相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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その後のふたり

スイーツ男子の甘い午後

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 とある土曜日の午後。
 部屋中に漂う甘い匂いが、俺の心を昂らせていた。

 待ち望んでいた電子音が鳴り響き、思わず顔を上げて目を輝かせる。
 そんな俺を見て、月島がくすくすと笑っていた。


「君も素直になったものだね」
「今更お前に隠すことも無いしな。そんなことより、早くオーブン開けてくれよ」
「分かった分かった」


 月島は、俺の期待に満ちた視線に追い立てられてオーブンの前に向かい、慎重に扉を開けて中身を取り出した。
 途端に辺りに漂っていた甘い匂いが、より濃厚なものとなる。

「わあ……!」
「うむ、まずまずの出来だな」
「それは謙遜が過ぎるだろ」
「いや、欲を言えばもう少し膨らませたかった」
「完璧主義だなぁ」

 出来栄えを確かめている月島の目は、熟練のパティシエかとツッコミたくなるほどに厳しい。

「今日は何を作っているんだ?」
「シフォンケーキだよ。それも、レモンクリーム入りのね」
「おお……!」

 自慢気に見せられたクリームを目の前にして、更にテンションが上がる。
 我ながら子どものようにはしゃいでいると、月島が至極嬉しそうに微笑んだ。

「さ、もう少しで出来上がるから紅茶を淹れてくれるか」
「おう、任せとけ」

 弾んだ声でサムズアップを決め、ヤカンを火にかけて茶葉を用意する。
 今日の気分は……と、キッチンの棚に並んだ茶葉たちを前に、腕を組んで考え込んだ。

(ここはダージリンだろうか)

 ざっと二十は並んだ瓶の群れから二つの瓶を掴み取る。
 手に取った茶葉は両方ともダージリンだが、摘んだ時期が違っている。今日のメニューに合うのはどちらだろうか。


(レモンクリームなら、セカンドフラッシュかな)


 湯が沸騰するまでたっぷり悩み、俺はようやく茶葉を選び出した。
 ポットを温めて茶葉を淹れ、少し高めの位置から湯を注いでいく。

 ふよふよと湯の中を揺蕩う茶葉を見つめながら、俺はふと昔のことを思い出していた。


(まさか、アレからここまで上達するとはなぁ)

 月島がスイーツを作り始めるキッカケとなった、昔の出来事を。


◆ ◆ ◆


 あれは月島とセフレになってから、しばらく経った時のことである。
 あの頃はいつも俺が朝食を作っていたのだが、不意に月島がこう言い出したのだ。


「篠崎君、私に料理を教えてはくれないか」
「は?」


 それはあまりにも意外な申し出だった。
 思わず俺の口から素っ頓狂な音が溢れる。

「どういう風の吹き回しだよ」
「いや……なに、毎週散々抱き潰した上に朝食まで作らせているのが申し訳なくてな」
「あー、ああ……」

 月島にそう言われて、無意識に腰をさすっていたことに気が付く。
 常時より些か姿勢を悪くして腰を庇っている俺を見て、月島の中にも罪悪感というものが芽生えたらしい。

 それでも、この男が人に何かを教わろうとするなんて珍しくて、俺は抱いた感想を素直にぶつけてみた。


「お前が俺に……いや、人に頼み事をするなんて、ハッキリ言って異様だな」
「料理を教えて欲しいと言っただけで散々な言われようだな」

「だってなぁ……あの月島だぞ?」
「そう言われても反応に困る。どの月島だ」
「いや、ううん」

 何でも独学ですぐマスターしてスマートにこなす月島だ……というのは、ただの褒め言葉である気がして口にするのをやめた。

 そんな俺の沈黙をどう受け取ったのか、月島がやや眉を垂らして情けない表情を浮かべる。

「その、君の手を煩わせては本末転倒だから、無理強いはしないのだが……」
「別に嫌とまでは言ってねぇよ。驚いただけだ」

 いつもふてぶてしい男がしょぼくれている様は動揺を誘う。
 慌てて機嫌を取り直そうと言葉を紡いでいたところ、気付けば俺は月島に料理を教える約束をしてしまっていた。


「まあ……俺も楽が出来るなら悪くない話だし。これから時間あるなら一緒に昼食でも作ってみるか?」
「! ありがとう、是非頼むよ」

 俺の了承を得て、珍しく声を弾ませた月島が顔を綻ばせる。
 心なしか緩んだその顔と、いつも職場で見ている鉄面皮が脳内で結び付かなくて、俺は苦く笑った。



 ――その後、俺と月島は一緒に朝食を食べながら、昼飯のメニューについて話し合いを行った。

 まずは簡単で朝食向きなメニューから練習していこうという話になり、フレンチトーストやコンソメスープを始め、いくつかのメニューを少量ずつ作ることに決めた。
 メニューは和洋入り乱れ、なかなか愉快な取り合わせとなってしまったが仕方ない。あくまでも今日は練習がメインなのだから。

 俺はしばらく使っていなかった初心者向けのレシピ本と予備のエプロンを月島へと押し付け、一歩下がって腕を組んだ。
 まずは月島の技量を確認して、教えるレベルを見極めようという狙いである。


「というわけで、まずは自由に作ってみろよ」
「む、分かった」

 渡されたエプロンをおとなしく身に付け、気迫のこもった眼差しでレシピ本を睨み付けた月島は、書かれているとおりの材料をキッチンへと広げていく。
 そして、おもむろにキッチンスケールと計量カップを並べると、几帳面に材料の計量を始めた。

 身長一八〇cm超えの男が身を縮ませて牛乳をちびりちびりと計量している様はシュールと言う他ない。


(好きにやれと言った手前、あまり口を挟まずに見ていようと思ったが……)


 その後もフライパンの温度を測ったり、火にかける時間を1秒単位で管理しているのを見て、俺は込み上げてくる衝動を抑えきれなかった。


「――ッ理科の実験じゃねーんだぞ!」
「じ、自由にと言ったではないか!」

 盛大に身振りも交えた俺のツッコミに、月島も勢いよく反論する。
 俺と比べて倍以上の時間をかけて作られたフレンチトーストは、確かに完璧な出来栄えだった。しかし、これほど時間がかかってしまってはあまりにも実用性が無さ過ぎる。
 恐らくこの調子では、工程が複雑になるほど所要時間も跳ね上がっていくことだろう。

「ちなみにお前、レシピ無しで作るとどうなるんだ?」
「全く作れない」
「は?」
「何をどのくらい準備して、何分加熱すればいいのかも分からないのに、作れる訳がないだろう」
「……」

 パソコンかッ……と心の中だけで再びツッコむ。
 命令を伝える前に変数の値を指定してくれというのか、お前は。

 月島の主張に頭痛を覚えて額を抑える。
 駄目だ、根本的に俺とは考え方が違う。早くも教えられる自信が無くなってきた。

 途方に暮れて天井を仰いでいると、月島が訝し気な様子で口を開いた。


「君はいつもどう作っているんだ?」
「勘だ。ざっと作って最終的に味見しながら調整してる」
「なんだと……」
「いや、いちいち計ってられるかよ」


 互いに、言葉も無く相手の顔を見つめる。
 今日はちょっとした異文化交流でもしているような気分だった。


「……とりあえず見てろ」


 論より証拠ということで、テキパキと食材を調理し、先ほど月島が一品にかけていたのと同じ時間で三品を仕上げていく。

 そして、驚きに目を見開く男の口に、出来上がった料理を詰め込んだ。


「……美味い」


 口に放り込まれた料理をなすがままに咀嚼した月島は、まるで「何故あれほど適当に作ってまともに仕上がるのだろう」とでも言いたそうな表情で首を傾げていた。

 堅苦しく考え過ぎている男に持論を授けてやることにする。


「究極、料理ってのは火が通っていて問題なく食えれば及第点なんだよ。加えて美味しかったらラッキーだ」
「それは極論過ぎないか?」
「そのくらい軽い気構えで作ってもいいってことだよ」
「むう」


 これはさすがに極端過ぎただろうか。月島は顎に手を当てて考え込んでしまった。

 まあ、しかしだ。
 レシピさえあれば完璧に作れるというのなら、相応のレシピを用意してやればいいだけの話である。

 俺は月島に渡したレシピ本を掻っ攫うと、ペンを片手に次々と書き込みを始めた。


「何をしているのだ?」
「翻訳作業だよ。このくらい簡単な料理なら何とかなるだろ」


 興味津々に覗き込んで来る月島をあしらいながら、『塩少々』を赤で消して『小さじ半分』と書き直す。
 たまにレシピに書かれていない材料を書き加えたりなどしつつ、しばらく加筆修正を続け、最終的にすっかり赤文字だらけにしてからレシピ本を放り返した。


「それ、やるよ。これでちょっとはまともに作れるようになるだろうさ」
「……助かる」

 月島は受け取ったレシピ本をしげしげと眺めながら、書き足された文字に頷いたり首を傾げたりしている。

「味付けは俺流だからな、文句言うなよ」
「なるほど。これを参考に作れば、私の家でも篠崎家の味が楽しめるという訳か」
「……寒いこと言うなら返せ」

 真顔で馬鹿なことを言い放った月島を見て、何だか無性に気恥ずかしくなってレシピ本へ手を伸ばす。
 奪い取ってやろうとしたが、大袈裟なくらいに逃げられて俺の指先は空を掴んだ。

「断る、これはもう私の物だ。墓場まで持って行くよ」
「そんなのに頼らなくていいように早く上達してくれよ……」


 珍しく冗談を言った月島に苦笑いを返して、肩をすくめる。

 ……。
 冗談にしては声のトーンが真剣過ぎたような気がしたが、敢えてそこには目を瞑ることにした。



「さあ、早速それ使って続きをやるぞ」
「うむ、承知した」


 その後も月島と様々な料理を作った結果、昼になる頃にはすっかり食卓が埋め尽くされていた。
 賑やか過ぎるテーブルにつき、互いに苦笑しながら料理を平らげていく。

 誰かと料理をするなんて久しぶりで気を良くしていた俺は、サービス精神を発揮して食後にデザートまで出してやっていた。
 まあ、いくら相手が月島とはいえ、客は客だ。ちょっとはもてなしてやらんでもない。


「美味いな、これも君が作ったのか?」

 月島はプリンを一口含むと、驚きに目を見張った。
 その言葉に自慢げな笑みを返して、俺もプリンを掬い口内に広がる甘さに頬を緩める。

「そうだよ。たまには甘い物も悪くないだろ」
「ふふ。……たまには、ね」


 今、ちょっと嘘をついた。
 実はたまにどころかほぼ毎日食べているのだが。それをこの男には知られたくなかったのだ。

 ……甘い物に目が無いなんて、何だか子どもっぽくて。


(誰にも知られたくないけど、特に月島にはバレたくないな……)


 とにかく見栄を張っていたかったのである。この男の前では。


「……? どうかしたか」
「いや、何でもない」

 少し考え込んでしまった俺を訝しんで、月島が顔を覗き込んでくる。
 俺は内心慌てながら、誤魔化すように言葉を紡いだ。


「そうだ、お前スイーツづくりなんて向いてるんじゃないか。あんなに馬鹿丁寧にレシピをなぞれるなら、きっと上手く作れるぞ」
「ふむ、スイーツか」

 それは半分苦し紛れに出た言葉だったが、あながち間違ってもいない気がした。
 材料を正確に測ることが重要なスイーツづくりは、正に月島向きと言えるだろう。

 実は、そういうじれったい作業は俺の苦手分野なのだが、その点この男は嫌な顔一つせずにやり遂げるに違いない。


 ……まあ、もし月島がスイーツ作りに目覚めたら、美味しい甘味にありつけるようになるかもしれないという若干の下心があったことも否めないのだが。


「来週までにレシピを見繕っておくからさ。気が向いたらやってみろよ」
「ふ……分かった。楽しみにしていてくれ」


 努めて何気ない雰囲気を装っていたつもりなのだが、どこか期待していることが伝わってしまったのだろうか。
 月島は滅多に見ないような笑顔を浮かべて、妙に気合いを入れて頷いていた。


◆ ◆ ◆


 キッチンタイマーの音に意識を引き戻され、紅茶をカップへと注いでいく。
 ……今思えば、アイツはあの頃から俺が甘党だと知っていたのだろうか。

 ……。

 それであの笑顔か、そしてあの気合いか!
 一年越しに納得がいって、俺は思わず膝を打ち鳴らした。


「どうかしたのか?」
「いや、つくづくお前に惚れられていることを実感した」
「何だそれは」

 月島は奇異な物を見るような目でこちらを眺めていたが、俺はそんなことなど気にせずうんうんと頷いていた。

「……? まあいい。出来たぞ」
「お、待ってました」

 熱々の紅茶が入ったティーカップの隣に、上品に切り分けられたシフォンケーキが添えられる。
 今はもう甘党であることを隠しもせず、月島の前で盛大に破顔していた。


「いただきます」


 そう揃って述べながら手を合わせ、柔らかな生地にフォークを突き立てる。
 しっかりレモンクリームまで掬って、最初の一口を味わった。

「……うまっ!」
「光栄だ」

 感動に言葉も無く、じっくりと甘い幸せを堪能する。
 よく咀嚼してから飲み下し、次へ移る前に紅茶を口に含んだ。
 ダージリンの香りが鼻腔をくすぐり、多幸感に包まれていく。


「ああ……幸せだ」
「大袈裟だな」


 瞳を閉じて余韻に浸る俺を見つめて月島が笑う。

 少し勘違いしているようだが、何も俺はただ甘い物が好きだからという理由でにやけている訳ではない。
 月島が作ってくれるスイーツには、俺への想いが詰まっている。だからこそ、殊更幸せを感じているのだ。


「大袈裟なもんか。ここまで上達したお前の努力を考える度に、愛されてるなぁって実感するんだよ」
「む……」


 突然褒められた月島が、頬を染めて言葉を失う。
 恐らく月島は、俺の見ていないところで並々ならぬ努力を重ねたに違いない。コイツはそういう男だ。


「どうせお前のことだから、俺が甘い物好きだって昔から知ってたんだろ? 道理で妙に気合い入れて練習してた訳だ」
「まあ、そうだね。だから、君が何食わぬ顔でスイーツ作りを勧めてきたときには笑いを堪えるのに必死だった」

「……くそ、隠してた分恥ずかしいな」


 思わぬ反撃を食らって俺まで赤面する。
 ふたりして赤く染まった顔を見合わせて、同時に吹き出した。


「ふ、これからもお前のスイーツを楽しみにしてるよ」
「任された。今度は新しいメニューでも考えておく」
「期待してるぜ」


 月島の愛情が籠もったシフォンケーキに舌鼓を打ちながら、まだ見ぬ新作に想いを馳せる。

 チョコ系が良いとか、今は桃が旬だとか……そんな他愛のない話をしているうちに、甘い甘い午後は過ぎていった。
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