相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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その後のふたり

可愛いの暴力(月島視点)

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 篠崎君と本格的に同居を始めてから、初めて知ったことがある。

 彼は一人暮らしが長く、自由に過ごしていた為か。
 より具体的に言うなら、どんな暮らしぶりでも誰にも小言を言われず過ごしていたせいか。

 家だと、割とものぐさである。


「また君は、こんなに物を集めて」
「あ、おかえり」

 ソファでだらしなく寝転がっている篠崎君の周りには、まるで巣のように丸く、飲み物やごみ箱、リモコンなどが集められていた。
 休日の彼はいつもこの調子だ。必要な物を手の届く範囲に集め、その中心で寛ぐ。

 怠惰な巣の主は、私が買い物に行く前からまったく変わらぬ姿勢で読書を続けていた。

「ずっと転がってると、肩が凝らないか?」
「確かに、そろそろ枕が欲しいと思っていた」

 夕食の材料を冷蔵庫へ入れて彼の元へ歩み寄ると、ソファ一杯に伸び切っていた篠崎君がいそいそと場所を開ける。
 そして、「ここに座れ」と催促するような目で私を見上げてきた。

「んんッ」

 破壊力の高い上目遣いにやられて咳払いを零しながら、大人しく彼に従う。
 私が腰かけるや否や、彼は甘えるように擦り寄ってきた。そして、硬いと文句を言いながらも、私の太ももにちょこんと頭を乗せて収まる。

「うん、丁度いい」

 もぞもぞと身じろぎして収まりのいい場所を見つけた彼は、至極満足そうな顔で頷いた。

 どうやら彼の『必要な物』の中に、私も含めてもらっているようである。
 あまり室内を散らかすのは褒められたことではないが、篠崎君の可愛さの前では文句など出てくる訳がなかった。

(まあ、可愛いからいいか……)

 半ば無意識に篠崎君の頭を撫でながら、のんびりとした昼下がりを楽しむ。

 うららかな陽気につられて小さく船を漕いでいたところで、不意にばさりと音がして目を覚ました。
 何かと思って眼下を見やれば、人の膝の上によだれを垂らしながら幸せそうに眠る篠崎君の寝顔が目に入った。

 疲れていたのか、読書の途中で眠ってしまったようだ。
 まあ無理も無いのかもしれない。昨夜は随分と夜更かしをさせてしまったから。

 先ほどの音は、眠りに落ちた彼の指先から本が滑り落ちた音だったのだろう。

「仕方のない恋人だね」

 息を抜くように微笑んで、彼を起こさないようにしながら慎重に本を拾い上げる。
 少し折れそうになっていたページを直してから机の上に置き、無防備な寝顔を指でつついた。

「ん……むぅ」
「ふふ」

 安眠を邪魔された篠崎君が、むずがるように小さく唸る。
 ごめんごめんと、まるで悪びれた響きの無い謝罪を落として、ふわふわの猫っ毛を指先で梳いた。

 自分の膝の上で、安心しきった表情を浮かべて眠る篠崎君の姿を見て、胸が温かくなる。
 ああ、これ以上私を惚れさせてどうしようというのだろうか、彼は。

「聡、愛しているよ」

 思わず溢れた愛の言葉に、返ってくるのはすうすうという寝息だけだ。
 それでも無性に愛おしくて、柔らかな彼の頬を撫でながら笑み崩れた。

「ん、むぁ……」
「どんな夢を見ているのやら」

 夢の中で何か喋っているのか、はたまた何かを食べているのかは知らないが、篠崎君はもごもごと口を動かしている。

 そんな彼の口元を見つめている内に悪戯心が芽生えてしまい、目の前の柔らかな唇へ指先を押し当てた。
 はむはむと口先だけで食まれる感触がくすぐったくて、ひっそりと笑みを零す。

「……可愛いな」
「ぁむ……」
「おっ、と」

 柔らかな感触に夢中になっていると、不意に指先を噛まれて甘い痺れが走った。
 流石に噛み切られる訳にはいかないと慌てて指を引こうとしたが、追い縋るようにぬるりとした熱い物に絡みつかれて動きを止めた。


 これは……篠崎君の、舌だ。
 ちゅぷ、と水音をさせながら指を舐められ、微笑ましさを通り越して劣情が湧き上がってくる。

 あどけない寝顔をした篠崎君にちゅうちゅうと指先を吸われ、私は何か……途轍もなくいけないことをしている気分にさせられた。

(へ、平常心、平常心…)

 焦りながらも慎重に指を引き抜き、弾んだ胸を抑えて深呼吸をする。
 せっかく彼が私に甘えてリラックスしてくれているのだ、ゆっくり休ませてやりたかった。

 先ほど抱いた罪悪感から、彼の寝顔を見ていられずに目を逸らす。
 別に見ようと思ってはいなかったのだが、逸らした先で彼の胸元が目に入った。

「……」

 「脱ぐにも着るにも面倒臭いから」という単純かつ明快な理由で、家での彼はボタンを1つ飛ばしにしか留めない。
 酷いときは2つばかししか留めていないときもある。

 ――例えば、今日とか。


「…………」


 シャツの合わせの部分から覗いた素肌に、思わず生唾を飲み込む。
 まるで手を突っ込んでくれと言わんばかりに丁度よく空いた隙間の向こうには、小さな突起が見えていた。

 今すぐ摘まんで弄り回してやりたくなる衝動を、拳を強く握り締めてやり過ごす。

「まったく、だらしないぞ……」

 形だけの小言を呟きながら、彼のボタンを留めてやる。
 言ってることとは裏腹に、私の頬は緩み切っていた。

 なんだかんだ言って、私の前で油断した姿を見せてくれる篠崎君が可愛くて可愛くて仕方がないのだ。
 口では注意をするものの、いざ本当に止められてしまったら寂しく思うのだろう。

 多分、彼もそんな私の心情を把握している。おかげで私の小言はまったく聞き入れてくれない。

「可愛いから仕方ないな……」

 ふと、「可愛いは正義」といつか誰かが叫んでいたことを思い出す。
 昔は理解しがたかった台詞だが、今は同意しかなかった。

 苦戦しながらもシャツのボタンを全て留めてやり、冷えてしまっていた腹に手の平を押し当てて温めてやる。

「りょーすけ……」
「……っ」

 不意に篠崎君が、寝言で私の名前を呼ぶ。
 それだけでも胸が締め付けられるような衝動に襲われていたのに、加えて腕に抱き付かれ、私は困り果てて天井を仰いだ。


 耐えろ、耐えるのだ。月島亮介。


 そう必死で自分に言い聞かせても、そろそろ理性が限界を迎えそうだった。
 いや、むしろ今までよく健闘したと、私は自分を褒めてやりたい。

 私の気遣いを打ちのめすような篠崎君の可愛さに、ここまで対抗できたことは奇跡と言っても過言ではないだろう。

 正義というか、これではもはや暴力だ。
 可愛いの暴力である。


「せっかく休ませてやろうと思っているのだ、そう煽らないでくれ」
「むー……」

 私の呟きに応えるように唸る彼は、知っているのだろうか。
 今の自分は、肉食獣を枕にして眠っているに等しいということを。

「……っ」

 能天気に寝返りを打った彼が、私の腹部に鼻先を埋める。
 温かい吐息を布越しに感じて、私は自身の欲望が膨らんでしまわないよう必死で抑えつけた。


「か、勘弁してくれ……!」

 敗色濃厚な戦いに尚も抗いつつ、情けない声を漏らして頭を抱える。
 煩悩との険しい戦いは、まだまだ続きそうだった。
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