っ面の情報ではない、もっとこう……面白そうな何かだ。
 直截に表現するならば、この完璧人間の青臭い失敗談や、人間臭いエピソード。そして、弱みである。

 何と思われようと構わない。捻くれた愛情だとも思う。
 それでも俺は月島の駄目な部分が好きで、知りたくて知りたくて仕方がないのだ。

 まあ、俺と関わっている時が一番駄目になっているのではないかとも思わないでもないけれども。
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