相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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32 紅銀の誓い

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「この水槽は、お前が手入れしてるのか?」
「今はね。と言っても、私は大したことをしていないのだが。いつもは両親が手をかけている」
「そうか、お前の親御さんもハイセンスなんだな……」

 水槽の中に作り上げられた魚たちの町を眺めて、しみじみと呟く。
 どんな人なのかと考えていたら、それが口に漏れていたらしく、月島がリビングの片隅を指差した。

「両親の写真ならあちらに飾ってあるぞ」
「おっ、見たい」

 その言葉に勢いよく食い付いて、月島の視線の先へ歩を進める。
 本棚の上に飾られた写真の中では、結婚式の衣装に身を包んだ月島の両親が幸せそうに微笑んでいた。
 端正な顔立ちをした長身の父親と、垂れ目気味の目で柔らかく微笑む母親の姿からは、確かな血の繋がりが感じられる。

 月島は、どちらかと言えば母親似だろうか。背格好は間違いなく父親譲りだが、月島の父親からは、やや厳めしい印象を受けた。

「やっぱり親子だな、雰囲気がそっくりだ。……ん、これは?」

 ふと、両親の写真の隣にもう一つ、伏せられた写真立てがあることに気が付いた。
 何の気なしに立て直そうと手をかけた瞬間、月島が慌てた声を出す。

「あ、そちらは」
「んん?」

 敢えて制止を聞き流して捲りあげた写真には、結婚式からは幾ばくか歳を取った様子の両親の姿と……月島が二人写っていた。

「目が疲れてるのかな。何度見てもお前が二人居るようにしか見えないんだが」
「……右が、弟の玲二だよ」
「玲二君、ね。そう言われてもなあ。なにお前、双子?」
「いや、れっきとした兄弟だ。弟とは二つ離れている。これは弟が成人した時に撮ったものだよ」
「ふぅん」

 答えを聞いてから再度写真に目を戻す。
 じっくり腰を据えて見比べれば、何となく月島の方が自信あり気な憎たらしい雰囲気を醸し出している気がした。
 しかし、片方ずつ出てこられたら正直見分けられる自信がない。現物を前にすれば、受ける印象はまた違うだろうが。
 まじまじと写真を眺めながら考えていると月島が小さな声で呟いた。

「不安だ……」

 その声色は暗い。余程、俺が兄弟を見分けられなかったことがショックだったのか。
 それでも、これは初見で見分けろという方が酷だと思う。

「写真だから見分けられなかっただけだよ、多分。自信ないけど」
「いや、そうではなくて」
「な、なんだよ」

 言い訳を遮られた上、やや責めるような瞳で見据えられて居心地が悪くなる。
 月島はそのまま苦い顔で言う。

「君。私の顔、好きだろう?」
「そんなこと……あるけど。だったらなんだよ」
「だから、もし玲二に迫られたら、軽率に抱かれてしまわないか不安でな」
「何、お前の中の俺ってそういうイメージなのか!?」

 驚きと怒りの入り混じった思いで振り返るが、月島は表情一つ変えようとしない。
 その顔が物語っている気がした。自分の行いを振り返ってみたまえ、と。

「……」

 確かに、確かに最初にホテルで会った時には、嫌いな男を相手に我ながら軽率に抱かれたものだが、アレはいつも憎まれ口ばかり叩いてくる月島が俺に興奮していることにそそられたのであって、もし何のしがらみもない男だったら……

 もっとスムーズに抱かれていたな。うん。
 好みだもの、顔。

「ほらみたまえ。やっぱり不安だ、絶対会わせたくない」
「い、いやいや、あの時と今じゃ事情が違うだろ? 今はほら、お前と付き合っている訳だし」
「露骨に機嫌を取ろうとしているな?」
「バレた?」

 悪びれもせずに言って、意地悪く笑う。
 月島はそんな俺の手からさっと写真を奪い取ると、元通りに伏せ直した。
 そして、おもむろにリビングの外へと向かう。

「さて、家族写真は後でゆっくり見せるから、そろそろ書斎へと案内しようじゃないか。本より鉱物の方が多い、書斎とは名ばかりの部屋になっているがね」
「おう、お前ご自慢のコレクションとやらを見せてもらおうか」

 廊下の突き当たりに位置した書斎は、他よりも重厚感のある扉をしていた。
 室内は書斎というより、何かの研究室のような様相であり、家具と呼べそうなものは、部屋の中央にぽつんと置かれた一対の机と椅子、そしてランプのみだ。
 周囲は鉱物が陳列されたガラス棚に囲まれていて、元々はそれなりの広さがあっただろうに、今やすっかり鉱物に覆いつくされていた。
 壁際に追いやられた本が少し不憫に思えてしまうくらい圧倒的な勢力差だ。
 ガラス棚の中には、博物館で見た覚えのある鉱物もいくつか見られる。
 博物館と違って種類に偏りを感じるのは、月島の趣味が反映されているからだろうか。

「これは壮観だな」
「そうだろう? またコレクションが増えたから、置く場所に困ってしまうな」

 口ではそう言いながら、実に嬉しそうな表情である。
 愛おしそうな視線を鉱物たちに向けながら、月島は更に奥へと俺を誘った。
 書斎の隅には大きな両開きのタンスが置かれており、その中には、絹の布で包まれた箱がいくつか収められていた。
 月島はその内の一つを手に取ると、何故か机のランプをつけて部屋の電気を落とす。

「……?」

 窓のない書斎は、ランプの明かりだけでは到底照らしきれない。それなのに月島は、ランプの明かりを更に絞っていく。
 そして、輪郭さえ判然としなくなった机の上に、そっと手のうちの箱を差し出した。

「これが私の宝物だよ」
「あ……」

 その言葉に思い出される話があった。光に当たるとくすんでしまう、月島の愛する鉱物。
 名を淡紅銀鉱プルースタイト、と言っていただろうか。
 とても大事に保管しているのだろう、俺に見せるために開けてしまっていいのだろうか。そんな懸念を抱いている間にも、月島は躊躇なく箱を包んでいた布をほどいていく。
 そして、惜しむことなく開けられた箱の中には、血のように紅い鉱物が収まっていた。

「わ……」

 月島が話していた通り、それは指の先ほどの小さな石だった。
 しかし、どこまでも深く透明感のある紅は強い存在感を放っており、俺の目を惹き付けて放さない。

「もっと近くで見てみるかい?」

 差し出された箱を恐る恐る受け取って、様々な方向に傾けながらまじまじと観察する。
 ランプの弱々しい明かりを受けた石は、角度を変える毎に違った魅力を振り撒きながら、白い布地の上に鮮やかな紅い影を落としていた。

「綺麗だな」
「そうだろう?」

 赤い輝きに目を奪われたまま、茫然と呟きを落とした俺を見て、月島は満足げに微笑んだ。

「ありがとな。お前の宝物を見せてくれて」

 しばし鉱石の美しさを堪能した後、丁重に蓋を閉めて箱を月島へと返す。
 しかし、月島はそれを受け取ろうとせず、箱ごと俺の手を包み込んで言った。

「これは、君に持っていて欲しい」
「えっ?」

 思いがけない言葉に素っ頓狂な声が漏れる。
 大切なものだというのに、何故。そう視線で問いかければ、月島はゆっくりと首を振った。

「大切なものだからこそ、だよ」
「でも、」
「どうか君の側に置いて欲しい」
「……」

 そこまで言われれば、あまり拒むのも気が引けてしまう。
 どうするか決めかねている俺をもう一押しするように、月島が続けて語る。

「君は、パワーストーンを知っているか?」
「そういう力を持った石があるって話は聞いたことがあるけれど。お前の口からそんな言葉が出て来るとは思わなかったな」
「ふ、まあね。私もそういった話は信じていない性質だが、それでも、こればかりはどうか本当の話であってほしいと願ってしまうよ」
「……この石の効力は、何だと言われているんだ?」

 思わせぶりな態度に問い返せば、月島は少し逡巡してから答えた。

「深層心理の傷を、過去のトラウマを癒してくれると。そう、言うらしいよ」
「……!」

 ほんの少し、箱を握る手に力が篭る。
 その動揺を目敏く感じ取った月島が、床に膝をつき、真摯な眼差しで俺の顔を覗き込んだ。
 まるで、プロポーズのように。指輪の代わりに紅銀を掲げて、乞う。

「余計なお節介だと思われてしまうかもしれないが、どうか私の身勝手を許してほしい。君を想う私の心の表れだと、そう思ってこれを側に置いて欲しい」
「その言い方は、ズルいだろ」

 そんな風に言われたら、受け取る以外の選択肢など取れる訳がなかった。未だ戸惑いに揺れながらも、箱を抱き寄せ、その表面を優しく撫ぜる。

 これが月島の想いだというのならば。
 一生大切にする覚悟を決めて、受け取ってやるべきだろう。

「分かったよ、大事にする。この先ずっとな」
「それは頼もしいな。ありがとう」

 口にした言葉の重さを噛みしめながら、月島の意思を胸に抱き、目の前の男へ顔を寄せる。
 こちらの意図を汲み取った月島は、俺の頬に手を添えて、そっと唇を寄せた。

 それは、まさしく。
 二人だけで行われた誓いのキスだった。
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