婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃

文字の大きさ
21 / 30
決着

答え

しおりを挟む
「シルア殿、私はそなたのような女性と生涯を共にしたい」

 殿下の求婚を受けた私は嬉しかった。言葉で表すのは難しいけど、あえて言うなら頭が真っ白になって胸の奥がぶわっと熱くなり喜びのあまり叫びだしたい衝動に駆られるほどだった。

 これまでどれだけおいしい物を食べた時も。
 これまでどれだけ美しい絵画を見た時も。
 これまでどれだけ自分を褒められた時も。

 今より嬉しい気持ちになったことはなかったと思う。

 ただ、喜びが大きければ大きいほど、心の中に引っ掛かるのは自国のことであった。
 地震、噴火、伯爵の暗躍。
 アマーリエから聞いたことが頭からこびりついて離れない。自国で色々と良くないことが起こっているというのにそれを見ないようにして自分だけ意中の人と愛を誓って幸せになることは出来ない。

 もちろん国で起こっている問題が私が戻るだけで解決できることなのかは分からない。というか、普通に考えて無理だろう。だったらどうにもならないことなんて放っておいていいんじゃない、と私の中の悪魔がささやく。
 何よりこんな機会は二度と来ないかもしれない。クリストフには出ていけと言われたし、父上も領地で大人しくしていろと言ってくれた。私がここで頑張らなくても誰も責めることはないだろう。むしろ経緯はともかく隣国の王子との婚約を手にしたと言ったら感謝さえされるかもしれない。

 でも政治については病の陛下をウンディーネの力で癒すことが出来れば解決できるかもしれない。噴火や地震についてもこれまで全く気付いていなかった精霊の力を使えば何かが出来るかもしれない。
 そう思うとやはり私はいても立ってもいられなかった。今すぐ国に戻ってそれを試したかった。

 心を決めても、それでもその気持ちを口にするのは少しためらってしまった。もしそんなことをしている間に殿下の目の前にもっといい人が現れてしまったら、という恐れが脳裏をよぎる。もし国内で私よりもいい人がいれば、殿下の気持ちが変わらなくてもそちらの人をとってしまうかもしれない。
 そんな恐れを懸命に振り払いながら私は答える。

「私のような者に大変もったいない申し出でございます」
「では……」

 期待したのか、殿下の表情が少しだけ綻ぶ。
 その期待に沿えないのが本当に残念だし申し訳ない。

「ですが、私はあくまでアドラント王国公爵家の娘です。実は今我が国では災害が起こり、不穏な陰謀が蠢いていると聞いております。自国の窮地をただ見過ごして自らの幸せのみを追い求めることは出来ません。そのため、私はまず自国に戻って出来ることはないか考えたいと思います。お返事はその後まで待っていただくことは出来ないでしょうか」

 申し訳ありません殿下。私は心の中で懺悔しながらその言葉を述べる。
 私の言葉を聞いた殿下は最初こそ少し寂し気な顔をしていたが、すぐに真剣な表情に戻る。
 が、最後まで聞き終えるとわずかに笑みを浮かべた。

「全く、そなたには敵わないな。だがここで自分のことよりも自国のことを優先するという意志を聞いて私はますますそなたのことを手放したくなくなった」
「殿下……」

 それを聞いて私は嬉しいやら申し訳ないやらでいっぱいになる。本当ならすぐにでも殿下の求婚に応じたい。
 だが、殿下と婚約した状態で自国のごたごたに首を突っ込めば、状況によっては良くない巻き込み方をしてしまうかもしれない。だから返事をするのはどうしてもごたごたが解決した後になってしまう。
 だが、そんな私の気持ちを殿下は優しく包み込んでくださった。私はそれが嬉しかった。

「もったいなきお言葉でございます」
「分かった。実は私もそなたの国の不穏な噂は耳にしていた。封印の儀も無事終わったことだし、調べてみよう」
「えっ」

 思いもしない殿下の言葉に私は慌てる。おかしい、この件に巻き込まないようにするために返事を待って欲しいと伝えたはずなのに何でこうなるのか。完全に思っていた展開と違う。

「いえ、あの、殿下に手伝っていただこうとか、そういうつもりで言った訳ではないのですが」

 しかし動揺する私に対して殿下は有無を言わさぬ口調で続けた。

「何を言う、隣国で不穏なことが起こっているというのはわが国にとっても不利益なことだ。それに、結婚を申し込んだ以上そなたの問題は私の問題でもある。そうではないか?」

 本来は隣国に嫁ぐ場合、女性は嫁ぎ先の女になるので妻の実家の問題は夫の問題である、という論理は必ずしも成立しない。むしろ実家の問題を夫に解決させるというのは妻としてあまりよろしくないことだ。
 下手に殿下が首を突っ込んだばかりに伯爵の陰謀がこの国にも向くなんてことがあれば申し訳なさすぎてこの先生きていけない。

「ですがそれではこの国も面倒ごとに巻き込んでしまうかもしれません」
「そうだな。分かった、それならとりあえず情報を集めてから改めてどうするかを考えようではないか。闇雲にそなたが自国に戻っても危険なだけだ。まずは状況を把握してどうするのが最善なのかを検討してから戻るべきだ」

 殿下はかなり強い口調で言った。状況を把握してから考えるというのは正論だから、私は殿下を巻き込んでしまうのが申し訳ないと思いつつも反論の言葉が出てこない。
 とはいえ数日の付き合いながら私は殿下がこうと決めたら絶対に譲らない性格の持ち主だということを知っている。結局何だかんだ最後まで手伝ってくれるのではないか。そんな気がして、私は悪いと思いつつ内心嬉しくなってしまうのだった。

「私は絶対にそなたを危険に晒したくない。幸い、アドラント王国には何人か親交のある貴族もいる。彼らに今の状況を聞いてみよう」
「ありがとうございます」

 こうして、殿下から私への告白は思わぬ動きを見せたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

お言葉ですが今さらです

MIRICO
ファンタジー
アンリエットは祖父であるスファルツ国王に呼び出されると、いきなり用無しになったから出て行けと言われた。 次の王となるはずだった伯父が行方不明となり後継者がいなくなってしまったため、隣国に嫁いだ母親の反対を押し切りアンリエットに後継者となるべく多くを押し付けてきたのに、今更用無しだとは。 しかも、幼い頃に婚約者となったエダンとの婚約破棄も決まっていた。呆然としたアンリエットの後ろで、エダンが女性をエスコートしてやってきた。 アンリエットに継承権がなくなり用無しになれば、エダンに利などない。あれだけ早く結婚したいと言っていたのに、本物の王女が見つかれば、アンリエットとの婚約など簡単に解消してしまうのだ。 失意の中、アンリエットは一人両親のいる国に戻り、アンリエットは新しい生活を過ごすことになる。 そんな中、悪漢に襲われそうになったアンリエットを助ける男がいた。その男がこの国の王子だとは。その上、王子のもとで働くことになり。 お気に入り、ご感想等ありがとうございます。ネタバレ等ありますので、返信控えさせていただく場合があります。 内容が恋愛よりファンタジー多めになったので、ファンタジーに変更しました。 他社サイト様投稿済み。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

【完結】遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

処理中です...